イタリア全土20州の郷土料理を深く追求するアーティストのイタリアン『オステリア・デッロ・スクード』

【マッキー牧元の今月の1軒】

Summary
1.マッキー牧元が本気で惚れたイタリアン
2.イタリアの郷土料理を深く追求する『オステリア・デッロ・スクード』
3.シェフの技術の深さが成す、どこにもない料理

今月の一軒『オステリア・デッロ・スクード』【by マッキー牧元】

「イタリアにはイタリア料理というものはない。各地方の郷土料理があるだけだ」。とはよく言われる言葉である。

なにしろ今現在の国土を確保したのが1915年、王制を廃止したのが1946年であるから、中央集権だったフランスなどとは異なり、地方色が色濃く残っている国なのである。

東京にも郷土料理を中心としたレストランは多くある。しかしここまで深く、徹底的に追求し、料理を見直している店はないだろう。
『オステリア・デッロ・スクード』は、人気レストラン『インカント』のシェフであった小池教之さんが独立し、2018年に開いた店である。

イタリア全土、20州の郷土料理をほぼ2カ月交代でやられている。メニュー表を開ければまずその州の説明が2ページにわたって小池さんによって書かれている。
そして料理は、前菜7種、プリモピアッティ12種、セコンド7種も用意されている。
2カ月間三回いっても食べきれない数である。

しかも、パンも菓子も食後の焼き菓子類も、その州のものを作られ、ワインも当然その州のものしか揃えていない。これを二人で仕込みをし、作っているのだから並々ならぬ熱情である。

口にすると興奮が鳴り止まない、「ボローニャ風タリアッテレ」

さて12月は、エミリア・ロマーニャ州であった。北イタリア、イタリア半島の付け根にあたる地域で、パルマ、モデナ、ボローニャなどがある。

最も有名な特産品は、パルミジャーノ・レッジャーノであり、パルマ生ハムであろう。料理では、ボローニャ風とかボロニェーゼと日本で呼ばれる、ミートソースがかかったパスタである。

その「タリアッテレ、ボローニャ風ラグー和え」(写真上)をいただいた。今まで恐らく何百回とボローニャ風ソースを食べてきた。しかしこんな味は初めてである。
そのソースには、優美と剛健という二つの異なる因子が存在していた。
運ばれてくると、まず甘い香りが顔を包む。
パスタにからめて口に運ぶ。その瞬間に、なんてエレガントなのだろうと、目を細めた。
野菜やバルサミコや肉の味が球体となって舞う。
タリアッテレは、喜びに富んで弾む。さらに噛めば、肉の味がじわりじわりとしみ出して、体のうちに眠った野生に火をつける。優美さに満ちながら、肉自身の強靭さもある。ソースとパスタが、まるで生きているかのように、口の中で踊る。

興奮が鳴り止まなかった。

肉と野菜だけで、ここまでの味が出せるのである。この一品だけをとっても、小池シェフの凄みがわかる。

伝統を踏襲する「アーティスト」が作る料理の全貌

それでは当日の全皿を紹介しよう。

「affettato misto アフェタートミスト 生ハムサラミの盛り合わせ。ティジェッラ、ベストモンタナーロ添え ロマーニャ風」(写真上)。ハムは、写真の上から時計回りに、プロシュート、モルタデッラ、ラルド、サラミペリーノ、豚バラのパンチェッタ・デベッロ、豚肩ロース肉のコッパ。

熱々焼きたてのティジェッラ(おやきのような丸いパン)に、ペースト状にして味付けしたラルドとストラッキーノチーズを塗って、ハム類を挟んで食べる(写真上)。

自然と笑顔が生まれる。ハムの塩気とほの甘いランブルスコをやっていれば、永遠に食べられるねという幸せである。

パンは、フェラーラのカップルという意味の、ほのかに甘い、ミルクパンのような二股パンの「コッピアフェラレーゼ」とポレンタ粉を混ぜこんだ「グリッシーニ」(写真上)。

前菜は、「うずら豆入りポレンタのカッサガイと、トリッパのフリット バルサミコ風味のインサラータ」(写真上)。カッサガイとは、生ハムの切れ端を煮込んだものとうずら豆を入れたポレンタ。

