ヒラノさんは、いろんな愛でできている。
家族愛、地元愛、ワイン愛、アンティーク愛、陶器愛。どれも全力疾走感のある愛しっぷりだが、中でもイタリア愛は、ちょっとたじろぐくらいの熱く濃い愛だ。
「ヴィネリア ヒラノ」平野博文さん(※博文の「博」は、上に`がないものです)。イタリアワインただ一本で看板を立ち上げ、前身の神宮前「AZ(アズ)」時代から数えればオーナー歴18年。イタリアワイン歴は30年になる。
1985年、イタリアンブーム前夜の「バスタパスタ」
福岡の男である。
料理人を目指して調理師専門学校に進み、在学中にはフランスやスイスを食べ歩いた。卒業後は愛する地元のロシア料理店に就職。ピロシキを1日400個、生地から作っていたという。
親の都合で上京したのは、21歳か22歳のとき。紹介された店がたまたまイタリア料理、たまたま原宿の「バスタパスタ」なる店で、たまたまサービスを命ぜられた。
1985年。東京でもまだ「イタリア帰り」が珍しかった時代、現地で修業した山田宏巳氏をシェフに据えたリストランテだ。
「『バスタパスタ』は当時、新しい世界でした。魚市場をイメージしたショーケースも、舞台のようなオープンキッチンも。厨房にはハマサキやクラタニやウエタケがいて、みんなまだ駆け出しだった」
現「リストランテ濱﨑」濱﨑龍一シェフ、「クラッティーニ」倉谷義成シェフ、「カノビアーノ」植竹隆政シェフ。その後、1990年代イタリアンブームの花形としてばく進することになる彼らの、前夜の時代である。
98坪、98席の大箱は常に満席。階段まで人が並んだというが、「だったら“待つ”ところから含めて、絶対に楽しんでもらう」。そのサービス精神が、彼の根っこになっている。
イタリア専門ワインバーの先駆け「AZ」
自身のイタリアワインバー「AZ」を開店したのは1998年。すでにイタリアもワインも大ブームに突入していたものの、私の記憶では「イタリアワイン専門」なんてほとんどなかったと思う。
「AZ」は今で言う裏原宿のさらに裏の端っこで、ドアを開けると深紅のビロードカーテン、それをたぐった先に真っ暗なカウンターという、おそろしく入りづらい店だった。
席に着いてもワインリストが出てこない。最初に訪れたとき、「何杯飲みますか」と訊かれてビビったことを憶えている。2杯か、3杯か、もっといくか、それによって順番と組み立てが違うのだと。
飲む前から飲む杯数を考えたことなどなかったけれど、逆に言えば組み立てを考えてくれるということで、「自分が何を飲みたいか」すらわからないイタリアワイン初心者にとっては、案外助かるシステムだったのかもしれない。
事実、平野さんは作戦を練るように次の一杯をひねり出す。で、すごく楽しそうに解説するのである。
「このワインはロンバルディアの、ポー川よりちょっと上で……ああ、イタリア人はポー川を基準に、上を北、下を南って分けたりするんですけどね。北の人はそこから南を別の国にしようとか。南の人が働かないからって言って(笑)。この辺り、バイクで旅したことがあるんですよ。僕、ガイドブックなんて見ない。地図が好きで、いつもこれだけ持っていくからもうボロボロ……見ます?」
というわけで、脱線しまくりの平野ワイン学校。でもそのおかげで私はどんどん、どんどんイタリアワインとイタリアが好きになった。
血の通ったイタリア料理
2010年、千駄ヶ谷小学校の裏路地に移って、店名が「ヴィネリア ヒラノ」に変わった。
店は前より少しだけ広くなり、大きなガラス窓からはカーテン越しに中の気配がうかがえる。
ドアを開けるとイタリア家庭の玄関のようで、吹き抜けがあり、年代物のキャビネットがある。
「AZ」が隠れ家なら「ヴィネリア ヒラノ」は開かれた個人宅といったところだろうか。めちゃめちゃ入りやすい。
そしていつの頃からか「何杯飲みますか」という台詞は訊かれなくなった。
平野さんの作る料理にイタリアの血が通っている、と感じるのは、彼が料理人志望だったという理由だけでは説明がつかない。
たとえばナポリの焼き菓子、スフォリアテッラの息を呑む美しさ。何がイタリアの肝なのかを掴んで、それを表現するための軸を持っている気がするのだ。
だから糸島のイタリア野菜や玄界灘のクエ、天草の地鶏などを使っても、イタリアの匂いがする。(最近、九州愛が高まっているらしい)
天草大王のハツとささみを、自家製塩レモン(宇土半島産)でマリネして、シチリア産ケッパーとアジアーゴ・ベッキオ(ヴェネト州のチーズ)、天草の塩を振った突き出しは、九州食材版カルネクルーダ・アル・リモーネ(=レモンでマリネした冷製の肉料理)だ。
決まったメニューはなくて、食材やおなかの空き具合を話しながら決めていくことが多い。
この日はピエモンテ好きの私に、「今日はカレーマがありますよ。リゼルヴァよりクラシコのほうがダッシュ力がある」と同州の赤ワインを注いでくれた。パスタを頼むと、「同じワインで煮込んじゃおう」と平野さんは、ラグーソースに仕立てたのである。
包丁でさいの目に切った糸島玄海ポークと、肉厚のショートパスタ「トルティリオーニ」のガシガシ噛んでにじみ出る旨み、ラグーに使った発酵バター「オッチェッリ」の風味も効いて、これはもう合わないはずがない。
と言うと、クックックッ、と子どものように笑うのだった。
仲間が次々と華やかな舞台に立った時代から、店を大きくするわけでも、プロデュースを手がけるでもなく、毎日お店に立ち続けた人。「自分の城をじんわり守るのが好きだから」と彼は言う。
「僕は教えたいのでなく、分かち合いたいんですよ」
ようやく気がついた。この店に通っておよそ16年、全力疾走の愛を、私はずっと分けてもらっていたのだ。
平野さんはいつもハッピーだなぁ、と笑う私もまた、つられてハッピーになっている。愛ある店には、ハッピー以外のなにものも生まれない。
〈メニュー〉
コース(5,000円~応相談)でも、食事なしの一杯でもOK。通常は前菜800円~、プリモ1,400円~、セコンド1,800円~。ワインはグラス600円~、約60種類。すべて税別、コペルトなし、サービス料10%。
vineria HIRANO
- 電話番号
- 050-5487-3412
(お問合わせの際はぐるなびを見たというとスムーズです。)
- 営業時間
- 夕食 17:00~24:00
(L.O.23:00、ドリンクL.O.23:30)
あくまでも営業時間は基本ではありますが、わがままは可能です。どうぞご相談ください。
月・木~日・祝前日
夕食 17:00~24:00
(L.O.23:00、ドリンクL.O.23:30)
土日祝日
15時〜23時(LO22時)
- 定休日
- 火曜日・水曜日
4名様以上のフルコースの事前予約は可能
ランチも事前予約のみ同等(ただし13時以降)
※本記事に掲載された情報は、取材日時点のものです。
※電話番号、営業時間、定休日、メニュー、価格など店舗情報については変更する場合がございますので、店舗にご確認ください。