ボブ・ディランがノーベル文学賞を受賞した
日本では、次こそ村上春樹だろうかと思っていたところ、まさかのミュージシャンが受賞したことは驚きを持って迎えられた。とは言っても、ボブ・ディランが紡ぐ歌詞にはやはり文学性が見られる。代読で読み上げられたメッセージにもジョージ・バーナード・ショーやトーマス・マン、アルベール・カミュ、アーネスト・ヘミングウェイなどの名前が登場し、そういった作家から影響を受けたからこそ文学性を持った歌詞が生まれたのだろう。
そんなボブ・ディランの大ファンという女性醸造家がフランス中西部・ロワール地方にいる。アンヌ・パイエ。
彼女が造るワインのなかに「ボブ・ディラン」ならぬ「ボブ・ディ・ランヌ」というキュヴェがある。
彼女は少し風変わりな醸造家だ。
何しろ、ロワールにいながら、南仏のブドウを使ってワイン造りをしているのだから。
第二次世界大戦でのパリ陥落の前にフランス政府が移転した旧都・トゥール。
その近郊でワインを造るグレゴリー・ルクレールという生産者がいる。彼自信、約20年の間、ナチュラルなワインを造り続けている、ヴァンナチュール界のベテランの一人だ。
そのグレゴリー・ルクレールの奥さんこそ、アンヌ・パイエその人である。
夫の仕事を見ていた彼女は、自分もワインを造りたいと思ったのだが、ブドウ畑を持っていなかった。そこで伝手をたどると、南仏・ラングドックで1980年代中盤から畑に余計なことをせず、ナチュラルなワインを造り続けているドネーヌ・ボートレのクリストフ・ボーにたどり着き、彼からブドウを購入することになった。
そうした中のひとつのキュヴェに付けた名前、それが「ボブ・ディ・ランヌ」だ。
Bob dit l'Anne (Vin de France Rouge) / Domaine Autour de l’Anne(ボブ・ディ・ランヌ/ドメーヌ・オトゥール・ド・ランヌ)
「ボブ・ディラン」と極めて似た響きの、この「ボブ・ディ・ランヌ」。
その名前には様々な意味合いが込められている。
もちろん、「ボブ・ディラン」ファンゆえに、その名にあやかって命名したわけだが。
ただ、ユーモア好きのアンヌは、たくさんの意味をその名に込め、エチケットでもそれを表現した。
まず、キュヴェ名の”Bob dit l'Anne”は 訳すと「ボブがアンヌに言う」という意味である。
そして、Anneはフランス語で同音になるAne(ロバ)に引っ掛けているので、エチケットにはロバが描かれた
また、帽子が描かれているのは、フランス語でこのタイプの帽子のことをBob(ボブ)というからである。
さらに、キュヴェ名のBob dit l'Anneが天地逆さまに記されているのは、主語と目的語を逆にするとAne dit Bobとなり、「ロバがボブについて言う」ということになり、エチケットに描かれた内容を示しているという、ウィットに富んだ、とてもチャーミングな話なのだ。
そんなことを考えるような女性が造るワインはやはりチャーミングだ。
ラングドックのブドウを使ってロワールで造るということは、すでにその時点でA.O.C.は関係ないということになるわけだが、アンヌは自身のワインの事を「A.O.C.ロワール・ドック」だと表現している。もちろん冗談なのだが、言い得て妙でもある。ラングドックの陽気な果実味とロワールの爽やかさという、それぞれのエリアの特徴が共存しているからだ!
ラングドックのピックサンルー近くで栽培されるボートレのブドウは南仏の燦々と照り付ける太陽を浴びて育つため、豊かな果実味のあるブドウだ。そのまま醸造すれば果実味豊かでリッチな味わいのワインとなる。それをアンヌは夫のグレゴリーの行う醸造方法で仕上げている。
3日に一度醸しているワインの一部を抜き出すということを3回。普通に醸すと濃厚なワインになってしまうところを、醸ししすぎず、美味しさだけを引き出すという彼女独自の醸造方法を用い「A.O.C.ロワール・ドック」を生み出す。陽気な果実味がありながらフレッシュ感と軽やかさの共存しているのはそのためだ。
そうして生み出されるワインの一つが、この「ボブ・ディ・ランヌ」というわけだ。夫・グレゴリーがロワールで栽培するガメイとラングドックのボートレによるグルナッシュから1,500本ほど造られるこのワイン。他のキュヴェ、例えば「レ・ゼタ・ダンヌ」ほどすぐに飲み干してしまうようなワインではなく、まさに「ボブ・ディランの文学」のように味わい深く、飲み進むごとにさまざまな気付きがあるワインに仕上がっている。
輸入元・ラヴニール(http://lavenir-wine.com)