【連載】通わずにいられない逸品~生ハムとブロードの話~
トレンドに流されず、一つのお店を長く観察し、愛しつづける井川直子さんにはその店に通い続ける理由がある。店、人、そして何よりその店ならではの逸品。彼女が通い続けるそのメニューをクローズアップする。
- レストラン
- イタリアン
- ワイン
- 恵比寿
- 連載
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- Summary
- ・6席のみ
・週4日のみ営業
・コース1本のみ
・19:30一斉スタート
不自由なリストランテ
腹をくくるってこういうことか。恵比寿に移転再開した「ペレグリーノ」のやけに細長い空間で、そう感じた。感じてしまって、ちょっと震えた。
キッチンの中に客席を作ったような小さな店は、全員が並んでシェフのほうを向くライブ仕様。でもカウンターでなく、テーブルにきちんとクロスを引いたリストランテである。
一晩6席のみ。19時半の一斉スタート、おまかせ一本で料理・ワイン込み23,000円。聞けば一瞬、ひゃー! である。その日は仕事をさっさと終わらせて駆けつけなきゃいけない、皿が出てくるまで自分が何を食べるのかわからない。というか23,000円という価格は、肉で言えば塊肉だ。ちょっとずつでなく、キロでドカンはショックが大きい。
いわば不自由なリストランテだが、しかし私が震えたのは、高橋隼人シェフはそのリスクを百も承知で覚悟を決めたというところである。
自分の料理を食べたいと言ってくれる人に、不便を強いるのはさぞ心苦しかっただろう。少なからずお客は離れてしまうかもしれない。本当は、シェフ自身がいちばん怖かったに違いない。
それでも腹をくくったのは、それがお客にとって最上の形だと信じたからじゃないのかな、と思うのだ。
おいしいってどういうことか?
6年前、私は西麻布で開店早々の「ペレグリーノ」を取材している。修業したイタリア、エミリア=ロマーニャ州を愛する彼は、お客の目の前でスライスする生ハムと、注文を受けてから打つパスタにこだわった。
深紅の生ハムスライサーで塊の生ハムを切り出すと、熟成した肉の香りがテーブルにまで届く。これに合わせるのが、現地では必然の赤の発泡ワイン、ランブルスコ。東京でもまだ珍しい時代だったから、コアなLOVERたちはワインリストの「ランブルスコ」という項目に興奮した。
当時、高橋シェフはこの店を「好きなように使って欲しい」と語っていた。おいしいものを作って、それを食べて飲んで楽しんでもらいたいと。
この言葉で、けれど私は少し心配になった。それは多くの飲食店の人が言うことで、もちろんなくてはならない気持ちなんだけれども、じゃあ「それってどういうことか?」 がこちら側に伝わってこなかったから。
好きなように使うって、誰が、どう使うことか。ジーパンはいて来られる気楽さか、それとも深夜に切りたての生ハムを食べられるわがままか。突き詰めて、突き詰めて。お店の人自身に景色が見えていなければ、人の目には何も映らない。
でもはじめての自分の店で、わずか数日で、それがわかるはずもなく。最初はコースだけで始め、21時以降はバー使いもOKにしたり、アラカルトも増やしたり。でも、やってみたらアラカルトが出なくてコースのみに戻したり。「ペレグリーノ」は時に迷いながら6年、歩いてきた。
でも、ただ歩いていただけじゃなかったのだ。彼はその間もずっと「それってどういうことか?」 を自分に問い続けていたのだから。
絶対に高いとは言わせない
その答が、今の「ペレグリーノ」である。
一皿に注ぐ情熱も、食材のポテンシャルも最高値へ引き上げること。エミリア=ロマーニャも、切りたて・打ちたて・作りたてもこれまでやってきたことだけれど、その精度を高めるということだ。
たとえば生ハム。前店でもイタリア製の美しい手動スライサーを使っていたが、円形の刃の直径が30cmから37cmへ、より大きなものに買い替えた。刺身包丁と同じ原理で、刃渡りが長い分ゆっくり長く切れ、繊維を壊さないのだとか。
岐阜「ボン・ダボン」のペルシュウ(パルマの製法でつくる生ハム)だの、トスカーナ州コロンナータのラルド生産者がつくるパンチェッタにクラテッロ・ジヴェッロという名だたる生ハムを揃えているのは以前と変わらないが、新店では盛り合せでなく1種類ずつ、切ったそばからわんこ蕎麦状態で現れる。
トルタフリッタの「揚げたて」も以前と同じだけれど、厨房と客席間の距離がなくなった分だけさらに熱々だ。のばした生地を鍋で揚げ、振り返れば皿の上という最短最速。そこに切りたてのプロシュット・ディ・パルマがふわりとのって、脂がじわっと溶けだしそうなところを口に入れる感動たるや。そう言えば、台所のつまみ食いがいちばんおいしかったよね、とみんなが思い出す。
ちなみに生ハムだけではなく、私がお薦めしたいのは、じつは高橋シェフのブロードである。ぎたろう軍鶏を丸ごと煮出したスープは、輝くような黄金色も深い旨みも美しく澄んでいる。そこへ手打ちの詰め物パスタ、カペレッティなんかを浮かべるというパルマの伝統料理。
おいしいってどういうことか。このブロードと見つめ合うと、高橋シェフの思いがじわじわと伝わってくる。
その思いを伝えるために、それ以外をすべて削ぎ落とした店。
23,000円の内訳は、料理15,000円(食前酒、ミネラルウォーターつき)、それぞれの皿に合わせたワインのコースが約8種類8,000円(ロイヤル・ブルー・ティーのノンアルコールコースもあり)。税込・サービス料別途10%。
「絶対に高いとは言わせない」
それは自信というより、自分へと突きつけた覚悟のように響く。
お客にとって何が最上か? なんてことは、じつは誰にもわからない。ひとりひとりの最上は違うから。でもわからないならば、せめて自分が最上だと思うものを信じるしかない。
自身を不器用と言うシェフは、ただ、ただ、それをしているのである。
ペレグリーノ
- 電話番号
- 03-6277-4697
- 営業時間
-
営業日時 水・金・土・日の19:15開場、19:30一斉スタート 完全予約制
定休日:定休日 月・火・木、不定休(年末年始休)
※本記事に掲載された情報は、取材日時点のものです。
※電話番号、営業時間、定休日、メニュー、価格など店舗情報については変更する場合がございますので、店舗にご確認ください。
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