週末の間借り営業ラーメン店でのみ出会える極上肉
その新星は突然現れ、すごい勢いで進化を続けている。知ったきっかけは、ひとつのツイートだった。発売から1年半が経つのに、地味に売れ続けている拙著『大人の肉ドリル』の動向が気になって、たまにTwitterをチェックしてしまうのである。
だがこのツイートで目に止まったのは、拙著ではなく「カネキッチンのチャーシューが衝撃的に美味しかった」という一節だった。調べてみると、『カネキッチン』とは東武東上線沿線で、週に2日間限定で営業しているラーメン店らしい。
というわけで早速やってきました。東武東上線の朝霞駅(池袋から準急で15分)。
南口から徒歩1分。駅前交差点からすぐの2Fにある『ごはんや まーむ食堂』が『カネキッチン』になるという。間借り先の食堂の定休日が『カネキッチン』の営業日というわけだ。
↑入り口はこちら。2Fに『ごはんや まーむ食堂』とあるが……。
↑『カネキッチン』営業日にはこの立て看板が置かれている。
そしてその「衝撃的に美味しかった」というチャーシューがたいへん素晴らしかった。そこで、本連載で初めてラーメン店のご登場と相成ったわけだ。まずはメニューから見ていこう。この日の品書きはこうなっていた。
『カネキッチン』のメニュー構成はレギュラーの「醤油らぁめん」に加えて、週替わりのラーメン(その他つけ麺など)という2本柱となっている。この週は「清湯煮干しらぁめん」がもう一本の柱だったが、本連載の柱はあくまで「肉」。というわけで、「衝撃的に美味しい」チャーシューを中心とした組み立て例を考えてみたい。
肉は主役か脇役か
この店で肉を制しようというとき、いきなりギアを上げ過ぎるのはご法度だ。なぜならここはあくまでラーメン店。「肉」を中心に組み立てようという時点で邪道である。厨房内での作業も基本的には店主一人。多少の待ち時間を考慮に入れ、スマートな注文からゆったりとした構えで提供を待つのが基本スタンスとなる。
さて、じっくりと攻略するならば、やはりサイドメニューから攻めるのが常道だ(肉を中心に考えた時点で邪道であるというツッコミはご遠慮願いたい)。この店のサイドメニューから肉を選ぶとすると「鶏ワサ刺し」と「肉飯」である。最初に種明かしをしておくと、実はこの2品の肉は、カットこそ違えどラーメンのチャーシューと同じ調理法で作られたもの。つまり、「衝撃的」だという例のチャーシューの片鱗が伺えるメニューなのだ。ちなみに現在は、注文ごとにキャッシュオンでの支払いになるので、注文時にサイフのご用意をお忘れなきよう!
第一の刺客~鶏ワサ刺し
この日、最初に登場したのは「鶏ワサ刺し」。
おっと、当然ながらビールも頼んでおいたので、正確には以下のような組み合わせになる。
ビールはビール党ならご存じ、ハートランド。一応、全景をお目にかけておこう。
↑一度消えてしまった泡を足すために、飲んでいるのが丸わかりな瓶ビールの残量
ちなみにこの鶏ワサ刺し、「刺し」とはいえ、当然一定の加熱はされている。鶏の生食はよほど信頼できる専門店を除いては、おすすめできる類のものではない(詳細は現在、遅れまくりながらも絶賛執筆中の新刊が出版されたらご高覧ください)。
とはいえ、火が入りきっているわけでもない。実はこの鶏ワサ刺しは、低温調理で火を入れている。加熱は60℃台で数十分(詳細は企業秘密)。ゆえに、超しっとりのぷるんとしたきめ細かな食感が味わえる。しかも調味に使っている油脂分が味に膨らみと広がりをもたらす。そのまま口に入れて味の広がりを堪能したら、次の1枚は添えられたわさびをちょんと乗せ、引き締まった味わいを楽しむ。さあ、ここでビールをグイッと煽る。という無限天国に足を踏み入れると、猛然と腹が空いてくる(書いていて、いまリアルに腹が鳴った)。
と思った頃に本日の肉飯が到着した。このあたりの順番は前後することもあるので臨機応変に組み立てるおつもりでどうぞ。
第二の刺客~肉飯
肉飯の肉に使われているのは、先ほどの鶏ワサ刺しの鶏胸肉と、豚肩ロースのチャーシューをサイコロ状にカットして、炙ったもの。醤油ダレのかかった飯の上にゴロゴロと乗せられ、上からネギのあらみじんを散らしてある。なんとかここまではビールを残しておきたい。カットを変え、炙りを入れた鶏は先ほどの鶏ワサ刺しとは一味違う。そして本日、初めての豚肉との邂逅。ひとつふたつつまんで、ビールをグイッ。次に先ほどから鳴っているお腹をなだめるために、タレのかかった飯ごとガッとかっこみ、またビールで口を洗うという爽快感を味わいたい。
