北海道・小樽でもほとんど幻!という“最強地鶏”小樽地鶏を知られざる横丁の名店『鳥ま津』で食べつくす
【連載】肉の兵法 第十二回 肉に向かうときに雑になってはならぬ。どこでどんな肉を食べるのか、組み立てるのが大人のたしなみであり、男の作法。「大人の肉ドリル」著者である松浦達也氏が旨い店の肉をさらに旨く食べるための作法を解説する。
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- 1.「小樽地鶏」という生産量の少ない、うまみの強い地鶏
2.飼育期間が長く、出荷数も数少ない、地元でも幻級の逸品
3.「おたる屋台村レンガ横丁」にあった小樽地鶏のパラダイス
【番外編】寿司だけじゃない! 小樽の夜はあまりに魅力的だった
東京は最高だ。東京では、世界中の食を味わうことができる。しかもうまい。世界中探しても、多様な食がこれほど集積された街はないだろう。でも東京にしか「最高の食」はないのか。
そうじゃない。
東京では決して味わえない「最高」もある。しかもよく知られた「旬」の「名物」だけではない。
北海道・小樽。北海道有数の港湾都市で、「寿司屋通り」という寿司店の集結エリアもある。ついでにリアル食いしん坊のマンガ家、寺沢大介センセの『将太の寿司』の主人公の出身地でもある。もっとも今回、昼の業務を終えてからの夜の目当ては「すし」ではない。鶏だ。
「小樽地鶏」という生産量の少ない、うまみの強い地鶏がある。身の弾力は強いが、力を入れると意外にきめ細かい繊維の間から深いうまみがしみ出てくる。2015年の春に初めて口にしたが、その年に初めて食べた鶏肉のなかではダントツにうまかった。それもそのはず、この鶏、飼育期間が長いのだ。牛などもそうだが、畜産物はある程度長く育てたほうが肉に味が乗る傾向がある。
例えば通常の若鶏はだいたい40~50日で出荷されるが、小樽地鶏は「オスで出荷まで120日以上、メスで135日以上」という基準で育てられている。ちなみに農林水産省が定める特定JAS規格で定められた「地鶏」の飼育期間は「ふ化日から80日間以上」。つまり小樽地鶏は「地鶏」の1.5倍以上、ふだん口にする鶏と比較すると約3倍の期間、飼育されている。
《4歳になろうかという現在のボス鶏。はっきり言ってこわい(撮影:小澤亮)》
しかし飼育期間が長くなるということは、出荷数は抑えられる。他の基準を見ても、飼育方法も地鶏は通常「28日齢以降平飼い」と定められているところを「肉用鶏・採卵鶏ともにふ化後から平飼い」。飼育密度も出荷時には「地鶏」規格の2倍の広さを確保し、血統も比内鶏などの在来種100%(規格では50%以上)と、一般的な地鶏よりもかなり厳しい基準のもとで育てられている。当然、出荷も少なくなるから、小樽市内の飲食店でも数軒しか扱われていない。
とかいうスペック語りが長くなると飽きられそうなので、サクッと本題に入ろう。
今回、小樽で日中の業務を終えると、夜は小樽市街のこのあたりに入り浸っていた。
JR小樽駅からも徒歩圏内でちょうど商店街の中心地に位置する「おたる屋台村レンガ横丁」である。地元客も観光客も入り交じって夜な夜な酔客が盛り上がるこの横丁に、小樽地鶏が食べられる店『鳥ま津』がある。どうやら現在、小樽地鶏はかなりの品薄らしいのだが、今回は運良く「おまかせ朝びき鶏コース」での予約ができたので、当日は日中の業務をサクサク終えて、レンガ横丁へと向かった。ちなみに仕事をサボったわけではない。念のため。
さて、久しぶりの小樽地鶏! しかも初の『鳥ま津』おまかせコース! 少々テンションが上がっているので、まずは心身を落ち着かせなければと、ビールで体のほてりを抑えることに。本日はサッポロラガーが品切れで、まずは黒ラベルからゆっくりテイクオフ。
その頃、目の前にはお通しと、本日の3種類の香味ソースが差し出された。ソースは右からトスカーナ産オリーブオイル(ややスパイシー系)、中央にバルサミコ、そして左に山椒の菜種油漬け(自家製)という香り豊かな布陣で、鶏を出迎える。
のだが、その前に出された小樽地鶏と朝穫れ夏野菜の蒸し煮がいきなり素晴らしかった! 小樽地鶏のだしで蒸された、ササゲやナス。アルミのフタを破った瞬間、枝で熟した鮮烈な夏の香りが立ち上る。口に運べば、野菜の内側から暴発するのはむせるような北海道の夏の香り! 喉から胃袋を通って、全身へと野菜のエキスがしみ渡る。この時点でもう小樽に来た価値がある。東京では絶対に味わうことのできない味。それは野菜にこそ当てはまることなのかもしれない。
しかし! 本出張の(夜の)目的はあくまで鶏。ここからは今回口にしたメニューを紹介していく。この日の一品目は、手羽&長ネギ&ニンニクを煮込んだ「手羽にんにくスープ煮」。まずは、ツツーイとスープをすするところからのスタートである。
鶏スープのがっちりした骨格と透明感の合わせ技。ニンニクと長ネギという強い香味野菜ともがっちり組み合う味の強さ。その身も、スープにあれほどの味を提供しておきながら、肉に濃密な味をたくわえている。鶏スープにおけるひとつの理想形!
