3月23日「庶民の料理を昇華させたリストランテ」
本来は居酒屋の煮込みや土手焼きのような、手軽な庶民の料理であろう。
しかしそれをリストランテで出すとはどういうことか。
食材の質はもちろん、余分な雑味は徹底的に取り去り、内臓の甘みと食感だけの良さを際立ててやる。
うまくはするが、うますぎにはしない。
優しくするが、洗練はさせない。
こうしてこの店のランプレドットは、出来上がったのかもしれない。
味が丸く、舌の上に静かに乗ってくる。
フワンとしたギアラを噛み締めれば、脂の甘みがにじみ出る。
それが野菜の甘みと抱き合い、穏やかな風が口の中を吹き抜ける。
でも。噛み締めれば。
噛めば噛むごとに味わいが深くなって、食欲を鷲掴みにしようとする。
庶民のしたたかなたくましさと温かみは、すなわち内臓のそれでもあり、僕の心を鼓舞するのだ。
「ヴォーロ・コズィ」のランプレドット。
Volo Cosi(ヴォーロ・コズィ)
- 電話番号
- 03-5319-3351
- 営業時間
- 12:00~15:30(LO.13:00)、18:00~23:00(LO.20:00)、火曜18:00~23:00(LO.20:00)
- 定休日
- 定休日 月曜
- 公式サイト
- http://volocosi.com/
※本記事に掲載された情報は、取材日時点のものです。
※電話番号、営業時間、定休日、メニュー、価格など店舗情報については変更する場合がございますので、店舗にご確認ください。
3月24日「色気も凛々しさも繊細さもある中国料理」
焼味は明爐にて、勇気と感を注ぎ込んで焼き上げた者だけに宿る、香ばしさと豊かな肉汁がある、
中でも豚の背脂で挟んだレバーの焼物は、脂の甘みとればーのねちっこい甘みが出逢い、ああ中国料理にも色気があるのさと、膝を打つ。
クラゲと紅心大根の和え物は、細く、細く同寸に切られた大根とクラゲが、口の中でワルツを舞って、板仕事の確かさに唸らせる。そして豚肺と杏仁スープ。
ああ誰か、一週間に一回、この湯を飲ませてくれ。
静かなひと口めから、次第に滋味が膨らんで、喉に落ちていく後には、杏仁の甘い香りが微笑んでいる。
甘美な余韻に、うっとりと中空を見つめ、「おいしい」と呟く。
そして、アスパラの香りと練れたハムユイ塩気が出逢う炒め物。
これまた板仕事の的確さが光る、もやしを同幅に切って豚肉と炒めあわせた「大豆もやしと豚肉の炒め」。
豚肉の旨みにもやしが香り、歯応えが弾んで、しみじみとうまい。
ハムがで出しゃばらずに、鶏の淡い滋味を優しく持ち上げている、「鶏と金華ハム重ね蒸し」。
「御飯お願いします」と叫んだのは、豆腐を蝦子のふくよかな旨みが包み込んだ「海老の卵と豆腐の煮込み」。
そして、淡味に仕上げてもらった「金目鯛の漬物蒸し」は、キンメダイの品を引き出していて、自家製コールラビ漬け物の酸味が食欲をくすぐる。
〆は篠原料理長も大好きだと言う「干し貝柱と卵白の炒飯」。
順徳スタイル生姜ミルクプリンの優しさと油で揚げた団子の懐かしさで宴席は幕を閉じた。
「香宮」篠原裕幸料理長34歳。
将来香港で料理長になる夢を抱く青年の料理は、凛々しさと繊細さに満ち満ちて、僕らの心を撃ち抜く。
海鮮名菜 香宮(シャングウ)
- 電話番号
- 03-3478-6811
- 営業時間
- 11:30~LO.14:00、17:30~LO.22:00
- 定休日
- 定休日 日曜
- 公式サイト
- http://www.shangu.jp/
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3月25日一軒目「経験したことのないホタルイカ」
電気を消すと、小さな小さな青白い光が、灯った。
消えゆくような弱々しい光だが、命の存在を歌う自由がある。
さっと茹で上げ、小鉢に入れた。
熱々の身体に、そっと歯を入れる。
今まで食べてきた茹でホタルイカの、プリッとした食感はない。
ふにゃりと崩れて、肝の甘い香りだけが鼻に抜けていく。
嫌みなものが一切ない純粋な味わいが、舌を清める。
小さき生物だけが持つ切なさがあって、消えゆく命の尊さを伝えながら胃の腑へと落ちていく。
