クレイジーケンバンド小野瀬さんの天丼食べ歩き、西の横綱は？

一人で外食が出来るようになったのはいつ頃からだったろうか。高校生の頃も、大学生（中退、と云うか除籍）の頃も、バンドとバイトに明け暮れた20代の頃も、お店に入って一人でご飯を食べるなんて殆どした事がない。
それどころか食べる事に全く重きを置いていなかった。

実家にいる時は朝食べて出かけて夜に帰ってきてから食べる。一人暮らしの時は何かいい加減な食事を自分で作って食べていた。最優先がコーヒーで、飲めるようになってからはお酒、吸えるようになってからは煙草、そちらが優先。
だから当時の体重は今の半分くらい。大袈裟でなくほぼ半分。色々な人にもう少し太った方がイイと云われるくらい痩せていた。でも骨が太いのでスリムではない。栄養失調的な痩せ方。貧相とか不健康とか（確かに不健康であった）そう云うルックスの10代後半から20代のワタシでした。

経済的にタイトだったのと、コーヒー&シガレットで満足出来ていたのとで、外食の必要性を感じなかったこと、あとやはり一人でお店に入って何か食べると云うことに凄く抵抗があった。怖いとか恥ずかしいとか簡単な気持ちではなくて、もっとプレッシャーのある不定形の抵抗。
元々が社会性の歪な人間で、色々な気持ちが常に渦巻いていて、バランスが取れなくて。そうすると一人でお店に入って何か食べると云う今ではアタリマエに出来る事が、その当時は無理。トライする必要性も興味もなかったと云えば身も蓋もないけれど、まあ自分にとって一人飯は重要でなかったと云う次第。

世の中には一人で飲食店に入れない、一人でご飯を食べられないと云う人が結構おられる様子。ワタシ、そんな過去がありますからその気持ち、良く判ります。そんなのやってみりゃいいじゃん、一人で飯も食えないなんて情けない、って意見もありますが、それはそう簡単な事ではないんです。人の数だけ無理がある。人間は一人一人全部違うから難しい。そこんとこヨロシク。

一人で食べ歩きなんて出来るようになったのは30代も半ばを過ぎてからです。前回のコラムにも登場しましたが、「ベストオブ丼（どんぶり）」（どんぶり探偵団編 文春文庫ビジュアル版 現在絶版）と云う本などを眺めながら、ああこれを食べてみたいいつかあれも食べてみたいと想いを馳せ、実際に食べに行ってみるのを始めたのです。

その中にあった大阪の『天丼の店』。屋号がちゃんと存在しない。現在は三代目が云っておられる『坂町の天丼屋』と云う呼称をワタシも使わせてもらっています。その天丼の安さ（当時400円）と写真で見たルックスの清楚さにビシッと心を奪われ、1990年代前半に初訪問。カウンター7か8席くらいの小さなお店。メニューは天丼のみ。

赤だしの味噌汁を付けるか付けないかだけの選択肢。お客が来てから天ぷらを揚げて、ご飯に載せて、唯一無二の天ダシ（ツユではない）を回しかけて出来上がり。天ぷらに天ダシをかける時にちりっと妙音がするのがとても愛しい。

でも最初はああ食べに来られたなぁと云う感慨のみ。味に本当に感動するのは何度も何度も通ってから。するとようやくワタシに感動の素地が出来て、感動が重なって感動がどんどん増える。天丼ブラボー。そして数年前に知ったのがオプションで海老の天ぷらの数を増やせる事。これはショッキングだった。

ワタシの人生を変えた。スタンダードで2尾のところ、3尾にして満足に満足の上塗りの大満足。オーダー時に「3」と云えば3尾になります。

揚げたて天ぷらと、さっぱり味の天ダシと、美味しいご飯の三位一体にして完全体。量は軽めなれど満足感は最上級。食べると無闇に元気が出るマジカルミステリー天丼、西の横綱。ウマウマウー。

大阪には年に何回かしか参れませんが、その度に訪問してもう20年近く通っている計算となります。最近ようやく顔を覚えてもらえて、訪問する度に「おかえりなさい」と云ってもらえるのがワタシの人生の自慢。小野瀬雅生、生きていて良かったなぁ。若い頃の痩せた自分も良かったけれど、ふくよかな今も良いぜ。まだまだ元気にがんばるぜ。美味しかったです！ 御馳走様でした！