胃袋を中心とした飢餓感が満たされていくのに、さらに腹が減るというアンビバレンツ! 幸福感と食欲が体のなかでせめぎ合うこの感覚を、苦悩と取るか悦楽とするか。それもまた問題だ。しかし食べきる前に、忘れることなく〆のチャーシュー麺を注文しておこう。ラーメンが着丼したら、ギアを一段上げたいからだ。できれば、ここで一呼吸。水で口と喉を潤して、着丼後の一気呵成の進撃体制を整えたい。
ラスボス~チャーシュー醤油らぁめん
さてこの店を訪れるほとんどの客のお目当てがこちら。お恥ずかしいことに、この写真におけるチャーシューは実物の質感には遥かに及ばないので、本物はぜひその目で確かめていただきたい。
僕個人は、初めて訪れる店での一杯は、スープ→麺→具→麺+具というルーティンをベースにさまざまな組み合わせを楽しむのが基本パターンだが、カネキッチンのラーメンはスープ、麺、具というあらゆる組み合わせを想定して、緻密に計算されている。スープにひたしたチャーシューは豚も鶏もスープの味と温度で、さらに味わいが活性化する。
つまみ→メシ→麺という、カネキッチンの肉の三役そろい踏み。ああ、やっぱりあのツイートは本当だった。
本日の余談~ラーメンについて
本連載としては余談だが、店としてはこの一杯が本線である。ヴィジュアルもさることながら、やはり特筆すべきは進化し続ける味。例えば麺。初訪時は、全粒粉の麺だったが、現在は食べ終わるまでの時間を考慮して、麺のコシを強化したツルパツッとした歯切れのものに変わっていた。現在のスープは名古屋コーチンと老鶏の丸鶏をベースに、豚のゲンコツ、牛スジ、アサリ、香味野菜などを炊いたもの。そこに出雲の森田醤油や滋賀の丸中醤油など7種の醤油をブレンドしたタレを合わせ、比内地鶏の鶏油を浮かせる。ネギは口のなかで噛んだときに初めて香気を漂わせるように、折り紙のようにカットする。材木メンマは白醤油、みりん、酒で和食の煮物のように炊き上げ、隠し味に鶏油をしのばせた。単品として成立させつつ、丼のなかでの一体感も演出する。
具と麺を平らげ、最後にスープをゆっくりすする。ほのかな甘みを感じるスープは、ぬるくなるにつれて、アサリの香りがふわりと漂う。透明感と深みのあるやさしい味わい――。気づけば丼の底が露わになっている。
本来、ラーメンはほっとする食べ物であったはずだ。「最近、疲れるラーメンが多い」とお嘆きの貴兄にぜひ。ちなみにここに書いたスペックはすべて2016年4月上旬時点でのもの。再び店を訪れたときには、またきっと何かが変わっているはずだ。
<この日のメニュー(常時変更予定)>
店主の金田広伸さんは、アニメーター→鮨職人→自動車メーカーというキャリアを積み重ね、30代後半で「ひょんなことから」某カリスマつけ麺店に入店し、その後独立。現在の味は巣鴨の『Japanese Soba Noodles 蔦』と『大塚の創作麺工房 鳴龍』がモチーフというが、味の組み立てはすべてオリジナル。
醤油らぁめん(750円)、チャーシュー醤油らぁめん(1,050円)、清湯煮干しらぁめん(750円)、チャーシュー煮干しらぁめん(1,050円)。トッピングのワンタン(150円)は肉感濃厚も当面お休みの可能性大。味玉は、白身にやさしい弾力を残した絶妙の味入れ。その他サイドメニューにスープ茶漬け用ご飯(250円)、卵かけごはん(井原養鶏場・250円)、肉飯(250円)、鶏ワサ刺し(250円)、瓶ビール(500円)。
※松浦達也さんのスペシャルな記事『高田馬場のとっておき酒場は、あのサイトにも載っていない「もつ煮込み」の聖域だった』はこちら
らぁめん屋カネキッチン
- 営業時間
- 日曜 11:00~15:00、18:00~22:30、月曜 11:00~15:00、18:00~22:30(売り切れ次第終了)
- 定休日
- 定休日 不定休
※本記事に掲載された情報は、取材日時点のものです。
※電話番号、営業時間、定休日、メニュー、価格など店舗情報については変更する場合がございますので、店舗にご確認ください。