肉料理から〆オムライスまで食通を魅了した赤坂の旬香亭が目白に

【連載】肉の兵法 第五回  肉に向かうときに雑になってはならぬ。どこでどんな肉を食べるのか、組み立てるのが大人のたしなみであり、男の作法。「大人の肉ドリル」著者である松浦達也氏が旨い店の肉をさらに旨く食べるための作法を解説する。

2016年01月22日
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肉料理から〆オムライスまで食通を魅了した赤坂の旬香亭が目白に
Summary
1.赤坂時代から分子ガストロノミー
2.本店は静岡に移転
3.コース5,000円からの満足空間

“悪女”な店

高田馬場に事務所を構えて、もう15年近くになる。交通の便はいいし、学生街だから若者の動向や興味・関心の矛先も知ることができる。そこは気に入っているところ。

だが、困ったこともある。この街には、ラーメン屋とチェーン店がやたらに多い。そのこと自体はいいとしても、大人が楽しめるような店が少ない。ゼロではないが、通い詰めたとんかつ店は東京を代表する行列店になってしまったし、行きつけの寿司屋はなかなか時間が合わない。お気に入りの焼鳥屋もちょっと遠い。そんなこんなで仕事に嫌気がさした空腹時、気持ちまで満たしてくれるような店があまりない。ついふらふらと足を向けてしまう、"悪女タイプ"の店が少ないのだ。

独自の洋食で話題となったあの店

ところが1年ほど前、隣駅の目白駅前に新しい店ができた。赤坂にあった「旬香亭」である。2012年にオーナーシェフの斉藤元志郎氏の郷里である静岡に移転した、あの旬香亭が都内に戻ってきた。長く片腕をつとめた古賀達彦氏をシェフとして目白店がオープンしたのだ。隣駅とは言っても、事務所から歩けば10分ちょっと。電話をして駆け込むには実にありがたい距離感だ。

「旬香亭の洋食」はちょっと変わっている。赤坂時代からエスプーマや液体窒素を駆使する分子ガストロノミックなレストランでありながら、「〆にオムライスやカレーを出す」洋食店としても評判だった。アークヒルズ裏の「旬香亭グリル・デ・メルカド」では、あの「エル・ブリ」帰りの山田チカラ氏が腕を振るっていたし、赤坂見附にあった姉妹店の「フリッツ」(※現在の御茶ノ水「ポンチ軒」の"原店")ではランチタイムにラーメンまで出していた。

まさに自由闊達。ベースにはフレンチなどの技法はあるものの、その根っこにあるのは「食いしん坊な作り手」。客の顔をほころばせるためなら手段は選ばない。当然ながらその精神は、目白の旬香亭でも息づいている。例えば5,000円のコースから一部を抜粋すると……。

食べるジンジャエール

あまり説明するのも無粋ですが、一応ヴィジュアルもご紹介。生姜と水分がほぼ同量という鮮烈な味わいは、二日酔いの胃袋でもすぐさま揚げ物を迎え入れられる体制に!

前菜盛り合わせ

パテ・ド・カンパーニュや、ちょっと変わったしつらえのシーザース"風"サラダなど約8種の前菜が皿の上につめ込まれた、ぎゅうぎゅう盛り。内容は仕入れやシェフのノリで随時入れ替わる。右端は最近加わった京都風のオムレツサンド。ご存じの方、アレですよ。アレ。

ビーフカツレツ

ふつうに5,000円のコースでもビーフカツレツを選ぶことはできますが、+1,800円を奮発してあか牛のビーフカツにアップグレードも可能!(全力でおすすめ)
つけ合わせのキャベツはガストロバックという減圧調理器にかけたもの。透き通るような美しい質感もシャッキシャキの食感も、いつものキャベツとは別物です。

特製中華そば

もちろん麺の配合から特注。少なめのスープにからめて食べる。メニューに「〆に最高」と書いてあるとおり、ジャンルを飛び越えて脊髄反射どころか口内反射してしまう衝撃的な品。レストランなのに、思わず「ズズッ」とすすってしまって「しまった!」なんてなりませんよう(経験者談)。


他のコースメニューも一味違う。スープはふわっふわで、海老フライはブリッブリ。デザート(これも驚きの選択肢)に至るまで、どこかにちょっとした遊び心が隠されている。〆も、中華そばのほかカレー、ハヤシライス、そして赤坂時代を彷彿させるオムライスまでセレクト可能。上位のコースにはさらなる驚きが忍ばせてある。奇をてらっているわけではないのにかすかな驚きがあり、思わず「うまい!」と口をつくような店は意外と多くない。そしてこういう店は、つい人に紹介したくなる。

