幸食のすゝめ#009、職人の手触りには幸いが住む、富ヶ谷。
日曜日の遅い朝、膨らんでいくクロワッサンを見ながら、スパークリングでダッチパンケーキを待つ。ベビーカーのママ友たち、古本屋帰りの若いカップル、出来立てのパンを買いに来た近郊の紳士。窓にはドナルド・フェイゲンや風街ろまんのアナログ盤。こんな自由でカジュアルな場所を、2人は作りたかったんだなと思う。浮遊感に満ちたペダルスティールの音が、年代物のスピーカーから静かに流れる。ありそうで、どこにもなかったビストロ。ようやく日本は大陸の束縛から解放されたのかもしれない。
原シェフと後藤パティシェ、2人の出会いは「キュイジーヌ[s] ミッシェル・トロワグロ」。交差した期間は、たった3ヶ月だった。やがてシェフは渋谷にrojiuraを開店、パティシエはロワンヌの本店に招かれ、シェフパティシエまで登りつめる。Rojiuraも2年連続で、ミシュランのビブグルマンに掲載される店になった。しかし、東京とパリで2人はいつまでも見果てぬ夢を抱き続けた。珈琲を飲むように、一杯のワインを飲むように、カジュアルにフレンチが食べられる場所。居酒屋が大好きな自分たちの友も、気軽に覗けるようなフレンチの入口。
「モーニングをやりたいね」、原氏のひと言から2人のセッションは始まった。海外に出かけたら必ず出逢う、あの心地いい時間帯。そんな幸せな時間を、2人で作り出せたら素敵に違いない。「だったら、9時や10時じゃなくて、8時だね」。話しは、そこからどんどん広がった。朝8時から午後2時まで、しっかり食べられるダッチパンケーキや、美味しいサンドイッチ、スープやサラダを出そう。ごく当たり前のメニューを、シェフとパティシェがきちんと作って、最良のコンディションで美味しく食べてもらう。
シェフとパティシェの自在なジャム
「僕はブティック・パティシェ=お菓子屋さんになりたかったんじゃない、料理のコースの後に融け込むデザートを作りたいんです」。なかなか日本では実現しないレストラン・パティシエという道を、かつての盟友と歩み始めた後藤氏。だからPATHは、原シェフと後藤パティシェのコラボではなく、ジャム・セッションだ。
旬の食材をどう奏でるか、お互いのアプローチで素材の持ち味を最大限に昇華させ、予期せぬ感動を生み出して行く。その頂点は、素材名だけが書かれたコースで炸裂する。ワイン・ペアリングでぴったりのヴァンナチュールも楽しめる。
自由という名のマリアージュ
馬肉に濃厚な牡蠣を合わせ、根セロリのムースでつないだひと皿。白子のフリットとココナッツがかかった菊芋が融合した一品。
檜の匂いを纏い、ワイルドライスを従えた合鴨。畳み込めるように運ばれたメレンゲのキューブを割ると、シャルトリューズ風味のアイスとイタリアンパセリ入りのオイルでマリネした生姜に包まれた苺。
焼きたてのショコラは、ピーナッツのアイスクリームと酸味が効いたアンディーブのサラダと合えて楽しむ。その間中、ソムリエは最良のマリアージュを用意する。今後はビールや日本酒も視野に入れていると言う。
昼間、パンが並んでいた立ち飲みカウンターでは、音楽を楽しみながら一杯飲んで帰る客もいる。バーのアラカルトも、ビネガー味のフライドポテトや、おでん感覚のポトフ、クスクスなど、いろんな楽しみ方ができる。もちろん、フォンダンショコラだって用意されている。ここにはフランスも、イタリアも、日本もない。ただ、気持ちいい空気が流れているだけだ。
シェフがきちんと作る真っ当な料理と、パティシエが丹精込めたパンやケーキ、ヴァン・ナチュール、クラフトビール、作家に焼いて貰った食器。奇をてらったものはひとつもないが、出てくるものすべてに職人たちのプロの仕事が感じられる。Rojiura(路地裏)からPATH(道)へ、ビストロの新しい形を歩み始めた2人の爽やかな挑戦。職人の手触りには、幸いが住んでいる。
<メニュー>
ダッチパンケーキ1,200円、自家製ハムとカマンベールのサンドイッチ980円、京都醸造の生ビール2種800円、夜のコースは5,800円(+4,200円でワインペアリング)
※本記事に掲載された情報は、掲載日時点のものです。また、価格はすべて税別です。
※森一起さんのスペシャルな記事『幸食秘宝館・武蔵小山、グルメランキング上位には載らないホントウの名店3軒を巡る』はこちら
PATH (パス)
- 電話番号
- 03-6407-0011
- 営業時間
- 8:00~15:00(L.O.14:00) 、18:00~24:00(L.O.23:00)
- 定休日
- 定休日 月曜・月一回日曜休
※本記事に掲載された情報は、取材日時点のものです。
※電話番号、営業時間、定休日、メニュー、価格など店舗情報については変更する場合がございますので、店舗にご確認ください。