インテリシェフによるロジカルな糖質制限料理
フランス料理の魅力のひとつに作り手の発想が料理に反映されることがある。
「考え方」のない料理は面白くない。
たとえばフォワグラとトリュフは合う。それではどうするか、ということでシェフは頭をヒネる。
道野正シェフのスペシャリテに、フォワグラを蜂蜜でマリネして焼いたのを、ホワイト・トリュフを練り込んだワッフルに載せたものがある。
これなどは説明を聞いて、「うまく考えているな」というよりも先に、料理が出てきた瞬間にワッフルの可愛らしい姿におもわず顔がほころんでしまう。
もうひとつ記憶に残っているのは「黒豚フィレのロースト・バルサミコのソース、サツマイモ添え」だ。薩摩黒豚にサツマイモ、バルサミコ=薩摩黒酢となると、まるで薩摩藩の伝統料理みたいで、新しい洋物好みの島津斉彬などに食べさせたら面白いだろうな、などと思った。
まあ、これなどは楽しめる人は楽しいというものだけど、同志社神学部を卒業した変わり種インテリ・道野シェフの料理は、前回書いた『レザール・サンテ』を見るまでもなく、斬新で基底にロジックがあってそのうえにテクニカルだ。
『ミチノ・ル・トゥールビヨン』の糖質制限コースは4月に始まったばかりだ。
第一人者である京都の高尾病院理事長の江部康二ドクターのセミナーも受けたし、生命科学や栄養学系の文献も読みあさった。
パンとデザートの難問もクリアし、満を持してのスタートだ。
フランス料理ならではの奥行き
まずそのメニューから。
〈アミューズグール〉左
キノコとアンチョビのグレック ツキノワグマのパテ グリーンピースのポタージュ
〈オードブル〉右
グリーンアスパラ、ホタテ、鶏のカイエット、椎茸 黒ゴマ風味
イノシシと塩漬けマグロ、アボカドのタルタル 65度の卵黄
〈ポワソン〉左
スズキのポワレ 高野豆腐のポレンタ 筍と菜の花のソテー
〈ヴィアンド〉中央
イベリコ豚のロースと グリーンオリーブソース
〈デザート〉右
ヒノキのブランマンジェ 森林の香り
順番に食べていったが、オードブルまでいつもの道野シェフの料理だ。そりゃそうである。
とくに芋類、根菜といった炭水化物が多い食材を避ければ万事オッケーとのこと。これは知識があれば間違うことがない。
なるほどフランス料理は糖質制限と親和性があるというのがわかる。
スズキのポワレに付けあわせられている「高野豆腐のポレンタ」は「!!」だ。
トウモロコシの粉でつくられるポレンタを、凍り豆腐の元素材(固めると高野豆腐になる)で替わりにしたのだが、まったく新しい味覚でうまい。
「糖質制限食」みたいな感じがないのが良いのだ。
カロリー制限の「ダイエット」にあるような、しらたきを細かく切って米と一緒に炊いてご飯をかさ上げして満腹感を得ます(笑)、みたいなところがこれっぽっちもない。
同様に神戸『サマーシュ』の西川シェフから伝授された大豆パン。これは発酵温度と時間の長さが難しく、ぎりぎりまで試行錯誤したというが、まったく通常の「パンとは別物のパン」に仕上がっていて、これはさすがだなあと思った。
小麦と違った滋味があり、噛み応え食べ応えもある。
くわしく説明すると、大豆粉のほかは小麦タンパク(グルテン。これがないとパン生地にねばりが出ない)、食物繊維、粉末麦芽を使っている。
これで通常のパンの糖質の13%に抑えられた。
西川シェフには「もっと発酵時間を長くしてふわっとした方が」とアドバイスを受けたが、それだとつい食べ過ぎてしまうおいしさだ。だから密度をすこし詰めた。
「パンもどきのパン」はつらいし、オルタナティブの代替発想みたいなものは、味覚的に危なっかしい。
その点この大豆パンは見事だ。
マダムが「相当苦労し、時間がかかった」というデザートのヒノキのブランマンジェは、まったくもって言うことがない。
まず砂糖の替わりに天然食物由来のエリスリトールを使うことで落ち着いたが、どんと甘みが炸裂し一気にそれが消えていくような、人間が甘みを感じる曲線が急勾配である甘味料の特質をどうしようかと悩んだのだ。
砂糖に慣れた舌には、確かに甘いがおいしく感じないのである。
何か良いアイデアはないか、とのことで檜の香りを付加することにした。ブランマンジェは舌に載せる瞬間に溶けて甘さや香りが一気に揮発するのだが、その時に檜の香りがベストだと思った。
具体的にはカンナで削った檜をミルクで煮出し、淡い香りをつけている。
「砂糖の替わりに」という観点から、違う文脈に昇華したグッジョブである。
このメニュー、開始早々であるが、やはり「太らないように」糖質制限をしている客が多いが、糖尿病とすい臓炎(インシュリンはすい臓でつくられる)を患っているリアルなグルメや大阪大医学部のアンチエイジング専門の医者も食べに来て、好評だったとのこと。
戦後日本がまだ貧乏だった時代、フランス料理は素材のエスカルゴ一つにしても何から何まで「不自由」だった。
ただ何のクリエーターでもそうだが「何でも好きなものをつくっていいよ」と言われると、人は当惑してしまう。
欠乏や不自由さを突破することは、成しうるものの果てまで進んでいく力(ドゥールーズ)であり、それがフランス料理の奥行きというものだろう。
『レザール・サンテ』が話題になっていたとき、「野菜ソムリエ」一行の女性客が来て、「究極の野菜料理ですね」と言われて、「これはアカン」と思ったという大阪弁で言うところの「ヘンコツさ」が、道野シェフのパーソナリティのひとつだが、「ウチの料理、食べてみなはれ。健康ですよ」ということおいては一点の曇りもない。
ちなみに糖質はコースでだいたい40〜50グラム。「カロリーは」と訊いたら「そんなん知らん。計算してない」。呵々大笑。
*糖質制限コース7,000円(税サ別)、ランチもオーダー可
※江弘毅さんのスペシャルな記事『いい店にめぐり逢うために知っておきたいこと』はこちら
ミチノ・ル・トゥールビヨン
- 電話番号
- 06-6451-6566
- 営業時間
- 12:00~15:00 (L.O.13:30)、ディナー 18:00~23:00 (L.O.21:00)
- 定休日
- 定休日 月曜(祝日の場合は火曜休)
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