そして小樽地鶏の特徴のひとつが、この骨。通常見かける鶏の灰白色とは明らかに違う、乳白色、いや黄金色と言ってもいいかもしれない。味や食感だけでなく、骨の色までもが別物。どうやらこれもまた小樽地鶏の特徴らしい。
そしてここからがいよいよ本番。たたきからのトマトすき焼きを経て、いよいよ本編の焼き物へと進撃するが、焼きは思いのほか(失礼!)ていねいな仕事ぶり。地鶏はカウンター内の七輪で炙られるのだが、七輪内部には炭が置かれたエリアと置かれてないエリアがある。肉を休ませるエリアが確保されているのだ。炭火で鶏を焼く店で火力ごとのゾーンを作る店は、実は意外と珍しい。たいていの焼き鳥店では、注文をさばくため、最大火力を確保すべく、焼台に炭を詰め込んで串を焼く。いい店では、焼かれる側の串の高さや位置、角度など微調整をするが、七輪内部に空きスペースを作って、焼きをコントロールする店は少ない。カウンター数名の立ち呑みという業態だからこそ、こうした焼き方が成立する。
店主の荒澤之博さんは、その焼き台の上でオビ(もも肉)などのオーソドックスな部位から気管や食道までを自在に焼き上げる。途中、店の前を通った小学生が「あ! 荒ちゃんが仕事してる!」と声をかけると、顔を上げ「何言ってんだ。俺はいつも仕事してるよ」と相好を崩す。店の内と外の間で"いい気"のやりとりが行われている。まるで築地場外の飲食店店主と、仕事を終えた仲買人とのやり取りを見るようだ。あまりに気持ちがよくてビールも進む。
軽口を叩きながらも、店主の焼きは続く。ソロバン(首肉)、砂肝、ハツ(心臓)、アズキ(ひ臓)、レバー(肝臓)などがすべての部位が次々に焼き上げられる。器用にも、焼きながらキッチンバサミでパチンパチンと鶏肉をカットする。
焼き上げられた鶏は正肉も内蔵も、透明感があるのに味が濃い。歯を押し返すような弾力はあるが、決して「かたい」わけではなく「力強い」。うまいうどんを口にしたときの「かたくはないが、コシがある」と少し似ているかもしれない。鶏もうどんも、本当にうまいものはそんなに多くないんだな……。
最後に供された「スープ鍋」で〆となるが、このスープもぜいたく仕様。ベースは鶏スープなのだが、小樽地鶏で取っただしで鶏を煮る。つまりこの時点でWスープとなっている。
しかも! この鍋の〆に投入されたのは、小樽地鶏のスープで炊いた炊き込みごはん。事実上のトリプルスープである。ただでさえ濃い鶏の味わいが、二重三重に膨らんでいく。ほうっと一息をつくと、おなかの底から鶏の味わいが立ち上る。香りとともに、鶏メニューの数々がスライドショーのように甦る。
ああ、こんな店が東京にも(できれば近所に)できないものか。そう思った瞬間、猛烈に恥ずかしくなった。この店がうまいのは、バカみたいにうまい銘柄鶏のせいだけではない。メニューに巧みに盛り込まれた旬の地の野菜も、のれんの下から「荒ちゃん!」と声をかける小学生も、地元客と観光客が交じり合う雰囲気も、それらすべてが店の味なのだ。この店はここにあってこそ『鳥ま津』である。食べたければ小樽を訪れるしかない。
<DATA>
鶏肉の生産から卸売まで一貫して行う「小樽地鶏本舗」の直営店。本日紹介したコース(一例)は「金曜・土曜の週末」「朝びき鶏が入るときのみ」「3~4名以上」「1週間前までに予約」と一見条件が厳しそうだが、旅程次第では意外と実現性は高い。現在、生産が追いつかない状態だが、11月頃には増産体制が整う模様。
小樽地鶏のスープ鍋1,250円、小樽地鶏のすき焼き1,500円、小樽地鶏の炭火焼400円~。
その他、鶏と卵を使ったメニュー多数。ちなみに隣の立ち呑みバー『CDRW』(地元客の間では「ボナセーラ」という通名で呼ばれている)の店主も荒澤さん。間仕切りのない2in1方式なので、両店の間の境界線はときどきあいまい。
小樽地鶏 鳥ま津(トリマツ)
- 営業時間
-
18:00〜23:00
定休日:定休日 月曜
※本記事に掲載された情報は、取材日時点のものです。
※電話番号、営業時間、定休日、メニュー、価格など店舗情報については変更する場合がございますので、店舗にご確認ください。
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