タイ東北の食彩の地「イサーン」へ!現地そのものの優しさとおいしさ溢れるお袋の台所が浅草に帰ってきた

【連載】幸食のすゝめ #066 食べることは大好きだが、美食家とは呼ばれたくない。僕らは街に食に幸せの居場所を探す。身体の一つひとつは、あの時のひと皿、忘れられない友と交わした、大切な一杯でできている。そんな幸食をお薦めしたい。

Summary
1.タイ東北部、イサーン地方の家庭料理の最高峰が、より多くのお客を迎える店構えで浅草に再出店
2.一瞬にして異国の地へといざなわれる店で、現地出身の店主の素朴な優しさと家庭的な味に酔いしれる
3.たくさんの野菜と鮮烈なスパイス使いが最大の魅力。わいわいとテーブルを囲んで楽しむ和やかな時間

幸食のすゝめ#066、無垢の笑顔には幸いが住む、浅草

「それネ、揚げおにぎりを小さく砕いたものだヨ」、
細かく切られた香り高いイサーンのソーセージと一緒に、たくさん入っているおこげ状のものを箸につまんでキョトンとしていると、後ろから岡山辺りの方言とタイ東北部の訛りが混じった声が聞こえた。

10年くらい前、タイで出会った女性ドゥアンの声を思い出す。振り向くと、それは店主ユキちゃんの声だった。
人気のメニュー、ネーム・クルックの本場そのものの味覚は、たちまち僕をタイ東北部、追憶の街イサーンへと連れて行った。

タイで生まれたこどもには、親が必ずニックネームをつける。そして、生涯、本名よりもニックネームで呼ばれて生きていく。例えば、ドゥアンなら月、少しだけ色白の肌と静かで聡明な顔立ち、肌は甘く気怠いココナッツミルクの匂いがする。タイ語の「月」をニックネームに選んだ母は、娘の穏やかな未来をニックネームに托したのだろう。ユキちゃんというニックネームは、日本に来てからの通名だろうか。

浅草、観音裏、ひさご通りから言問(こととい)通りを渡り、千束通りを吉原に向かうと、突然、原色のタイランドが出現する。
店主の本名がそのまま店名になった、タイ東北部イサーン地方の田舎風レストランだ。

元々はたった5席、カウンターだけの店でスタート。一切の日本的翻訳を施さないタイ郊外の家庭的な味とリーズナブルな価格で、店はたちまち予約が取れない人気店になっていった。

そんななか、ユキちゃんの帰国を機に閉店という噂が流れて、多くのファンたちが哀しみに包まれた。
しかし、タイ郊外の家庭の味そのままのユキちゃんの台所は、5倍の大きさにパワーアップして観音裏から吉原に向かう千束通りの外れに帰ってきた。

バンコクから東北へ約250キロ、バスなら3時間余りでナコーンラーチャシーマーという街に着く。
カオヤイの山に抱かれた東北部イサーンへの入口、通称コラートと呼ばれる街だ。コラートの街での1週間で、タイ料理の香草とスパイスは僕の血肉になった。でも、東京の街で出会うタイ料理は、どれもバンコクのレストランの味で、ドゥアンが働く工場近くや、プランテーションが見える1号線沿いの食堂の味とは違っていた。しかし、ここだけは全然違う。聞けば、やっぱりユキちゃんはコラート出身だった。

たくさんの野菜と鮮烈なスパイス使い

イサーンと言えば、ソーセージ。青いパパイヤのサラダ、ソムタムもこの地方が発祥だ。
ここのネーム・クルックには、イサーンのソーセージかふんだんに使われ、揚げおにぎりのおこげには五香粉の香り。遠く四川地方の中国料理のニュアンスがある。しかし、片栗粉のあんをかけるのではなく、大量の野菜で巻いて食べる。

東京という異国で、多くの女性たちに小さな田舎風レストランが受け入れられたのは、ヘルシーさと鮮烈なスパイス使い、みんなでテーブルを囲む楽しさがあるからだろう。

タイの田舎そのものの優しさとおいしさ

パクチーばかりでなく、ミント系やバジル、緑と紫のキャベツ、ニンジン、タマネギ、日本の葱、茸類、ピーナッツなどのナッツ類。
複雑な野菜とスパイスの多重奏の中に、ココナッツミルクの甘酸っぱさとレモングラスの酸、バイマックルのほろ苦さが加わり、唐辛子の辛さが全体を1つにまとめる。

炒め物も、サラダも、日本でいうカレー風の煮込みも、何もかもが後を引く習慣性がある。
壁にはタイのことわざだろうか、「あせるな、おこるな、いばるな、くさるな、まけるな」の文字。ここは何から何まで、タイの田舎そのものだ。

〆にはぜひ、カオソーイというタイ風カレーラーメンを食べてほしい。
少し太めの揚げたての麺と、茹でた細めの麺を重層的に混ぜて、野菜をたっぷりと盛り付け、鶏肉とタケノコが入ったココナッツ風味のレッドカレーをかける。食べる直前にレモンをたっぷりかけ、よくかき混ぜて食べれば、タイ料理の繊細な芸術性に目を見張るはずだ。
このカオソーイ、本当は北部チェンマイの名物、ユキちゃんはタイ各地それぞれの料理に精通している。そう言えば、帰国しかけた頃、タイ各地の人たちがみんな自分の故郷を楽しめるような、お袋の味レストランを作りたいと言っていた。

そんなタイの田舎そのものの優しさとおいしさにあふれている、この店の名は…

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