豆の甘みとハムの旨味が、遠くから静かにやってくる。しみじみとうまい。フリットを噛めば、クニャリとトリッパが身悶え、ほのかに甘い。余分ではない下味とトリッパの厚みが、精妙に計算されている。

パン・全粒粉のパンとかぼちゃとウイキョウシード入りパン(写真上)。

「パッサテッリ・イン・ブロード」(写真上)。パッサテッリ(Passatelli)は、パン粉、卵、おろしたパルミジャーノ・レッジャーノからなるパスタで、押し出して作る。

ネチっとした食感で、かすかにレモン皮が入れられている。そして鶏のブロード(出汁)が素晴らしい。滋味深いが優しく、口から喉、胃袋の粘膜をいたわるように流れていき、細胞に染み渡っていく。ひと口すすっては「ハァー」と、充足のため息が漏れる。
この豊満なスープと素朴なパスタの組み合わせは、限りなく美しい。

そして件の「タリアッテレ、ボローニャ風ラグー和え」(写真上)である。

シェフの勇気と度量、技術の深さが成した、どこにもない料理

こちらは「自家製コテキーノとレンズ豆の煮込み」(写真上)。コテキーノは、大きな豚肉ソーセージで、イタリアの年越しに欠かせない大晦日の料理である。

豚肉の甘い肉汁が弾けながら、サラミのような熟成感もある。紐を持ってしごくようにかじりつくとうまい。そしてローズマリーの香りがきいたレンズ豆は、コテキーノを食べて上気した気分を、落ち着かせる。コテキーノ、そしてレンズ豆。コテキーノ、そしてレンズ豆と交互に食べていくと、幸せが体の中に満ちて行く。

そう平和がここにある。

ドルチェは、写真右奥から「ヨーグルトのセミフレッド サーバ(マルメロ果汁)のソース」、「リコッタクリームとアマレーナチェリーのフルーツバルサミコ」、「エスプレッソとチョコレートを半々に混ぜ込んだ、トルタバロッティ」、「レモン風味のカスタードクリームとボルレンゴ」、そして中央は「りんごのパウンドケーキ」。

とくにコーヒーとカカオの香りが共鳴し合う、トルタバロッティが素晴らしい。

小菓子は左手前が「スポンガータ」。ナッツ、レーズン、白ワイン、はちみつをパン粉で練って、タルト生地に挟んで焼き、クリスマスまで寝かせてしっとりとさせて食べるケーキで、シナモンやクローブ、アニス、コリアンダー、コショウ入り。バターの入っていないシュトレーンのような、ほのぼのとした味わいでうまい。写真右の「スフラッフォレ」はカーニバルで食べるシナモン風味の揚げ菓子。左奥は「スクード特性ザラザラチョコレート」でスパイス入り。

「各地方の郷土料理で使っていない食材や調味料は、一切使いません。しかし調理過程や方法は、化学的に検証して、もっとも良い方法を選びます」(小池シェフ)。こうして作られた郷土料理は、基になった料理を知らなくとも、その料理の思い出がなくとも、僕ら日本人の心を捉える。

「洗練」と言う言葉が正しいのかわからない。しかしイタリアから遠く離れたこの地に、真の理解者がいる。伝統料理の明日を作ろうともがく、アーティストがいる。先人の叡智に敬意を払いながら、その文化を踏襲していく責任と覚悟を心に据え、新たな宇宙を作る。

小池シェフの勇気と度量、技術の深さが成した、どこにもない料理である。食いしん坊なら、イタリア料理好きなら、ぜひ出かけて欲しい。


※写真のコースは6,500円、ハム類の盛り合わせのほか、前菜とプリモから3種類、主菜から一皿選ぶシステム。他に一皿少ない5,500円のコース、おまかせの8,000円のコースあり(いずれもデザート付き)。アラカルトも注文可。本記事に掲載された情報は、掲載日時点のものです。また、価格はすべて税別です

写真提供元:PIXTA(一部)

Osteria dello Scudo

住所
〒160-0011 東京都新宿区若葉1-1-19 Shuwa House 014 1F
電話番号
03-6380-1922
営業時間
月~金ディナー18:00~21:30(L.O.)/月・水ランチ12:00~13:30(L.O.)/土12:00~19:00(L.O.)
定休日:毎週日曜日 ※他月1回
ぐるなび
ぐるなびページhttps://r.gnavi.co.jp/8thwecyt0000/

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