1.「*ヤギの深淵」
ヤギはヤギである。
断じて、羊でも豚でも鶏でもなく、ヤギである。
そんな当たり前のことがわからなかった。
羊より淡く、純朴で、鶏より野生で、豚よりも肉々しい。
誰が臭いといったのか。つぶしたてのヤギは、臭みなどはまったくなく、噛むと、乳の香りと草の香りが入り混じって、ふわふわと抜けていく。
ヒレの生は、優しさの中に強情を忍ばせて、シンタマは噛めと叫んで、滋味を絞り出す。
背肉は シャンカールさんの作ったカレーと丸く抱き合って、全員に笑いを贈る。
脳は、危険な食感と味わいで心を溶かす。
そしてレバーはどうだろう。
かすかに鉄分の香りがあるが、どこまでも澄んだ味わいで、まだ命の純粋がある。
それでいて舌の上で潰れていくと、濃密な、しぶとい甘みが染み出してくる。
純粋と濃密。それもまた生の証である。
生の味はまた崇高でもある。
目をつぶりながら、まだ頭の中で響く、断命の鳴き声を思う。
深く、深くこうべを垂れながら、ありがとうの言葉を胸に刻む。
岡山「ルーラルカプリ農場」にて。
ルーラルカプリ農場
- 電話番号
- 086-297-5864
- 営業時間
- 10:00~17:00
- 定休日
- 年中無休
- 公式サイト
- http://www.yagimilk.com/
※本記事に掲載された情報は、取材日時点のものです。
※電話番号、営業時間、定休日、メニュー、価格など店舗情報については変更する場合がございますので、店舗にご確認ください。
2.「予約困難な阿佐ヶ谷の名鮨店」
握りに人柄が忍んでいた。
ゆっくりと握っているように見えるが、素早い。
煮きりやツメを、同じように引いているように見えるが、種によって量を微妙に変えている。
ミツカン優選と横井の与平を使い、マグロは白い塩ベースの酢飯、コハダは熟成香のある赤い酢飯で握るが、どちらかに決めるのは、その日の魚の味わいによるという。
くりっとした食感で甘みがこぼれる青柳の昆布だし漬けや、白子のスープを流した茶碗蒸し、ねっちりとうま味がからんでくるカラスミの酒粕漬けなどで、「いやん」といいたくなるほど酒を飲ませ、握りに入る。
〆具合が精妙なコハダは、しなかに口の中で踊り、ねっとりとした鮑は、香りを放ちながら、舌に吸いつく。
滑らかな赤身は、鉄分の酸味を滲ませ、炙ってヅケにしたぶりは、燻香のような香りを伴いながら、滋味たっぷりに崩れていく。
こうして魚と人肌の酢飯の合一は、我々を魅了するのだが、少しもこれ見よがしなところはない。
魚と素直に寄り添った、やりすぎない誠実さが握りにあって、それが心を揺らす。
「まだまだ未熟者ですが、もっともっとおいしいすしが握れるように頑張ります」。
こういう職人が好きだ。
阿佐ヶ谷「なんば」にて。
鮨 なんば
- 電話番号
- 03-3391-3118
- 営業時間
- 月・火・木~土 17:30~23:30、日・祝 17:00~23:00
- 定休日
- 定休日 水曜
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3.「飛騨で知った洋食店の系譜」
飛騨高山にハワイ。
高山の屋台村「でこなる横町」に入り口に、「ハワイ郷土料理」なる赤提灯がかかっていた。
のぞくと店主は、日本人のようであり、外国人のようでもある。
なぜにこの山奥でハワイ? と思いながらメニューをみれば、鹿や猪、鶉やほろほろ鳥が並ぶ.
店名は「モーガンズ・ジビエ・バー&グリル」。
むう増々謎は深まる。
入れば「How are You」。むくつけき男性が挨拶する。
どうやら日本語がほとんど出来ないらしい。
ロミロミサラダに鹿のたたきメダリオンを食べ、ハイネケンを飲む。
店主は日系のモーガンさん。ハワイ在住だったが、縁あって高山で店をだすことになった。
ボディビルチャンピオンだったそうである。
ヒッコリーで燻したというスペアリブBBQはいの猪肉。柔らかく甘く、ほんのり燻香が効いたところに、甘酸っぱいアメリカ風BBQソースがかかって、ああここは日本じゃない。
実はモーガンさんの家系は、代々料理人で、元は宮内庁御用達であった「宝亭」のシェフだったそうである。
「宝亭」といえば、明治時代、「精養軒」「富士見軒」「中央亭」「東洋軒」とならぶ高級レストランとして知られ、夏目漱石がグリンピーススープを好んだ店としても知られている。
確か外神田の「松栄亭」の初代は、「宝亭」出身だったはずである。
最後にモーガンさんの写真を撮らせてもらうが、堂々たる体躯。「でこなる横町」とは、「でこうなる=大きくなる」という高山の方言だが、十二分にでこなったモーガンさんは、店を「でこなる」するために、毎晩料理に励んでいる。
モーガンズ・ジビエ バー&グリル
- 電話番号
- 090-3258-9333
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4.「そば vs うどん」
「これ、高山で一番小さい蔵の酒、二年寝かしてうまいよお」。高山「つるつる亭」のご主人が、「天恩」の熟成酒をもってきた。
わさびをおろし、塩を少し盛ると、「つまみがないじゃけん。わさびをつまんで塩にちょっとつけて飲むんじゃ。塩つけすぎたらいかんよ」。
塩で甘みが引き立ったわさびが舌の先に触れ、香りが鼻に抜け、喉へと向かう瞬間、辛味が口腔中を殴る蹴る。
「ちきしょうめ」。鼻にツンと来て涙が滲むそこへ、酒を流し込む。
「うまいなあ」というと、親父が嬉しそうに笑った。
「大根おろしそば」が運ばれた。丸く切ったそばに塩をふりかけると
「ここ塩かけたで、なんもつけんと、このまま食べてな」。
甘い。そばが甘い。
「後はこのおろしとつゆからめて食べて、わさび足りんと思ったら入れる。つゆ足りんと思ったら入れる。でも薄目で食べた方がそばの味わかるからな」。
そばはねちっと歯の間でコシを弾ませ、質朴な甘みを滲ませる。
「ああこれ、言わんといけん。大根じゃなくて蕪のおろし。大根だとわさびの辛味と相まって、どんどん辛くなるけどかぶはならんからな」。
そして釜揚げうどん。これもまた一工夫がある。茹で湯に笹の葉を入れて、風味が増している。
「これ八重桜の塩漬け。入れると風味がますんだ」と、葱と生姜の入ったつゆの小鉢に入れた。
「うどんは一本ずつ食べてな」。「どうや固さは?」。
ちょうどいいというとまた、子供の笑顔になった。
うどんは滑らかで、ほどよいコシがあって、つるんつるると口元に登ってくる。途中で山芋のすりおろしを持ってきて、つゆに入れる。
「混ぜないでな。うどんをいれるといもがとほどけていくから」。
客は僕一人。付きっきりで説明してくれる。
山芋の質素な甘さをからめたうどんは、「いやん」と腰を振っているようであった。
笹の茹で湯をのんでいると、今度はそば粥を持ってきた。
「まず一杯目は桜の塩漬け」と、手渡される。「二杯目はつゆいれて。どや?味かわるでしょ」と、またもや子供の笑顔。
マンtoマン指導で一時間、貴重な体験である。
だから「つるつる亭」は開店間際、11時に店に入るのが正しいのだ。
つるつる亭
- 電話番号
- 0577-34-1219
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