「コナもん」と言う言葉遣いのなさけなさについて。
【連載】正しい店とのつきあい方。 店や街とのつきあい方がわからない人が増えている。初めてなのに常連と同じように扱われないと怒る人や金さえ払えば何でもしてくれると思う人。お客様は神様、などではない。客としてのあり方を街と店に深い考察を持つ江弘毅氏が語る。
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- Summary
- ・大阪人の「お好み焼き好き」という恥ずかしさ
・グルメ情報化した味気なさ
・「コナもん」って何だ?
「ミシュランガイド京都・大阪2016」にたこ焼きの店が選ばれたというニュースが大阪本社版の朝・毎・読・産経揃い踏みで報道された。もちろん「手頃な価格で良質な食事ができる店(ビブグルマン)」であるが、確かに大阪や京都、神戸といった関西の地元民にとって、たこ焼きやお好み焼きに関しては、ほかの食べ物とはちょっと違う感覚がある。
直木賞作家の西加奈子さんは、たこ焼きのことを『ごはんぐるり』(NHK出版)でこう書いている。
ミシュランガイドに掲載された、たこ焼き・お好み焼き
――――大阪の人間が「お好み焼き大好き」というのは、あまりにも芸がないというか、ベタやなぁというか、なんだか恥ずかしいのだ。
「大阪出身です。お好み焼き大好きだんねん!」
恥ずかしい! こんな気持ち、他の方は感じないものなのだろうか。
そう思っていたら、東京で出会った大阪出身の方と飲みに行った際、居酒屋のメニューに「たこ焼き」があるのを見つけ、恥ずかしそうに。
「たこ焼き頼んだら、ベタやと思いますか」
と、おっしゃった。私は大笑いして、そして、とても嬉しくなった。
この気持ちは、私だけではなかったのだ!
地方出身の方は、きっと、それぞれの故郷の食べ物が大好きだと思う。中には、食べ過ぎで嫌いになった、というような方もおられるだろうが、やはり故郷の味は忘れられないものだろう。
でも、例えば名古屋出身の方に「ひつまぶし大好き」と言われても、長崎出身の方に「ちゃんぽんが食べたい」と言われても、そこまで恥ずかしい気持ちにはならない、というか、少なくともその方のことを「ベタやなあ」とか、「芸ないで」とは、思わない。
でも大阪出身者がお好み焼き好きであるとか。たこ焼きを食べたがるとか、ああもう、恥ずかしいのだ、どうしても。ベタベタやんけ。たこ焼き、お好み焼きの佇まいそのものがあまりにも「大阪」すぎるからだろうか。
串カツ、ホルモン、かすうどん、などもそう。
全身からむんむんに、「大阪の味だっせー」という空気を放出していて、それが、ものすごく恥ずかしい。
美味しい、めちゃくちゃ美味しいのは分かる。大好き。でも、大声で大好きとは、どうしても言えないのだ。
例えば誰かに、
「西さんは大阪出身だから、やっぱりたこ焼きとか好きなの?」
などと聞かれると、心の中では、
「大好き!!」
と叫んでいるのに、
「うーん、まあ、そうですね。大阪ではおやつみたいなもんやし、みんな一応好きなんと違うかな」
などと、嘯く。たこ焼き、ごめん。――――
(西加奈子「ごはんぐるり」 162~164ページ NHK出版 2013.4.20発行)
元は「NHKきょうの料理」のテキスト本の連載での文章というのも驚くが、大阪の人間としての「たこ焼き」の感覚を表現した、さすがに良く出来た文章だ。全面的に賛同したい。
もうひとつつけ加えると、お好み焼きやたこ焼きは「どこの店が絶対おいしい」というものではない。
お好み焼きとたこ焼きのこと
お好み焼きは京都や大阪、あるいは神戸の下町の郷土料理みたいなもので、まるで中学校の校区ごとに具や焼き方やソースの違ったお好み焼きがあって、慣れ親しんだ地元のお好み焼きが一番だと思っている。たとえば神戸のお好みに親しんだ人は、大阪のマヨネーズをかけるお好み焼きに「それはないやろ」といった嫌悪感を示す人が多い。
もちろん同じ地域にある店でも、薄焼きが特徴の店や焼きそばがうまい店、客が必ずサイドディッシュのホルモンや魚介類を注文する店、などなど特徴があるし、個人の好みもお好み焼きの「パーソナルヒストリー」に関連していちじるしく違う。
お好み焼きのおいしさというのは一元的にはとらえられない。
たこ焼きに関してはそれとはちょっと違う感覚もある。どちらかというと「2度づけお断り」で有名な串カツに近い部分もある。
とくにわれわれ大阪の地元民が他所の人(とくに東京の客)に、「串カツ2度づけお断りをしたいんだけどどこがオススメ?」とか「今、梅田にいてお昼をたこ焼きにしようと思ってるんだけど、どこがいいか教えてよ」と訊かれると困ってしまう。
「知らんねん、ごめん」と応えるしかない。それではあまりにも気の毒だから、実際は店名を覚えていない店を思い出して、「新梅田食道街の中ほどにあるで」とかで曖昧に応えてしまう。だいいち大阪の街場で昼ご飯にと、たこ焼きは食べない。買い食いフードなのだ。
それらは市場に行って入口で見つけたり、商店街や飲み屋街を歩いていてふと見かけたり、たまたま神社の祭りや寺の縁日で店が出ていたり、そういう類の「街のおやつ」だからだ。だからどこでもしみじみとうまい(はずだ)。
