「牛丼」と言えば吉野家である。もちろん、松屋やすき家が好きな方もいるだろうし、新橋や秋葉原にはとてもうまい個人店もある。でも牛丼といえば、あのオレンジ色の看板の店を抜きには語れない。だいたい、以下のような逸話が聞こえてくるのはたいてい吉野家である。
・新規開店の店では他の店から煮ダレをわけてもらう。
・北海道第一号店の出店時には、東京から煮ダレを空輸した。
・肉を煮るとき、煮汁は決して沸騰させない。
・煮汁に浮いてくる肉の脂は徹底的にすくう。
・タレを濾すときに出る肉カスが超うまい(らしい)。
そこはかとなく都市伝説的な香りが漂う話もあるが、吉野家は店舗やメニューの展開で、「味」にまつわる強烈な矜持を見せてきた。
1980年代後半~1990年代にかけて「特選吉野家あかさか」という高級牛丼を出す店舗を出店。その後、BSE騒動で米国産穀物牛が輸入されなくなり、全国の吉野家から「牛丼」が消えた2000年代前半にも、築地1号店(※)などでは国産牛を使った牛丼を提供した。
※当時は築地1号店以外でも、全国数か所の競馬場などでも国産牛を使った牛丼が供された。ただしその理由は、公営競技場との出店契約や施設内にある他の飲食店との競合の回避。
最近では2013年に国会議事堂内にも出店し、「牛重」の提供を開始。「国産和牛の肩ロース肉使用」「国会議事堂限定」「1,200円という単価」という希少性が話題を呼んだ。
ちなみにこの「牛重」は、昨年秋から羽田空港国際線旅客ターミナル店でも提供されるようになり、一般の人々も口にできるようになった。ちょっといい肉を、牛丼にしてしまう(「重」ではあるが)やや粗野な風情に加えて、「国内でも羽田の"国際線"ターミナルでしか食べられない」というシチュエーションも男心をそそる。
カットと調理を変えた牛皿専門店
もっともここまでは前フリである。本日のお題は「牛丼」ではない。
これだ。
「牛皿」である。読みは濁らない。「ぎゅうさら」だ。
実は昨年末に吉野家が西新宿に「牛皿一丁」という牛皿専門店を特に告知もせずオープンさせた。
いまも公式Webなどで告知はされていない。上記の画像は、その店舗でのみ提供される"別撰"牛皿だ。肉はいつもの米国産穀物牛、味を入れる煮ダレも同じ。なのに味わいが違う。カットと調理工程を変えることで、肉の味が劇的に濃厚になっている。しかも、まぎれもなく吉野家の味なのだ。
↑こちらはふつうの「牛皿」。一目で違いがわかる↑
というわけで、本日は西新宿「牛皿一丁」を満喫するための兵法を探りたい。
2月上旬現在、牛皿一丁には「重ね牛皿御膳三枚盛り一枚"別撰"替え」(680円)という品書きが掲出されている。わんこそばのように3段重ねになった牛皿のうち、プラス100円で1枚を"別撰"に替えた"定食メニュー"だと思えばいい。
しかしわざわざ足を運ぶなら、ここにいくつか調整を加えたい。
まず「三枚盛り」は「二枚"別撰"替え」(+200円)に強化する。牛皿はいつもの吉野家で食べられるが、“別撰”との比較のため1枚は注文したい。
そしてみそ汁は、店舗限定の「かけだし」に交換(+100円)。
さいの目に切った豆腐とごろごろひき肉入りの牛のスープに青ネギが散らしてある。もちろん、玉子(50円)も注文だ。
つまりオーダーはこうなる。
「重ね牛皿御膳三枚盛り。二枚別撰替えでみそ汁をかけだしにして、玉子つけてください」。
この原稿の前フリにも劣らぬ長さであるが、どういうものが運ばれてくるか。
こうなった。
まず並より始めよ!
