ベストの皿、というお題をもらったけれど、「いちばんおいしい」でも「いちばん好き」でも私は選べない。ただ、いちばん心に刺さった皿ならこれだといえる。
イタリア人が大注目する日本人シェフ
初夏に訪れたミラノのリストランテ「Tokuyoshi」の「Calamari……ripieni」。
イタリアによくあるイカの詰め物料理だが、徳吉洋二シェフのそれは詰まっていない。イカの脚とワタ、アンチョビ、ケッパーなどをトマトで煮た詰め物の上にイカの身を載せ、握り寿司の形にしているのである。
とまあ、そこまではいい。心に刺さったのは、イカの身の包丁仕事だ。日本の寿司屋に習ったという、鹿の子切りに近い入れ方だが角度や深さが和食のそれとは微妙に、しかし完全に違う。彼はこの表面を炙ってこんがりと立たせることで、イカの不思議な弾力と濃い甘みを強烈に感じさせ、詰め物の甘み旨みへとつなげていった。
日本のアイデアという域を軽々と超えて、日本人のアイデンティティを、現地のイタリア料理で感じる時代がついに来たのだと思った。
1990年代後半から2000年始めまで、イタリアでは「石を投げれば日本人コックに当たる」と言われた時代。その膨大な数の中からシェフになった者、星を獲った者、永住を選ぶ者はごく少数だが現れた。けれど自分名義で名実共にオーナーシェフとなった者は、私が知る限り徳吉さんが初めてだ。ましてや、イタリア人からこれほど独立を注目された人は。
徳吉さんは9年間、「世界のベストレストラン50」2位のOsteria Francescanaスーシェフとして、なくてなはならない存在だった。そのトクヨシがミラノで独立、というニュースはイタリアのガストロノミー界で話題になり、事実、オープン2日目から満席のスタートダッシュだったという。
イタリアで9年、ここから物語がはじまる
師のマッシモ・ボットゥーラ氏は哲学的、詩的な人。何よりアイデンティティ、生まれ育った土地や個人的な思い出を料理で表現しようとしていた。
徳吉さんもまた皿にアイデンティティを映し出す。が、方法論が違う。彼が掲げるのは「クチーナ・コンタミナータ」。直訳すると「汚染された料理」となるが、この直訳は誤解を生むかもしれない。シェフに意訳してもらったら「文化と文化が混ざり合う、あるいは影響し合って変化する」ことで、フュージョンやミックスとは断じて異なる料理。たとえば単に日本の素材とイタリアの手法でつくった料理なら、それはコンタミナータではない。
要は、文化をどこまで理解しているか、だろう。自分のルーツを掘り下げること、イタリアという他人のルーツを新たに体へしみ込ませること。文化と文化を深く知った上で再構築する皿には、思想がある。そこで自分は何を伝えたいのか、何を表現したいのか。深く深く、考え抜いたところに時々降りる光のようなものがある。
徳吉さんはイタリアで9年、そうしてやっと光を掴んだ。日本人がイタリアで、自分の名前でイタリア料理店を構えること。これはゴールじゃなくスタートだ。なんてことはわかりきっているけれど、それでも日本は今、彼をもっと誇りにしていいと思う。
コース90ユーロ、100ユーロ。アラカルトあり。
Tokuyoshi
- 電話番号
- +39 02 8425 4626
- 営業時間
- 火~土曜19:00~23:00、日曜12:30~15:30・19:00~23:00
- 定休日
- 定休日 月曜
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※電話番号、営業時間、定休日、メニュー、価格など店舗情報については変更する場合がございますので、店舗にご確認ください。