幸食のすゝめ#039、赤酢と米のライムには幸いが住む、渋谷
揚げ立てをそのまま出すのではなく、備前焼の美しい皿の上で余熱調理され、素材が持つ美味しさが最も引き出される温度で供される力強い野菜や鰆などの魚たち。その日、縁あって静岡の板前天ぷら『成生』のカウンターを囲んだ7人の中に、ことさら強く真っ直ぐな視線で素材と温度のドラマを見つめている人物がいた。
市内の大衆酒場で杯を重ね、駅でつまみと酒を買い、共に最終のひかりに飛び込んだ。彼の名は黒崎一希氏、、、
「渋谷で鮨」という新しい選択を確立した、あの店の若き主人だった。
日曜の渋谷21時、2巡目のカウンターに座ると黒崎さんがこれから使う分の山葵を、静かなリズムでおろしていた。
涼しげな笑顔と、端正な立ち居振舞、しなやかなのにキレがある動き。あの夜、ひかりの車内で聞いた元ラッパーというフレーズを思い出しながら、のれそれのスープを頂く。濃厚な出汁は、太刀魚と金目鯛のものだと言う
副産物である魚たちの個性的なバックトラックに、淡白なのれそれを泳がせる。ラップを聞いている最中、サンプリングされた凝ったネタに思わず微笑んでしまうことがある。
その時、畳み掛けるように三陸の子持ちヤリイカが濃いライムを踏んできた。
富山のホタルイカと菜の花、三陸の若布、旬を歌うトリオの酢味噌で変化をつけ、続くは佐賀の干潟から届いたオトフセ。人気のクマモトと同じく、地元で愛されてきた小ぶりの牡蠣だ。貝柱が鍛えられ太くなることで生まれる、干潟特有のうまみと甘みは、シルクの喉越し。あえて、一切の味を足さずに出す。
続く金目鯛は、天津小湊産。濃厚な味わいに、大根おろしと木の芽が添えられ、前半のリズムにアクセントが生まれる。
そして、1つ目のサビは二晩休ませた常磐の鯛。握りに最適なサイズの兵庫産トリガイと、希少な噴火湾産白海老の3時間昆布〆、小柴産太刀魚の酒蒸しを挟み、クライマックスは九州島原産の見事な車海老が登場する。
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