常連とは名乗るものではない
酒場のなかでも、とりわけ酒がメインで、そこで酒を飲むことがすべての店舗業態がバーである。
だからこそ内装や雰囲気が、マスターやバーテンダーとの会話が、流れる時間が…、というふうに、本来は酒オンリーのはずなのに、酒以外のものを求めてしまう。
ホテルでも街場でも、バーでは、まるで「店の身内」のような存在の客を目にすることがあって、常連はいいな、いつもおいしい酒が飲めて楽しそうだな、などと思ったりする。
ただ、常連ヅラをしたり常連の気配を出している客を見かけることがままある。
それについて店側もわかっている節があって、客が「いつもの」と言ったりすると、「何でしたっけ」と訊き直すのを目にしたりして、思わず「やっぱりこの店は、いい店だなあ」と苦笑したりする。
パブリックなバーや喫茶店については、「いい店」というのは、「誰にとっても」いい店がいい店で、「自分だけのいい店」というのは、あまりいい店じゃないのだと思う。
自分にだけ依怙贔屓してくれる、誰もわかってないけど自分だけがいいと知っている(なぜなら常連だから)、などと言明したりするのはよくない。
店の「常連」というデリケートな存在のありようは、自分がそうだと名乗るのではなく、店から言ってもらえる、それも自分がいないところで、ということで成り立っている。
「いつもの」は、店側から「いつもので良いですか」と言ってもらえるかどうかだ。
パブリックな場所
バーは馴れるまではややこしいことだらけだ。
ギムレットやダイキリがどんなカクテルであって、というのはレシピつまり情報ではないから、その店で誰かに教わるしかない。
誰かというのは先輩だったりバーテンダーだったりするわけだが、どんな味がするのか(当然店によって違う)はもとより、飲み方もわからない。
飲み方なんて言い方をすると、「どうでもいいんじゃないの」という声が聞こえてきそうだが、やはりカシスオレンジでメシを食ったりするのはよくない。
バーはパブリックなのだから。
その昔に寺町の京都サンボアのマスター中川英一さん(96年に逝去)に「バーはTシャツで来たらいかん。すまんな」と言われて、今どき何を言うてるんやこのおやじは、と思ったが、銭湯帰りにバーに行くんだったら一旦家に帰って髪を整えてちゃんと着替えて、靴を履いて、出るときに鏡を見てから行かなあかん、ということなんだろうと思うに至っている。
ドレスコードというのは明文化するととても田舎臭いが、バーという場所の「パブリックさのありよう」を考えると、やはり有りなのかと思ったりする。
そういうふうにして行くからバーで飲むウイスキーは、スナックで飲む同じ銘柄のそれよりうまいのだ。
国産ウイスキーがなかった時代
京都や大阪、東京にある「サンボア」は、神戸元町に近い北長狭通6丁目に大正7年(1918)に創業している。
ちょうどその年に「マッサン」こと竹鶴政孝がスコットランドへ留学した年だ。
竹鶴は「日本のウイスキーの父」であるから、当然日本には舶来のウイスキーしかなかった。
わたしがよく行く[堂島サンボア]は昭和9年に鍵澤正男氏が神戸から独立して創業している。
現在の店は戦後すぐの昭和22年再開したもので、昭和30年の改築を経て素晴らしいバー空間を維持している。
バーテンダーの仕事の半分以上は掃除だ、とばかり3代目店主(初代の孫)の鍵澤秀都さんは、毎日正午過ぎには店に入り丹念に掃除し、磨きをかけている。
これは取材で聞いたものではない。オフィスのすぐそばだから、ランチ時に前を通ったりしてよく目にするのだ。
真鍮のドアの押し板はビカビカで、押して指紋を付けるのをためらってしまうほどだ。
ドアを開けると真鍮のカウンター・バーと下の足掛けのバーの光に目を射られる。
客が帰るや即座にその部分のバーを拭いて磨く。
客は常にこれ以上のない光り方をしているバーにもたれ、手や肘をつき、時々足をかけ、立ち吞みするわけだ。
それを見ると、なるほど歴史というのは、誇るものではなく磨き上げるものだと思う。
そういうパブリックな場所がバーという酒場だ。
毎日このバーの同じ場所で同じハイボールを飲んでいる常連さんがいるが、そうすることが日常なのだろう。
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サンボア系列のなかでも、この店のポテトサラダやフォワグラ・サンボア風など、ツマミは群を抜いている。
※江弘毅さんのスペシャルな記事『いい店にめぐり逢うために知っておきたいこと』はこちら
堂島サンボア(ドウジマサンボア)
- 電話番号
- 06-6341-5368
- 営業時間
- 17:00~23:30(閉店)、土曜は16:00~22:00(閉店)
- 定休日
- 定休日 日曜、祝日(GW休、盆時期休、年末年始休)
※本記事に掲載された情報は、取材日時点のものです。
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