一見地味な見た目だが、牛皿は3枚重ね。うち2枚が金のフチ取りの"別撰"だ。
さて、まずは並と別撰の味の違いを確認したい。味覚をはじめ五感は、いとも簡単に自分をもダマす。まず、ひときれの並で基準を作る。「いつもの懐かしうまい吉牛」が口に飛び込んでくると、つい、紅しょうがや七味唐辛子が恋しくなるが、別撰を口にするまではなんとかこらえたい。
さて本番の"別撰"だ。
皿に盛られた姿の時点で別物だが、冒頭の画像のように箸で持ち上げるとさらなる違いが明らかになる。推定幅4~5cm、長さ12~13cm。「肉片」とか「ひときれ」と呼ぶのがはばかられるサイズ。背筋がすっと伸びたような美しい姿。いつものチリチリした茶色いアイツに比べると、かなり色白の粧いだ。
実は別撰のほうは注文ごとに、時間をきっちり測りながらラーメン用のテボにも似た振りざるで仕上げている。味と火を入れたら、すぐ引き上げるので、肉の味が抜けない。繊細な調理で濃厚な穀物牛らしさをしっかり活かしている。
店からの"おすすめの召し上がり方"では、特に並と別撰を区別するでもなく、「一枚目は、そのまま味わい、二枚目は、玉子にくぐらせて三枚目は、ご飯にのせて、かけだしでお茶漬け風に」とあったが、肉の仕上がりが違う以上、食べ方も使い分けたほうがいい。
ちなみにここまでで口にしたのは並と別撰、各1枚ずつ(のはず)である。
"別撰"はだいたい一皿に3枚の肉が入っているので、二皿分の別撰肉は残り5枚。
続けざまに次も“別撰”と行きたい。今度は並との比較ではなく、肉の味を思い切り捕まえに行って、別撰とのキャッキャウフフプレイを楽しめばいい。
3枚めあたりに来たら、そろそろ玉子の出番。いつもの紅しょうがや七味唐辛子のかかった牛皿が食べたくなったら、並をひときれ持ち出して、玉子につけるのもアクセントになる。ああ、これも懐かしい!
このあたりで待ちかねた白飯から「肉布団!」コールがかかるので、肉(×玉子)×白飯で別撰を1枚2枚。
このあたりで白飯を半分から三分の二くらい残しておけば、もうゴールまでの道筋も見えてくる。
残りは、白飯が半分、別撰1~2枚、牛皿半分弱、かけだし半分、玉子半分といったところ。ここからラストスパートに入る。
まず半分程度残っている「かけだし」の椀に、半量程度残ったごはんのさらに半分(つまり全体の四分の一くらい)で山を築く。
かけだしの海から突き出た山頂に、並の残りの肉を乗せる。
七味唐辛子をかけてもいい。これに"肉茶漬け"の完成だ。あとはざばざばとかっこむのみ。
そして残った白飯には玉子をぶっかけ、玉子かけごはんに。
味が薄ければ醤油を足してもいいが、一口食べて少し物足りないくらいがちょうどいい。
なぜならばここで残り1~2枚となった"別撰"で巻いて、
「肉玉子飯」も作らなければならない。
仮に2枚残っていたら、1枚は最後の別れを惜しむかのように肉だけと対峙する手もある。
そうして一口分残った玉子飯に醤油をちょんと落として一口ではむっ! あとはお茶を静かにすするだけ。
最初から振り返ってみると、
1.牛皿食べ比べ→2.別撰すき焼き風→3.プラス玉子→4.椀物(随時)→5.牛丼(並)→6.牛丼(別撰)→7.肉茶漬け→8.肉玉子飯(→9.別撰すき焼き風アゲイン)→10.玉子かけごはん。
ふーっ。ここまでの長い道のりで、かかったお代はなんとたったの930円! 卓上には食後にぴったり、カリカリ梅の壺も用意されている。
口もさっぱりして、そろそろ帰ろうかと腰を浮かしかけたときに、どうも小腹が空きそうな腹具合……だとしても、「晩酌のつまみに別撰を持ち帰ろう」なんて意地汚いことはゆめゆめ考えてはならない。カウンターのなかから申し訳なさそうに「実は、別撰はお持ち帰りいただけないんです……」と丁重にお詫びをされて、ちょっぴり気まずい気分になりかねない(経験者談)。
・本日の兵法
別撰をつまみにしたければ店で呑むべし!
<メニュー>
重ね牛皿御前(牛皿、ご飯、みそ汁)三枚盛り580円、四枚盛り730円、五枚盛り880円(ご飯大盛り+50円)。牛皿1枚は+100円で"別撰"と、みそ汁も+100円でかけだしと交換可能。
※本文にもあるように、別撰の持ち帰りは不可。呑みたければ店内でサクッとがおすすめ。ビール(モルツ・中瓶)400円(2月26日(金)までキャンペーン価格300円)のほか、八海山・枡酒500円(同キャンペーン期間中1杯目250円)、角ハイボール350円など絞り込んだメニューながら、広範囲をカバー。つまみも牛皿のほか、江戸みそ大根煮150円、白菜漬け50円、とろろ(国産)100円、冷奴100円、生野菜100円。ごはん抜き+ハイボールなど糖質制限呑みにも対応できる。
※松浦達也さんのスペシャルな記事『高田馬場のとっておき酒場は、あのサイトにも載っていない「もつ煮込み」の聖域だった』はこちら
吉野家「牛皿一丁」西新宿8丁目店
- 電話番号
- 03-5348-2468
- 営業時間
- 月~金7:00~23:00、土・日・祝7:00~22:00
- 定休日
- 無休
※本記事に掲載された情報は、取材日時点のものです。
※電話番号、営業時間、定休日、メニュー、価格など店舗情報については変更する場合がございますので、店舗にご確認ください。