「旨い肉を食べたい!」。そんな欲望を満たす店の指標は、やはり肉になる。だが、本当に旨い店には、肉以外の名物メニューがある。とりわけ焼鳥の名店には、必ずと言っていいほど、焼鳥以外の看板メニューがある。
『銀座バードランド』(&お弟子さんたちのお店の)「レバーパテ」しかり、『鳥しき』(目黒)の「焼き鳥弁当」しかり。リーズナブルな店でもそうだ。『いせや』(吉祥寺)なら「自家製シューマイ」、『鳥やす』(高田馬場)の「野菜煮込み」など、いい焼鳥店には必ず目を引くサイドメニューがある。
ならば、"聖地"ではどうか。東松山など関東近郊にも焼鳥の聖地とされる場所はいくつかある。だが東松山のやきとりは「豚」だし、新橋は呑み屋の"聖地"かもしれないが「焼鳥」界においてそう呼べるかは微妙だ。
となるとあの町の出番である。
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横浜だ。
数々の店が軒を連ねる、この地の焼鳥店には「リーズナブル」なイメージがある。そこに、異色の「高級店」として知られる老舗がある。それが『里葉亭』だ。つまみは焼鳥を中心とした、お任せコースのみ。食べ物の組み立ては基本的には店に委ねることになる。ただし、細かい調整は当然卓上で格闘する食べ手に責任が課せられる。まずこの店で出てくるものを駆け足で追っておこう。日によってラインナップは微妙に変わるが、だいたいの流れはつかんでいただけると思う。
この日、食べたものは以下のとおり。
①食前酒 ②ぬか漬け盛り合わせ ③ぼんちり ④タンシチュー ⑤手羽先素揚げ ⑥燻製盛り合わせ ⑦和牛タン元 ⑧白レバー ⑨カワ ⑩ピーマン ⑪シイタケ ⑫ハサミ ⑬ギンナン ⑭ハラミ ⑮ハツ ⑯クビ ⑰キンカン ⑱牛タンつくね ⑲砂肝 ⑳フライライス ㉑鳥スープ
他にも何本か食べた気がするが、生ビール(×2)、生レモンサワー(×2)、ハイボール、赤・白ワイン各数杯と、串に合わせてかなり細かく酒を注文した結果、メモ書きを見ても一部判然としない。おそらく酔ったせいではないと思うのだが……。
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↑食前酒は、あらごしみかん酒。果肉のツブ感も楽しい。
それにしても冒頭で書いたように、いい焼鳥店は焼鳥以外のメニューがいちいち充実している。この店では、最初にお通し代わりに供されたぬか漬けからして素晴らしかった。飲食店で飛び抜けて旨いぬか漬けに当たる機会は本当に減った。実際にぬか床のある飲食店も減っているし、うまく管理し続けている店はさらに少ない。
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ぬか漬けは、塩味や酸味に漬け込んで深まる野菜の味わいを、一定のバランスに取り保ち続けることが難しい。里葉亭のぬか床は創業時から70年以上、受け継がれてきたものだというが、今も最高の状態を保ち続けている。カブ、山芋、オクラ、ナス、ニンジン、大根、そしてもちろんキュウリ。漬け具合も浅すぎず、深すぎず、まさしく絶妙。これだけをずっとかじっていてもいいくらいだが、あくまでここは焼鳥屋である。まず本日の一本目。
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ぼんちりである。個人的には脂っこくてあまり自ら進んで注文はしない部位だが、この日はたまたま一杯目に生レモンサワーを注文していたのが功を奏した。食前酒もある。一杯目の注文は、その日の一本目を確認してからでも遅くはない。
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デミグラスソースの牛タンシチューをはさんで、ここで手羽先の素揚げが登場。なんとかここまで持たせた一杯目のレモンサワーはこの一本でお役御免。パリジュワッと香ばしく、ジューシーな素揚げはひと噛みするごとに、ついつい柑橘系の爽やかな炭酸で喉を潤したくなるのだから仕方がない。
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サイドメニューその3は燻製盛り合わせ。この日はキンカン、牛タンのハム仕立て、ヤゲンナンコツ、カマンベールチーズに鶏モモ肉。というわけで、ここでハイボールをセレクト。次からの串モノに備えて心身をじっくり整える。
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するとやってきたのは、和牛の牛タン。しかもタン元のやわらかい部分のみが大ぶりにカットされていて、かじりつくように肉を串からこそげると現れたのはなんとも見事なロゼカラー!
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たまらずここでボルドー産の赤ワイン(カベルネ・ソーヴィニヨン)にお声がけ。すると、ここでもう一本、絶妙のミディアムに火の入った白レバーが登場。さらにしっかり火入れで、脂の旨みを十分に引き出した皮までが攻めてくる。赤ワイン城、陥落寸前。次にピーマンが運ばれてきたのを確認したらいよいよビールの出番である。
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ピーマンをカットせずに丸焼きする店はいい店だ。甘みがしっかり引き出される。続く肉厚シイタケ、ハサミ(つくねのねぎま)あたりでついついビールを飲みきってしまう。ギンナンが到着したときに今後の串モノ展開を伺う。
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タレ焼きのハラミに合わせて、注文しておいた赤ワインをハツ(おろし生姜乗せ)、クビ、キンカンあたりまでじっくり味わう。ロゼ色に焼きあげられた肉とタレの味はなぜにこんなにも赤ワインと相性がいいのだろう。まあ、白ワインを頼んでも「なんでこんなに旨いのか」と思いそうではあるけれど。
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そして最後に牛タンつくねから、砂肝、そして名物である〆のフライライス(カレー炒飯。なぜかこう呼ばれている。半量なども可)へと流れこむところで、白ワインを追加。最終コーナーが見えたら、口内にキレを取り戻すのだ。
食べも食べたり20品以上。呑みも呑んだり十数杯。18~19世紀のフランスの美食家、ブリア・サヴァランは「シェフになれるかどうかは努力次第。だが肉焼きは生まれつきの才で決まる」と言ったという。もっとも日本の場合、いい焼鳥屋はメニューづくりに研鑽を積み、焼きの技術を重ねることで、さらなる高みに到達できる。そしていいつまみが卓上に並んだ時、酒の量も確実に増える。あまりの旨さに大量の酒を飲みたくなってしまう串とつまみ。さすがは"神奈川No.1"との評判を取る焼鳥店である。
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↑スナックが立ち並ぶ都橋商店街から大岡川を渡った対岸の一角にある。
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里葉亭
- 電話番号
- 045-251-7676
- 営業時間
- 17:30~21:30
- 定休日
- 毎週水曜日 第1木曜日 第3木曜日 第5木曜日
※本記事に掲載された情報は、取材日時点のものです。
※電話番号、営業時間、定休日、メニュー、価格など店舗情報については変更する場合がございますので、店舗にご確認ください。