世田谷下馬で優しいだしのうどんをいただく幸せ

【連載】幸食のすゝめ #011  食べることは大好きだが、美食家とは呼ばれたくない。僕らは街に食に幸せの居場所を探す。身体の一つひとつは、あの時のひと皿、忘れられない友と交わした、大切な一杯でできている。そんな幸食をお薦めしたい。

2016年02月15日
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世田谷下馬で優しいだしのうどんをいただく幸せ
Summary
1.十条「いわい」で修業
2.コシの讃岐から「だしのうどん」へ
3.濱口祐自やスーマーのライヴも!?

幸食のすゝめ#011、不揃いのうどんには幸いが住む、下馬。

「おはようございます!いつもありがとう」、月曜日の朝7時45分、登校中の小学生が週末に借りたペーパークラフトの本を返しにくる。小さな勝手口のドアを開けると、店主の三木さんが朝6時からうどんの手打の真っ最中だ。「おはよう!」と、三木さんの元気な声。今日もニューさがみやの1日が始まる。三宿通り、下馬1丁目の交差点、蛇崩に抜けるこの辺りは昔とても栄えた処で、小さな肉屋や雑貨屋などたくさんの個人商店が残っている。蕎麦屋の『さがみや』も、この場所で、長い間近所の人たちに愛されていた。

20年位続けた水質調査という仕事を辞め、うどん屋の物件を探している時さがみやに出逢い、みんなに愛された縁起のいい屋号だからと、店名を『ニューさがみや』に決める。熱海や伊豆辺りの温泉旅館みたいなレトロな響きも気に入った。

うどんを学んだ修業先は十条の『いわい』。香川・琴平町の名店『宮武』が唯一、都内で認めた直弟子だ。だから、三木さんは宮武の孫弟子ということになるが、ニューさがみやには、エッジが立ったコシの強い讃岐うどんは存在しない。コシからだしへ、うどん界が大きく動きそうな今、三木さんはニール・ヤングを口ずさみながら飄々とその一角にいる。

全国の港や河川を回った水質調査の仕事、特に東北地方には馴染みが深かった。しかし、慣れ親しんだ街がTVの画面の中で跡形もなく無くなっていった。そこには、酒を交わした友も、お世話になった人たちもいる。しばらくは被災地へ訪れることもできなかったが、やがて思い出の志津川町、現在の南三陸町に立った時、自分の中で何かが変わった。
「自分が生きていることなんて、ただラッキーなだけなんだ」。
だったら本当に好きなことをやろう、一から十まで自分でできることをやろう。

蕎麦も好きだったがストイックさに馴染めないと思い、より自由なうどん界を指した。大好きだった本郷三丁目の『こくわがた』で紹介を受け『いわい』で修業したが、武蔵野うどんの人気店『藤店うどん』の「肉汁」も大好きだった。師匠に話すと「好きにやれば!」と激励のエール。頭に叩き込んでいた粉の配合も打ち方も最初から組み立て直して、THE讃岐であるオーストラリア産ASW(オーストラリアスタンダードホワイト)の「緑あひる」100%ではなく、うどん用国産小麦のニューフェイス、北海道産の「きたほなみ」をブレンド。できるだけ、国産のものを使いたかった。

讃岐goes to大阪の優しいうどん

守口生まれの豊中育ち、元々関西だったので、うどんはコシよりだし。イリコを強調せず、北海道産の真昆布と羅臼昆布をたっぷり使って、飲み干せる優しいだしに仕上げた。「たぬき」や「きつね」、その2つに若布を加えた「むじな」、シンプルなメニューのほか、やりたかった肉系も充実。「肉きざみ」とスパイシーで肉たっぷりの「カレー」は、大人気メニューになった。冬は「チゲうどん」や「芋煮うどん」、夏は「茄子の揚げ浸しとみぞれ」など創作メニューも多い。讃岐マインドの西のうどんは少しずつ地域に浸透し、休日には遠方からの客も多い。周年の宴には、濱口祐自氏やスーマーなど、敬愛する音楽家のライブも開いた。

伝えたいものは人の手の温もり

駒繫や池尻から、1人で食べにくる中学生以下の子どもたちには、バッジやうどんを貰えるスタンプ帳もある。子どもたちは天井のフクロウに、大人たちはアナログ盤のジャケットや壁のニール・ヤングに反応する。そして、本棚の本を読みながらゆったり過ごす。木金土の夜は煮豚や牛すじおろしなどの旨いアテで、酒も楽しめる。実は昼だって、ギネスやバスなどのビールを飲みながら、うどんを待つ人も多い。茹で上がったばかりの手切りで不揃いのうどんには、人の手の温かさがじんわりと伝わってくる。讃岐のスピリットを咀嚼しながら、関西や九州うどんのだしの美味しさも追求した、欲張りな少し細切りのうどん。でも、気張ったとこなんて微塵もなくて、ゆるい優しさに満ちたうどん。
不揃いのうどんには、幸いが住んでいる。

<メニュー>
むじな700円、肉きざみ750円、カレー800円、煮豚と温泉玉子450円、牛すじおろし500円、酒類400円〜
※本記事に掲載された情報は、掲載日時点のものです。

※森一起さんのスペシャルな記事『幸食秘宝館・武蔵小山、グルメランキング上位には載らないホントウの名店3軒を巡る』はこちら

手打ちうどん ニューさがみや

住所
〒154-0042 東京都世田谷区下馬1-18-9
電話番号
080-7025-4914
営業時間
11:30~15:00、木~土11:30~15:00、18:00〜21:00
定休日
定休日 水曜
公式サイト
http://www.new-sagamiya.com/

※本記事に掲載された情報は、取材日時点のものです。
※電話番号、営業時間、定休日、メニュー、価格など店舗情報については変更する場合がございますので、店舗にご確認ください。