神経を集中して味わなければ、するりと手の中から逃げてしまうような、はかない、無常の味である。
富山「ふじ居」にて。
3月25日二軒目「熊の旨さ」
「ふじ居」で、春への移ろいを味わった後は、新湊の市場で昼ゼリ見学。
廻船問屋の屋敷が立ち並ぶ岩瀬町では、安田さんのガラス工房と陶芸の岳ギャラリーを見せていただく。
小さな世界遺産、五箇山の合掌作り群に行けば、珍しい葺き替えの最中。
近くの高千代食堂で、親父の話を聞きながら、熊丼、熊鍋、野生的なそばがき。
街道沿いにぽつねんと佇む食堂の、出来ますものは、熊に鹿、ハクビシンにアナグマ、猪にそば。
目がぎょろりとした店主は60くらいか。
さて、恐らく日本で唯一の「熊丼」は、甘辛く柳川風に煮た熊肉で、御飯が進んでたまらぬ丼精神を貫いている。
熊トロ刺しは、親父いわく腰辺りの脂身で、「この融点が低くもう溶けているのがブナの実を食べた熊で、右端がドングリ食べていた熊」。食べれば、ブナの実は、ほろ苦い香りがして、ドングリは甘い香り。
思わずおかわりすれば、違う部位が出てきて「トロは普段あまりないんだよ。これが最後」という。
〆は「熊鍋」で「汁は飲んじゃダメだよ」という教えに従い肉と野菜だけを食べ、雑炊にしてもらう。ああ、やはり熊のだしはこの上ない。雑炊を、すすればすするほどに、滋味が膨らんでいく。
これで火がついて、そばがきも注文。
おお、これがそばがきか。無農薬手刈りのそばの実を、ゆっくり石臼で挽いて粉にして作ったというそばがきは、今まで食べたどんなそばがきより野生である。
草のような青々しさと麦のような甘みと、野草のようなほろ苦さが混在した香りが、鼻を包む。
「こりゃあ、改めて来て腰を据えて食べなきゃ行けないね。今日はなかった熊モツ煮とかハクビシンとか食べにこなきゃね」。
「あと5年したら俺も65歳だからもう店やめようと思ってね。やはり生きもの殺しての商いは、長く続けられん」。ギョロ目で話す親父と約束交わして、店を去る。
高千代(タカチヨ)
- 電話番号
- 0763-67-3118
- 営業時間
- 11:00~20:00
- 定休日
- 定休日 不定休
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3月25日三軒目「富山に愛された大阪のシェフ」
サクラマス、蕪、ホタルイカ、ズワイガニ、富山葱、牡蠣、菜の花、銀杏、熊、のどぐろ、コンカイワシ、ゲンゲ、黄かぶら、ブルーベリー、アスパラ、フキノトウ、猪、百合根、オコゼ、小矢部トマト、根菜、イチゴ、呉羽梨、山田村の林檎。14皿の料理に、富山の春が満ちていた。自国自慢に寄ることなく、実直に食材と向き合い、愛を交わして作り上げた料理ならではの、健やかさがある。
身が緩く、ぼやけた味ながら愛すべきゲンゲは、揚げてチップにし、周りにつけた山椒の殻の刺激が身を引き締めて、秘めた凛々しさを引き出す。
ホタルイカの胴体は茹で、足は揚げて、食感の違いを楽しませる。
オコゼは、酸味を忍ばせた黄蕪のソースと合わせ、一見たくましいこの魚のエレガントさも教えてくれる。
そして一カ月以上前に往生させた猪は、まだ生命が絶たれたことを知らぬかのように、澄んだ味と香りを滴り落とす。
百合根と野菜のソースも優しく微笑み、仔猪が草を食んでいる瞬間を切り取った、自然な佇まいがある。
大阪から来た谷口英司シェフは、きっと富山に愛されている。
その嬉しさや感謝を身に宿しながら料理を作っているのだろう。
そう思わせる太い芯があった。
「L’evo」という店の名は、「進化」や「革命」を意味するのだという。
人間の進化はやはり、愛されることから始まるのだ。
Cuisine regionale L'evo(レヴォ)
- 電話番号
- 076-467-5550
- 営業時間
- 11:30~LO.13:00、ディネ 18:00~LO.21:00
- 定休日
- 定休日 水曜
- 公式サイト
- http://levo.toyama.jp/
※本記事に掲載された情報は、取材日時点のものです。
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