いくらお金を積んだところで、手に入らないものがある。命とか、愛とか、誇りとか、それは人間の存在そのものに関わるものなのかもしれない。でも、僕にとってそれは、黄昏時の東京で突然襲いかかる「さばからまぶし」の強烈過ぎる誘惑だ。
無論、上質な鯖とおからが手に入れば、自らチャレンジすることも可能かもしれない。水準は到底比べようもないが、似たようなものは再現できる。しかし、その背後に、目配りと気配りで、てきぱきと店を采配する女将・久美子さんの声が聞こえなければ、自分の中での「さばからまぶし」は完結しない。
凛とした大衆酒場の規範
酒場に不可欠なものは、肴の旨さ、酒の旨さ、懐に優しい価格設定と、即座にいくつも上げることができる。だが、最も大切なものは「店の気」だ。そして、それを決定づけるのは店の中心に立つ、女将や大将の存在にかかっている。常に客に気を配り、スタッフに適切な指示を出し、店の全体を仕切りながら、細部にまで目を届かせる。
紅いカウンターと、ベージュの肘置き。歴史に裏付けられた店の品格と落ち着き、凛とした適度の活気の中に、色気さえ感じられる安らぎに満ちた空間。スタンドアサヒは、まさに大衆酒場の規範ともいうべき高みにいる。しかしながら、肴は滅法安く、飛び切りに旨い。居酒屋の価格で、割烹の味を堪能し、女将の粋に触れる。
時代を超越した肴に酔う
上方の古典落語『上燗屋』にも登場する「からまぶし」は時代の流れと共に忘れられつつある肴だ。しかし、昭和10年創業の「スタンドアサヒ」では、当たり前のように提供され、店の名物の1つになっている。
同じく「小鉢」も、ここでは欠かせない。カボチャや茄子などの野菜、トコブシやイタヤガイなどの貝類、鯛の子や鱧の子。それぞれ絶妙の出し加減で煮られ、カウンター後ろに並べられた煮物の鉢から、客の好みに合わせて女将が小鉢に装ってくれる。
まず小鉢と酒を頼み、旬の煮物に舌鼓を打ちながら、お代わりの酒とさばからまぶしを注文する。程なく女将から「ちょうどモロコが炊けたんやけど」などと声が掛かる。後は久美子さんに身を委ねれば、その季節、1番美味しいものを存分に味わえる。
評判のきずし(〆鯖)を、注文を受けてから、さっとおからで和えたさばからまぶし。旬の海と山の幸を、それぞれ丁寧に炊いた小鉢。この2品を食べるだけでも、南田辺という駅に降りる価値がある。
<メニュー>
さばからまぶし 300円
小鉢 350円
※森一起さんのスペシャルな記事『幸食秘宝館・武蔵小山、グルメランキング上位には載らないホントウの名店3軒を巡る』はこちら
スタンドアサヒ
- 電話番号
- 06-6622-1168
- 営業時間
- 17:00~22:30
- 定休日
- 定休日 日・祝日
※本記事に掲載された情報は、取材日時点のものです。
※電話番号、営業時間、定休日、メニュー、価格など店舗情報については変更する場合がございますので、店舗にご確認ください。