今世界のシェフや料理評論家、フーディーたちから、最も注目されている国はどこだろう。
フランス? スペイン? アメリカ? 日本? シンガポール? いや彼らが夢中になっているのは、ブラジルやペルーといった南米の国である。例えば、英国の雑誌「レストラン」誌上で、600人のシェフや料理評論家が選ぶ「世界のベストレストラン50 2016」では、5つのレストランが南米から選ばれている。
なぜ、南米なのか? なによりもまず、食材の豊かさが挙げられるだろう。南米には、広大な土地と様々な自然環境が生み出す、欧米では知られていない多種多彩な食材が存在している。さらにその食材を使った料理は、様々な移民が織りなす多様な食文化によって調理される。この掛け合わせが生む複雑さが、人々を魅了するのである。
僕自身も去年ペルーに出かけたが、そこで初めて食べた食材は、50数種にも及んだ。様々な国に出かけたが、こんな経験はない。
ただ今までは、その複雑性や豊かな食材があっても、世界に訴えかけるようなレストランは存在していなかった。自国が持つ、類い稀なるポテンシャルに気づいたのが、新生代のシェフたちである。
彼らはフランス、スペイン、イタリアで修業して自国に戻り、自らの国のテロワールを生かすべく研究と食材探索を重ね、他国で学んだ最新料理テクニックを駆使して、モダンで革新的な料理を作り上げたのである。
そんなシェフの一人で、欧米ではカリスマ的存在でもあるブラジル人シェフであるアレックス・アタラ氏のセミナーが、ぐるなび総研主催で青山のブラジル大使館で行われた。
彼は、イタリアやフランスで修業後に本国に戻り、1999年サンパウロに『D.O.M.』を開店する。そこでは、ブラジル固有の食材や伝統料理を、フレンチやイタリアン、時には日本料理の技法を使って、再構築をした料理を出し始めたのである。
今までどこにも存在しなかったその料理は、評判を呼び、近年の「世界のベストレストラン50」では毎年ベスト10に選出されている(2016年は11位。ラテンアメリカでは4位)。
そして世界中から『D.O.M.』に行くためだけに、ブラジルを訪れる客もいるという、人気レストランとなった。
ブラジル料理といえば、焼肉のシュラスコか、豆と豚の内臓を煮込んだフェイジョアーダくらいしか、日本では知られていない。しかし彼は、ブラジル全土の料理を集約し、徹底して「真のブラジルの味」を求めた。
そのためには、海や川、アマゾンの熱帯雨林などあらゆる地を踏査し、先住民の生活に入り込みながら、ブラジル人でさえ知らない食材や伝統料理を掘り起こしてきた。そうして採集された膨大な食材や料理を、近代的な料理法でモダンな皿に仕立てあげるのである。
セミナーではその料理のいくつかが披露された。例えばパルミット(椰子の新芽)は、フェットチーネ状に切り、ブラジル産のカナストラチーズとトゥリャチーズの二種類を使ったソースであえる。これは彼のシグネチャーディッシュとなった。チーズのコクの中で、パルミットのみずみずしく、ほのかに甘い味わいが生きるのだろう。
また「蟻」を食材として高級レストランで出したのは、世界のベストレストラン1位にも輝いたことがある、コペンハーゲンの『NOMA』が有名だが、それ以前に使っていたのは、アレックス・アタラだという。これは彼がアマゾン地域を訪ね、先住民が作った料理を食べた時に、レモングラスと生姜の味がして、このハーブは何かと尋ねたら、調味料として蟻が使われていたことに起因する。
一方で、「どこにもない料理を構築する」という点でもいくつか紹介された。
さらに新たなポップコーンの味を創造したいと考えた彼は、ポップコーンの中に弾けないまま残っているコーンの味が濃いことに気づき、それだけを取り出して砕いてフライにしてみる。だが失敗したので、粉化させてフライにし、砕き、濃密な味のポップコーンを作り出すことに成功する。
デザートでは、イチゴ、バニラ、チョコレートという、世界中で好まれる3つのフレーバーを使い、色のない真っ白なデザートを開発した。
いずれもおなじみの料理が、彼のやり方で新たな世界を作り上げた例である。彼は言う。「クリエイティブとは、人がやらないものを作ることではなく、誰でもやっていることを、誰もがやらない方法でやることだと思います」。
また日本料理に触発された料理も紹介された。「優れた料理人なら、日本を訪れなければなりません」と言うように、数回来日して固有の食文化に撃たれたという。
一つは、昆布締めを見習い、白身魚を塩と海藻で〆、日本で食べて気に入った山芋に似たクプアス(熱帯の果物)を混ぜ、ジャンブーというピリ辛の花を加えた料理。あるいは、塩味のクレームキャラメル(プリン)を作ろうと、日本で食べた茶碗蒸しを思いつき、先住民だけが識別、採集できる茸を玉ネギやニンニクと炒めて卵汁と合わせ、茶碗蒸しを作る。上にかけるこげ茶のカラメルは、玉ネギをよくよく炒めて作ったエキスを使う。
さらに、日本の“ふりかけ”を思い出し、アロエーラというピンクの胡椒と玉ネギフライ、キャッサバのフライ、特別に開発したミニライス、海苔を使ってふりかけを作り、茶碗蒸しにふりかけ、椎茸に風味が似たブラジル産キノコを干して添えた。
「私は決して日本料理を作ろうとは思っていません。日本料理の技術や感性、風味を導入しながら、ブラジルの料理を作りたいのです」。そうアタラ氏は、繰り返し話す。
この精力的な創造者の挑戦は、料理だけには止まらない。食材探しの旅の中で、自然を守るということは、そこに生活する人を守り、「食の連鎖を守る」ことだということに気づき、2013年に「アター研究所」を作る。
ここでは、料理や食材の販売を通じて、自然と共に暮らす人々の生活を守っていくサイクル作りに取り組んでいる。
広大な国ゆえの輸送費高から地方の小規模農家が苦労していることへの解消を求めて、直販所も設けた。アマゾンやサバンナ、半乾燥地帯や草原地帯など様々な土地から集められた食材は、購入者がブラジルの産物の豊かさと多様性を知る機会になっているという。
またそれにより、皆がブラジルの産物を愛し、生産者に敬意を抱き、食文化は発展していく。また自然の恵みの大切さを知ることで、環境保全にも結びついていくという考えである。
アレックス・アタラ氏は48歳。元パンクスだったという彼は、世界を変えようとしたパンクというサブカルチャー同様、食によってブラジルを変えようとしているのだろう。
D.O.M.
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- 11 3088-0761
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- 12:00~15:00、19:00~23:00、金曜12:00~15:00、19:00~0:00、土曜19:00~0:00
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