リアルタイムのパリに出会う閃きと驚きがいっぱいの料理たち、早くも予約困難必至のフレンチ【渋谷】

【連載】幸食のすゝめ #077 食べることは大好きだが、美食家とは呼ばれたくない。僕らは街に食に幸せの居場所を探す。身体の一つひとつは、あの時のひと皿、忘れられない友と交わした、大切な一杯でできている。そんな幸食をお薦めしたい。

Summary
1.ジョークを応酬しながら、こともなげに創り出される至福の料理にファン続出のフレンチが2018年6月渋谷にオープン
2.最近のフレンチでは忘れかけていたわくわく感。息の合ったチームプレイと閃きから生み出される魅惑の料理
3.一瞬パリにいるかと錯覚するほど、ラフで自由な現在のフランスの空気が流れる場所

幸食のすゝめ#077、微笑みの向うには幸いが住む、渋谷

「ボン!(Bon!)」、「ビアン!(Bien!)」
オープンカウンターの厨房の中で威勢良く、異国の言葉が飛び交っている。
渋谷(将之)シェフの姿がなかったら、誰もがここをパリ12区辺りのレストランだと勘違いしてしまうだろう。

徒(いたずら)なまでの高級感や、無理矢理作られた荘厳さなんて微塵もない、飾り気のないウッディな店内。
壁際の冷蔵庫には、『味坊』や『香辣里(シャンラーリー)』みたいに、値段が書かれたワインが並んでいる。
きっと、自分で選んで席に着くのだろう。早くも、この店のラフで自由なムードに心が躍り始めた。

さっそく冷蔵庫の中から、パルティーダ・クレウスの「VN(ビネッロ ブランコ)」を持って席に着く。
パリ時代から、渋谷シェフのそばにいたアントワンヌがすぐに抜栓して注いでくれる。スペイン北部カタルーニャ地方の沿岸部、ボナストレ村でイタリア人が作る自然派。ほかにも、冷蔵庫の中にはマルコが選び抜いたワインが並ぶ。
ボトルに書かれた「7」という数字は7千円を示している、「10」なら1万円という訳だ。全体的にワインの価格も良心的で、気軽に料理を楽しんで欲しいという店の気概に満ちている。

「小魚のフリットです」、簡潔な説明をひと言添えて、ひと皿目の料理が運ばれる。

メヒカリだろうか、油との相性の良さは日本でも知られているが、添えられた緑色のマヨネーズを付けると味覚が一変する。料理の端材として出る香草類の根っ子を集め、自家製のマヨネーズに練り込める。
黄色い皿に緑のソース、色彩のコントラストも美しい。添えられた柑橘を搾れば印象は更に変わり、ごくシンプルなひと皿目から、これから始まる料理への期待が膨らんでいく。

わくわくするこの感じは、最近のフレンチでは忘れかけていた感覚だ。

「鮪とビーツ」、日本語でそれだけを告げて、先ほどまで鮪をカットしていたマルコが目の前に皿を置く。
アントワンヌに続いて来日したマルコも、渋谷シェフと一緒にパリで働いていた仲間だ。キッチンの中で繰り広げられる一糸乱れぬチームプレイは、まるでダンスを見ているみたいだ。

携帯に繫がれたスピーカーからディスコミュージックが流れると、マルコは踊りながら調理している。

鮪のピンクと、ビーツの深紅、添えられたリコッタチーズの白、香草の緑。華麗な色のロンド(輪舞曲)は、口に入れたとたんに、繰り返し押し寄せる重層的な味わいで、味覚のロンドを奏で始める。
シェフが砕きながら添えたクルミも、劇的なアクセントを与えている。

「セロリの根っこのポタージュです」、シンプルな説明と共に置かれた皿に、一瞬にして目と心を奪われる。

イクラのジュレから立ち上る微かなオリエンタリズムと、どこまでも優しいポタージュが口中でメランジェしながら、幾度も幸せな気持ちに包まれ、添えられた生ピーナッツの食感が新しいドラマを生み出して行く。
いくつものマジックが忍ばされた渋谷ワールドは、シンプルで自然体なのに味わう度に深さがある。
現在のパリが、皿の上に踊っているようだ。

グリーンのカーペットを従えて登場した鯛は、さっきマルコがソテーしていたものだ。
バターでソテーされたカブの茎がソースと共鳴し合い、乗せられた烏賊ミミのピンクと調和し合う。添えられた黄色はマスタードではなく、フルーツ系の甘酸っぱいジュレ。
それぞれ個性が強いキャラクターが、口の中で1つになる時、幸せな協奏曲が深い陶酔を生み出していく。

一切の重さを感じさせず、複雑な調理やソース使いも感じられないのに、素材の持つ味と、酸味や甘み、ほろ苦さや塩気など、あらゆる味覚を熟知して組み立てられたひと皿。そこに、新たにいくつもの食感というリズムが重ねられていく。

フランス語のジョークを応酬しながら、こともなげに目の前で仕上げられていく皿には、軽い目眩を感じるくらいの習慣性と危ない多幸感がある。

味覚と食感、五感すべてのジャムセッション

今日のメイン料理は、チキン。あらかじめ漬け込まれていた肉が、渋谷シェフからマルコに渡され、完璧な火入れで表面は香ばしく、中はソフトに仕上げられ、カットされる。

そして、おもむろにシェフが茹で始めたのはミズムカゴ。春ではなく、秋に旬を迎える山菜だ。
渓流沿いや湿気が多い場所に生えるウワバミソウ、ミズはその俗称。一般的にムカゴ(茎の肉芽)は山芋だが、ミズムカゴはイラクサ科ミズのムカゴで、ミズの実とも呼ばれている。口に入れると、ねっとりとした食感と、しゃきっとした食感が混在し、豆のような甘みとフレッシュな香りが同居する。
しかし、お浸しや一夜漬けでしか出会わないミズムカゴを、どうしてシェフはチキンのローストに合わせたのだろう?

さらに、そこにはマルコが盛大な炎を上げてパスティスでフランベしたエビが乗り、豊潤なソースが少しだけ添えられる。

世界中のどこにもない、傑出したおかんの料理

「ミズムカゴ?いやぁ、ちょうど冷蔵庫にあったから…。基本、おかんの料理なんですよ。その時、あるものの組合せで家族が喜ぶ料理をサッと作って出す」、なるほどなぁと思う。しかし、出てくる皿はすべて、そんな水準のものではない。

突然閃いて即興的に作るから、同じ食材でも、今日と明日では違うひと皿になる。頻繁に通ってみたいと思うのは、きっと僕だけではないだろう。

そして、選び抜かれたチーズを挟み、珠玉のデセールが3皿続く。

今すぐみんなに話したい、でも、そっと秘密にしたくなる。
微笑みを誘うユニークな店の名前は、パリでの偉大な師、『La Bigarrade(ラ・ビガラード)』のクリストフ・ペレ氏の口癖から名付けられた。

そんな店の名は…

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