3月11日「元肉卸の意地の焼肉店」
なにかこう、生き物のような粘りがある。
武蔵中原『我門』のコムタンは、コラーゲンの甘みに溢れて、テロンと口に流れてくる。
熱々の液体なのに、ゆるいゼリーの感触があって、唇や舌、上顎を撫で回す。
流動体と言おうか、命のうごめきが優しい甘みとなって消えていく。
牛尾を大量に使うが、3時間しか煮込んでいないという。
「よく何時間も煮込むというけど、そんな必要はない。3時間。ただ順番が必要なんだ」。
と、船田社長は言う。ただ、その先は教えてくれなかった。
元肉屋で焼肉屋に卸しているうちに、自分の取引先のレベルの低さに嘆き、このまま彼らの応対をしていくには、肉屋として限界があると思い、焼肉屋を始めた人である。
ミノも、ホルモンもカイノミも、素晴らしく頭抜けている。
そんな彼の意地が詰まったコムタンは、800円。
焼肉 我門(ガモン)
- 電話番号
- 044-733-4134
- 営業時間
- 11:30~13:30、17:00~翌1:00
- 定休日
- 定休日 月に1回(不定休)
- 公式サイト
- http://www.gamon.biz/
※本記事に掲載された情報は、取材日時点のものです。
※電話番号、営業時間、定休日、メニュー、価格など店舗情報については変更する場合がございますので、店舗にご確認ください。
3月14日「発酵前菜と黄金の鍋とフカヒレと」
『趙楊』の、発酵前菜オールスター。
何十回とこの店に来ているが、どれも食べたことのない、聞いたこともない、発酵食品や調味料が使われた料理である。
中でも白豆腐に水納豆、オレンジの皮と豆を発酵させたもの、大根のザオタンかけが素晴らしかった。
「できたよ」。趙楊さんが鍋の蓋を取った瞬間に、目が眩んだ。
鍋の中が輝いている。
いや実際は輝いてはいないのだが、きらめく光が解き放たれて、空間に拡散していくような感覚だった。
「黄金砂鍋」。上海蟹の卵をたっぷり使い、フカヒレ、すっぽんの卵、松茸、干し貝柱を入れた砂鍋である。
黄金色の液体がレンゲに乗って、口の中にゆっくりと流れていく。
「はぁ?」、思わず吐息が漏れた。
卵の旨みが、命を宿す甘みが、貝柱の滋味に溶け合い、テレんと舌を包み込む。
丸く、優しい。そしてどこまでも思いやりがある。
飲みながら、ため息をつきながら、精神がほぐれていく。
心がふにゃふにゃになって、官能が弛緩する。
だからといって、旨みの圧倒ではない。
我々の細胞一つ一つを穏やかに撫でながら溶かす、慈愛がある。
糟蛋焼拝翅。
底が見えないほどに、旨みが深く、濃い。
人の手を得てないように、丸く、複雑である。
フカヒレの糟蛋ソースである。
酒粕と醤油に漬け込んで2年間発酵させたゆで卵が、糟蛋(ザオタン)と呼ばれるという。
その味の深みは舌を翻弄するかのように、次から次へと湧き出てくる。
強いて言えば、オイスターソースを穏やかにし、さらに複雑な香りをまとわせ、甘みを増したソースと言おうか。塩分が強いのだがきつくない。
無垢のフカヒレを包みこんで、その味のバランスを保っている。
残ったソースに、紹興酒をひと垂らし。
ああいけません。良い子は決して食べていけないものになってしまいました。
『趙楊』にて。
3月15日「滋味深い鶏、プーレジョーヌ」
プーレジョーヌが問う。
「私をあますことなく受け入れてくれるかい?」
僕は問いには答えず、骨を持って肉に噛りつく。
皮が弾け、肉に歯が包まれ、柔らかな、それでいて奥底にたくましさを滲ませるエキスが流れ出る。
歯が喜んでいる。舌が踊り、喉が歌い出す。
「肉を、鶏肉を喰らっているぞ!」 体の中から叫び声が聞こえる。
地を駆け巡った滋味が、歯から歯茎へとあふれ、舌と上顎を撫ぜ、喉へ、胃の腑と落ちていく。
力が漲るのを感じながら僕はつぶやく。
「生きている」と。
『レスプリ・ミタニ ア ゲタリ』
3月17日「ネギの力」
赤貝やマグロが入ったやつもいいけれど、ネギぬたの純情にはかなわない。
ネギとぬた味噌以上。
ネギの歯ごたえと味噌の甘辛さで、樽酒のヌルをやる。
ネギを二、三本箸で掴み、口に放り込む。
しゃきりと噛めば、味噌が舌に横たわり、ああ酒恋し。
ぬる燗を静かに流せば、味噌とネギも酔い始める。
こう寒くちゃ、ウグイスが鳴き始めるのはまだ先か。
南では、梅の花が目覚めたかねえ。
そんな想いとともに、ネギをしゃきり。味噌をてろりん。酒はとろり。
春はもう少し。
シンスケ
- 電話番号
- 03-3832-0469
- 営業時間
- 17:00~L.O.21:30、土曜17:00~L.O.20:30
- 定休日
- 定休日 日曜、祝日
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3月18日「単純明快」
玉ネギは、ほのかに甘く、スペックは、燻香を漂わせながら滋味を滲ませ、ペコリーノは塩気と旨みを絡ませ、黒胡椒の刺激がキックする。
四者の個性が明確なのに、丸い。
一つの味となってスパゲッティにまとい、口元に登ってくる。
角がなく、どこまでも丸い味わいは、僕らの舌を優しく撫でる。
心を弛緩させ、笑顔を呼ぶ。
「スパゲッティー スペック 玉ねぎ ペコリーノチーズ 黒胡椒」。(なんと単純痛快な料理名だろう!)
ICARO
- 電話番号
- 050-5484-1225
(お問合わせの際はぐるなびを見たというとスムーズです。)
- 営業時間
- 月~金
18:00~翌1:00
(L.O.24:00)
土・祝日
17:30~24:00
(L.O.22:00)
- 定休日
- 日曜日
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3月19日「エビベジ」
「パシュッ!」。青々しい香りと甘みが、音を立てて弾けた。
「生きている!」 スナップエンドウの天ぷらを一口食べて叫ぶ。
豆とさやの内側が、溶けるように甘い。
どうしようもなく、優しく甘い。
アスパラは、穂先ではなく根元である。
香りは穂先に譲るものの、味が凛々しく、甘く、命の発露がある。
芽キャベツのはほのかに甘く、黒キャベツの若芽は、旨みがしぶとく、人参の葉は、穏やかな甘みを伝える。
これが春だ。春の息吹だ。
海老原ファームの野菜“エビベジ”を揚げてもらうの巻。
新宿つな八別館 つのはず庵
- 電話番号
- 03-3358-2788
- 営業時間
- 11:00~22:00(L.O.21:00)※平日は15:00~17:00休み
- 定休日
- 定休日 無休(年末年始を除く)
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