そういえば昨年末、『ミスター味っ子』『将太の寿司』などを描かれたマンガ家の寺沢大介さん(僕は『喰いタン』が好き)から「まとまった人数で、とんかつ、ヘレカツ、から揚げ、海老フライ、かき揚げが食べられる店、ない? ないか(笑)」という正月太りにとどめを刺そうかという食事会の相談を受けた。

1年前なら店選びに悩んだかもしれないが、この店ならば間違いない。「あるある! あります!」と即答。しかも今回のdressingの締め切りに間に合いそうなので、ここからはそのスペシャル揚げ物祭りの模様もちょっぴりご紹介。

↑この日、一番の歓声が揚が……ではなく、歓声が上がった牡蠣フライと海老フライ。

当日の品書きは、とんかつ、ビーフカツ(あか牛)、フライドチキン、海老フライ、牡蠣フライ。それにメニュー外から特別にお願いしたお楽しみかき揚げ。牛、豚、鶏から魚介までまるでカロリーのことだけを考えたかのようなストイックな揚げ物オールスター戦。ガストロバックにかけた牡蠣フライやフライドチキンに感嘆のため息が漏れ、ビーフカツに歓声が上がる。かき揚げについてきた大根おろしはエスプーマ仕立てで「えええっ!」。次の品が楽しみすぎて、食べても食べても腹が減る。

↑メニュー外でお願いしたかき揚げ。左奥の茶色いかたまりは口内でジュワッと溶ける"天つゆ"

↑驚愕の大根おろしのエスプーマ(※メニュー外)。軽い触感でかき揚げに絶妙にからむ。

10名で軽く2万kcal(推定)以上の揚げ物をザクザクと食べては、ビールやスパークリングワインで口内や食道を洗い流す。どうして揚げ物とビールはこんなに仲がいいのか! そして全身がフライの衣とガス入りアルコールの至福感で満たされても、やっぱり〆やデザートも注文してしまう罠。いい店はこれだから恐ろしい。

背徳感にさいなまされながらも、目の前の快楽に身を委ねてしまう。少しの刺激とともに、つま先から頭のてっぺんまで多幸感で満たされる――。

ああ、やっぱりこの店は「悪女」だった。

↑コースの一部。この他、スープ、デザート、コーヒーなど


<メニュー>
ランチはスリランカ式ブラックチキンカレー1,200円、メンチ&ミンチ(メンチカツとミンチポテトコロッケ)1,400円、ロースとんかつ1,500円、サラダプレート1,600円、ステーキハンバーグ1,800円、ビーフカツレツ2,000円(上撰3,600円)ほかおまかせは3,200円と5,000円が基本コース。ガストロバックで処理をしたコールスローかサラダ、パンorライス、スープがつく。ディナーはおまかせが5,000円、8,000円、12,000円のコースが基本。その他、前菜、洋食、ステーキ、シチュー、かき氷などのほかガストロバックメニューも。

※編集部注:ガストロバック…スペインにあった「エル・ブリ」のフェラン・アドリア氏が火をつけた、いわゆる分子ガストロノミー(=調理法を科学的見地から見つめ直し、料理を構造的に再構成するなどしたもので、例えば日本では東京・六本木「龍吟」などが代表的な店舗)を取り入れたスペインや欧州の最も進んだシェフたちや科学ラボ、メーカーによる共同研究の中から生まれた減圧加熱調理器。「減圧」×「加熱」の無段階での組み合わせで、食材の細胞を変性させ、従来の調理法では出し得なかった味、食感、香りへの可能性を広げている。

※松浦達也さんのスペシャルな記事『高田馬場のとっておき酒場は、あのサイトにも載っていない「もつ煮込み」の聖域だった』はこちら

目白旬香亭 (メジロシュンコウテイ)

住所
〒171-0031 東京都豊島区目白2-39-1 トラッド目白2F
電話番号
03-5927-1606
営業時間
11:00~L.O.14:00、17:00~L.O.22:00
定休日
定休日 毎月最終月曜
ぐるなび
https://r.gnavi.co.jp/43upzjhk0000/
公式サイト
http://www.shunkoutei.com/mejiro/

※本記事に掲載された情報は、取材日時点のものです。
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