地下鉄・白金台駅からプラチナ通りを散歩がてら歩くこと10分。静かにグランドオープンした『aeg(エッグ)』は、うっかり通り過ぎてしまいそうな小さなビルの地下1階にひっそり佇む。が、地階へのアプローチには緑の植栽が施され、階段を1段、また1段と降りるたびに、非日常の別世界に導かれていく。
『エッグ』の料理スタイルは、“ノルディック・ジャパニーズ・キュイジーヌ”。聞き慣れないどころか、今まさに初めて耳にする、経験したことのない方もおられるかもしれない。この新しい世界を造り出すシェフは、辻村直子さん。東京・六本木の飲食店で18年間営んだ後、デンマーク・コペンハーゲンへ移り住み、北欧の様々な文化に触れて、料理人としての新天地を切り開いた人だ。オーデンセで、昔ながらのパン作りで有名な「kaere for smag(ケア・フォ・スメイ)」を皮切りに、ミシュランガイド北欧2016版で三つ星を獲得した『Geranium(ゼラニウム)』の厨房に飛び込み、世界トップシェフとして知られるラスムス・クフード氏のもとで学んだ。
表現したい料理がまとまったのは、帰国後だ。「日本中の飲食店を食べ歩いて、日本の四季の食材の魅力を改めて感じることで、日本の良さを取り入れながらノルディックの世界観を表現できる料理に辿り着いたんです」(辻村さん)。こうして生まれた食の世界が、「ノルディック・ジャパニーズ・キュイジーヌ」なのだ。今宵も『エッグ』から、経験したこともない新しい一皿が生まれる。
自然の風景の中に料理が溶け込んでくる一皿
それはいったいどんな料理なのだろうか。おまかせコースを体験した。まず、「フィールド」と題した前菜が供される。
そのフィールド料理の一つが秋の森を表現した「エルサレムアーティーチョークの葉」。ウッドチップの上に2枚の葉がふわっと落ちている風景に、深秋を感じる。スナック感覚で手でそっと掴んで食べると、カサッという音とともに香ばしさが広がる。「落ち葉のグラデーションです。濃い色の葉には、モルトのパウダーを入れています」と、辻村さん。飾りのウッドチップまでおいしそうで、「どこまで食べられるのですか?」と、聞かれることもあるそうだ。
続けて登場するのが、ごろんと盛られた石の上に海の幸、という磯の香りが漂う一皿、「貝のプレート」(写真)だ。
「海をイメージしました」と辻村さんが言うように、海岸を歩いているような感覚に陥る。盛ってあるのは、マテ貝、牡蠣、ヒメサザエの赤ワイン煮。マテ貝は“もどき料理”で、小麦のペイストリーで作ったチップスをマテ貝に見立てて、ホタテ、ディル、レモンを加えたタルタルをサンドしている。
牡蠣は、辻村さんが惚れ込んだ北海道厚岸産を使用。「クリーミーでミネラル分が豊富で、北欧の牡蠣の風味にとても似ているんです」。この新鮮な牡蠣に、ヨーグルトの上澄み、エルダーフラワーの酢漬け、ローズのヴィネガーを合わせるが、すべてをスプーンに乗せて食すと、乳酸の酸味とハーブの華やかな香りに包まれた牡蠣が口いっぱいに広がる。誰もが、「こんな牡蠣、初めて……」と、驚きの表情になりそうだが、この驚きこそが、「ノルディック・ジャパニーズ・キュイジーヌ」の醍醐味なのだ。
自然をテーマに海から森へ、「食の旅」は続く
落ち葉のグラデーションを愛でたら、さらに北欧の森の奥へ。森をモチーフにした「肉のアペタイザー」は、木のプレートにトナカイの角とフィンランドの苔が盛り込まれている。左手前は、フォアグラのパテをフランボワーズのオブラートで包んだ一品で、ホワイトチョコとローズヒップのパウダーがアクセントになっている。奥は、吉田牧場のモッツァレラをほうれん草ピュレが覆う一品。そして、中央の桜の葉にちょこんと鎮座するのが、熊本産の馬のタタキだ。
奥の厨房で焼くライ麦パンの上に盛られている。「デンマークでは、オープンサンドは日常食。何でもパンの上に乗せて食べるんですよ」。辻村さんはカウンター越しに、デンマークの食文化や食材について伝えてくれる。実に楽しそうな笑顔で。「おしゃべりをしながら料理をお出しする、そんなライブ感を楽しんでいただきたいのです」。
江戸前寿司からヒントを得た技!?
メインディッシュは、「金目鯛のソテー」。大きくて重い、備前焼の器で登場する。伊豆・稲取漁港に水揚げされたプリプリの金目鯛の左右にあるのは、ペコロスとワカメ。ペコロスはその凹み部分にディルのソースを注ぎ、ワカメはコンソメ風味に仕立てている。全体からスダチの香りがふわ〜っと香るが、「おろしたてのスダチの皮と果汁を仕上げに散らしています。お寿司屋さんみたいでしょ?」と、辻村さん。江戸前のにぎり寿司からヒントを得た技だ。
締めの食事は、「琵琶マスのお寿司」。北欧でもよく使うマスと花を取り入れ、可憐なマス寿司を創作した。滋賀県の琵琶湖で育つ天然の琵琶マスは、通常、奈良や京都周辺のみで消費される食材。「何度も生産者を訪ねて、やっとのことで年間を通じて仕入れる運びとなりました」(辻村さん)。大葉、ミョウガ、そして宮崎産の穴子を混ぜた赤酢の酢飯を、ねっとり甘い上品なマスが覆う。マヨネーズのようなアクセントは、わさびとだしを合わせたビューレのムースで、ちょこんと飾られたエディブルフラワーがかわいい。「仕上げにお花を散りばめるのは、新北欧料理を学んだ『Geranium(ゼラニウム)』の特徴です。春はもっと花まみれになりますよ〜」(辻村さん)。琵琶マスは、冬はスモーク料理にする構想を温めている。
落ち着きのある内装や食器も「北欧×日本」
地階に設えた空間は、カウンター8席、大テーブル8席のみの小宇宙。北欧で作られたテーブルや椅子が配置され、トナカイの毛皮も飾られる。おまかせ料理とワインを味わいながらノルディックとジャパニーズ、2つの文化を1つに感じつつ、ごちそうさまとなる。
【メニュー】
おまかせコース10,000円
ワインのペアリング 5,000円
※価格は税抜
aeg nordic & japanese cuisine (エッグ ノルディック&ジャパニーズ キュイジーヌ)
- 電話番号
- 03-6277-1399
- 営業時間
- 17:00〜(要予約、コース料理は20:30L.O.)
- 定休日
- 不定休
※本記事に掲載された情報は、取材日時点のものです。
※電話番号、営業時間、定休日、メニュー、価格など店舗情報については変更する場合がございますので、店舗にご確認ください。