またたこ焼きは実演販売(お好み焼きも串カツも鮨もそう)であるから、前で焼いているのを見ていると、それがうまいのかまずいのかが経験的にわかる。返しの使い方が下手くそで「これはちょっとなあ」と思っても、「たこ焼きに違いないし、まあエエか」と買うことだってしばしばだ。キャラメルやガムあるいは駄菓子を求めるような感覚も含まれる。
コナもん
ところがそれぞれのお好み焼き、たこ焼きが、グルメ情報として扱われカタログ化されると、その街つまり「場所」と切り離されるから、「B級グルメ」などといった味気ないインデックスにぶら下げられるだけのコンテンツに成り下がる。
「コナもん」はもっとなさけない。「調子もの」を「調子もん」と撥音便にして関西弁で言ったりするのと同様に、「粉もの」を「コナもん」などと言うセンスは、西さんの書くところの感覚とよく似ている。また「きつねうどん」をわざわざ「けつねうろん」と言って他所の人の気を引こうという大阪人は少なくない。
ただ「コナもん」などと新しいインデックスをつけて、たこ焼きやお好み焼き、うどん…と「食情報」カテゴリーを広げたつもりが、結局底が浅くなってくる。たこ焼きとて食べ物に違いない。エンタメ情報ではないし、当然おもちゃではない。ある日突然欲しくなって、ある日突然飽きてしまう子どもの玩具ではないのだ。
そういえばたこ焼きテーマパーク的な道頓堀とかを除けば、京都の方が神社や寺や縁日が目立って多く、たこ焼き屋(屋台も含めて)に出くわすことが多い。けれどもミシュランには京都のたこ焼きは出てこない。
これらのストリートフードは、街という「地域」があって、その街の現場であるコミュニティとかの手触りが見えてきて、初めてそれらの味覚が構築されるはずだ。どこの店のなにがおいしいという輪郭はその土地柄に含まれている。イベリコ豚の豚玉とか以前に、地元感覚が前景化していて、お好み焼きの厚さやたこ焼きのタコの大きさを測ってそれを比べたりしても意味がないように、一般グルメ情報で表現するには無理がある。
つまり、フランス料理や京料理を書く際にはそれらのエクリチュールがあるように、お好み焼きにはお好み焼きの、たこ焼きはたこ焼きのエクリチュールがある(西加奈子さんはやはり凄腕だ)。
わたしは大阪府の岸和田生まれで、160世帯のうちお好み焼き屋たこ焼き屋が現在も5軒あるような町内会で育ったが、20年以上住んでいる神戸の近所のお好み焼きがこのところ一番おいしいと思うようになった。
その店は神戸は元町山手、中山手通4丁目にある[一平]というお好み焼き屋だ。家の1階が店になっている、典型的な下町のお好み焼き屋のスタイルだ。ご夫婦だけでやっているのも「らしい」。
「お好み焼きが食べたい」と思うのは、「すき焼きが食べたい」と漠然とおいしいすき焼きのことを思い浮かぶのではなく、一気にその現場つまり店やそこのお好み焼きが脳裏に顕在化する仕方で思い浮かぶ。そういう意味でこの店が慣れ親しんだ地元のお好み焼きになったのだろう。
神戸に住んだ頃には驚いた「大貝」(大アサリあるいはウチムラサキ)を具にしたお好み焼きや焼きそば。またお好み焼きでは豚玉ではなく「すじコン」(牛スジとこんにゃくを味つけて煮てあるもの)がデフォルトなことが、すっかりわたしのなかに「あたり前のもの」として身体化されている。
[一平]のある中山手通4丁目は瀟洒な住宅街で、ミシュラン三つ星の[カ・セント]もあるが、この店の前の通りだけが[コープこうべ山手]があり、精肉店、鮮魚店、青果店や乾物屋…がある小さな市場になっている。ちょうど[一平]の斜め向かいには、地元の主婦たちに加え、仏レストランのシェフや割烹の大将が仕入れに来る評判の良い活魚店がある。
その魚屋の主人が閉店したあとに[一平]に食べにくることがあるが、ここのイカやタコ、大貝はその魚屋から仕入れているものだ。自分の店で昼前に売ったイカゲソや大貝を焼いてもらって食べているのだ。ご近所づきあいを超えたそのシーンを見たときに、ここの店は、そりゃうまいわ、と思った。
この街のお好み焼き屋の客、すなわち消費者は、いつも消費者として固定されない。つまり客と出す方が入れ替わる「キアスム」的関係性がある。こういう近所のお好み焼き屋はだからおいしい。
ちなみに人口10万人当たりの「お好み焼き店」登録店舗数*については、1位が広島風お好み焼き発祥の地である広島県で55.58件。2位の徳島県(26.42件)の2倍以上の件数だ。3位は兵庫県の22.62件。大阪府は意外にも9位(16.77件)。
こういうデータはなかなか「それぞれの地域」のお好み焼きの奥行きを物語っている。
予算2,500円
※出典:NTTタウンページ 日本全国ランキング「マーケティングデータ・統計データ」
http://tpdb.jp/townpage/order?nid=TP01&gid=TP01&scrid=TPDB_GY01
※江弘毅さんのスペシャルな記事『いい店にめぐり逢うために知っておきたいこと』はこちら
一平
- 電話番号
- 078-232-1161
- 営業時間
-
11:00~14:00、17:30~21:00(日曜〜20:00)
定休日:定休日 月曜
※本記事に掲載された情報は、取材日時点のものです。
※電話番号、営業時間、定休日、メニュー、価格など店舗情報については変更する場合がございますので、店舗にご確認ください。
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