昨年末に閉店した東京が誇る文化遺産的なおでんの話など
【連載】マッキー牧元の「ある一週間」 第22週 日本を代表する食道楽の一人、マッキー牧元さん。彼はどんなものを食べて一週間を過ごしているのか。「教えていいよ」という部分だけを少しのぞき見させていただく。
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- Summary
- 1.浅草の路地に潜む焼肉店
2.もう戻らない東京のおでん
3.居酒屋でいただいたおせち
1月4日「どこにでもありそうで、どこにもない丁寧な仕事の焼肉店」
その店は、路地にひっそりと佇んでいた。
四角いガス台、スリットが開いた鉄板という昔ながらのスタイルながら、肉の厚さも大きさもほぼ同寸で、誰が焼こうが焼きムラができない配慮がなされている。
さらにミノは細かい隠し包丁が入れられ、貝のような特有な食感は生かしつつ、食べやすくされている。
レバー焼きは、前歯が噛みしめる喜びを味わえるように、ほどよい厚切りにされ、タンは当然ながら冷凍ではなく、適妙な厚さに切られている。
すべての焼肉は、醤油ダレか塩ダレが選べ、どちらもくどさのない、すっきりとした味わいである。
値段も上のカルビとハラミ、タン以外は千円以下と安い。
並のカルビは肉の香りと味の深さがあり、キムチは発酵が効いた心地よい酸味があり、スープ類やご飯も上出来である。
どこの街にでもあるような焼肉屋の外観ながら、丁寧な仕事の確かさが光っている。
こういう店に出逢うと、なんとも嬉しい。
僕はタンをじっくり焼いて、余分な脂を出し、白髪葱を乗せて一味を振り、レモン汁を2滴ほど垂らして、頬張った。
富味屋(フミヤ)
- 電話番号
- 03-3844-3667
- 営業時間
-
17:00~24:00
定休日:定休日 火曜日
※本記事に掲載された情報は、取材日時点のものです。
※電話番号、営業時間、定休日、メニュー、価格など店舗情報については変更する場合がございますので、店舗にご確認ください。
1月6日「失われた東京の味」
明治の灯りが消えた。
2015年12月25日、東大前「呑喜」は、128年の歴史を閉じた。
これでまた一つ、江戸の味がなくなった。東京が誇る文化財産が、跡形もなく、なくなった。
最近のおでんは、コンビニまで薄味だが、「呑喜」の味は、気のおけない味だった。甘くて辛いが、味に甘えはなく、舌に丸く、キリッと後味がいい。
ガラリと引き戸を開けると、時代が染みた店内では、赤銅丸鍋の中、タネがくつくつ煮えている。
つゆの色は黒く、甘めである。しかし透き通っただしのよそよそしさとは違い、心が和む温かみがある。これこそが、気取りのない、昔っからの東京の味だった。
10月に「大根」を頼むと「すいませんねえ、後一カ月ほど待ってください」と、ご主人が答えた。
牛すじはなく、ジャガイモもおかず、冬にしか大根は置かない。
「他は四角だけどここは鍋が丸いねえ。なんていう人もいるけど、ありゃあ戦争でみな弾丸になっちゃったからねえ。戦後は仕方なく四角いアルミのバットでおでんを炊いてたン。それで今のおでんはみな四角よ」。
昆布巻きもないのは、江戸時代からの決まりで、鰹だしで煮るからだ。
その分、タネからコクが染み出でる。
袋の中身は、牛肉とシラタキと玉葱。つまりすき焼きってえわけだ。
「爺様の頃の袋はねえ、季節の味って、銀杏やら竹の子やら茸入れて福袋って呼んでたんだけどね。ここは学生さんが多いでしょ。みんなパクって食べて、気が付かない。だからやめちゃった」。
ガンモもハンペンも豆腐も、つゆがじゅわりと沁みだし、心を温める。
「白ちくわ」と頼むと、「すいませんねえ。白ちくわも信太巻もなくなりました。千葉でやってたんだけど、工場を小名浜に移してね。全部壊れちゃったんでさあ」。
「白ちくわはちくわぶとは違いますよ。似てるけどね。白ちくわは魚のすり身、しかも焼き竹輪と違って雑魚じゃあない。ちくわぶはうどん粉で作ってるからね。全く違うのでさあ」。震災は、老舗にも影を落としていた。
親父と話していると、東大生が四人入ってきた。
「がんも、豆腐、芋、コンニャク、袋」銘々が頼む。
豆腐をつまみながら、「社会が人間を選び、人間が社会を選ぶんだ」と論議している。
論議しながらも、間をおかずおでんを食べているのはエライ。
墨跡鮮やかな「呑喜最佳」の額は、文部大臣であり学習院長であった、阿部能成の書だった。
ご主人の姿を見ながら、この味はいつまで続くのだろうと思った。
四代目、痩身のご主人は、八十を超えたあたりで、タネを乗せた皿を出す時、手が震えるようになり、それがわびしかった。
いつかなくなるのはわかっていた。でも認めたくない自分が無視をした。
自分の無力を、いまさらながらに叱る。
最後には必ず茶飯を食べた。これも昔っからの東京の味である。
追加した豆腐を崩し、茶飯に乗せながら食べるのが好きだった。
素直なてらいのない味が、しみじみと体をほぐしていく。
つくづく思う。東京人として誇れるのは、こんな時だと。
意地悪にも思う。
これを知らない東京人は不憫だと。
「ごちそうさま、おいしかったです」。というと、ご主人が顔を崩す。
おでんのつゆがしみたようなあの笑顔は、もう見る事はできない。
呑喜(ノンキ)
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1月8日「東向島の正月」 一軒目
年明けに居酒屋をめぐる。
その楽しみの一つに、この時期だけの「おせち」がある。
おせちやその残りを使った料理が、品書きに登場するのである。
散々おせちを食べて、食い飽きたはずなのに、また頼んでしまう。
おせちのぶり返しで、正月気分に再び浸るめでたさと、だらりとした怠け者感がたまらない。
東向島の「岩金酒場」では、「数の子ひたし豆」というのがあって、すかさず頼む。ついでに「お雑煮」もあって、こいつではぬる燗をやった。
大衆酒場で老練な常連客に囲まれながらつつくおせちは、場違いな気分が調味料となって、家とは違う高揚感がある。
岩金(イワキン)
- 電話番号
- 03-3619-6398
- 営業時間
-
17:30~23:30
定休日:定休日 不定休
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1月8日「浅草のつまみ、なおせち」二軒目
浅草「丸太ごうし」では、「おせちのつまみ」。
紅白なますと数の子、酢だこ以外は、これがおせち? と突っ込みたくなる要素があるけど、そのゆるさがまた酒の味を膨らませるのだね。
ちなみに左手前はきんとんかと小躍りしたが、キンカンの蜜煮だった。一字違いだけど、まったく違う。
浅草 丸太ごうし(マルタゴウシ)
- 電話番号
- 03-3841-3192
- 営業時間
-
17:00~21:30 (L.O.21:30)
定休日:定休日 日・祝日
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