大阪市内のとある繁華街に、その店はある。一見するとビストロのような、ごくさりげない店構え。ただし、その扉には常に鍵がかかっており、選ばれし者がノックをし、名を名乗らない限り、扉は開くことはない。そう、ここは国内外から‟肉好き”が密かに集う、会員制のステーキハウスなのだ。今回は特別に、その全貌を取材させていただいた。
グレッグ・ノーマン、ミハエル・シューマッハも常連の名門で修業を積んだオーナー
扉を開けばそこに広がるのは、白を基調とした、クラシカルで優雅な空間。壁には店主が若き日に修行した、オーストラリア・メルボルンの老舗ステーキハウスの写真が飾られ、どこか温かい雰囲気を添えている。この老舗ステーキハウスは常連に、あのグレッグ・ノーマンやミハエル・シューマッハなども名を連ねる、ステーキハウスの多いメルボルンでも名門と呼ばれる一軒だ。
そんな名門店で、‟Red Meat Specialist”の称号を与えられたのが、この店の主人である和島勝也さんだ。‟Red Meat Specialist”とは、肉の特性を知り尽くし、最も美味な状態で提供する肉のスペシャリストを表す。元々食肉加工が地場産業である、大阪府羽曳野市出身の和島さんは、老舗精肉店を営む家に生まれた。いわば肉業界のサラブレッドの環境で育つうちに、自然に肉の目利きの力が養われ、また実際に精肉店で働き経験も積んだという。
そのまま精肉店の店主となる道もあったが、かの老舗ステーキハウスとの出逢いが人生を変える。以前からの知り合いであり、交流があったという、この名門店のオーナーシェフ、ブラドー・グレグレック氏が生み出すステーキの味と技術、そして何より人柄に惚れて、単身修業に飛び込んだのだ。
目利きも技術もすべてがスペシャリスト!
ブラドー氏の哲学は、「SIMPLICITY is THE KEY TO BRILLIANCE」。シンプルこそ輝きの鍵である、だ。つまり余計な小細工はせず、素材が命だということ。渡豪する前から目利きであった和島さんだが、老舗ステーキハウスでの修業を通じて、その審美眼をさらに磨き、吟味した肉を最高の状態に持っていくための熟成と、ステーキを最高の状態に焼き上げるための繊細な火の使い方、そして自家製ソーセージの作り方、コールスローの作り方などを学んだ。
その後帰国し、精肉や飲食に関わる仕事に就いたが、3年前に師匠であるブラドー氏が亡くなったことをきっかけに「もう一度、彼の味を再現したい、スピリットを伝えたい」という想いが沸き上がり、2017年1月に、この店をオープンするに至ったという。
だからこそ、こちらの店では、「SIMPLICITY is THE KEY TO BRILLIANCE」というブラドー流の哲学と技術が至るところにあふれている。例えば、メニューは1コースのみ、価格も1万円(税別)と潔い。テーブルに着けばまずは1つが約100gという、特大の自家製ソーセージが運ばれてきて、驚きと共にコースの始まりを告げる。
こちらのソーセージは、国産豚にパプリカ、塩、ニンニクを合わせたもので、毎朝和島さんが手作り。ボイルなどはせず、生からじっくり焼き上げるのがこだわりだ。ちなみに焼き上げに使用するチャコールも和島さんのお手製で、素材を並べる網のすぐ下まで土佐備長炭がびっしり敷き詰められている。「この備長炭による香り付けと、約1,000℃にも及ぶ炭の直火で炙ることが、最高の状態で肉を焼き上げるための必須条件です。ほかの何ものにも変えることはできません」と和島さんは語る。
早速そのソーセージを味わってみると、まず燻製のような炭の香りに魅了され、もっちりジューシーな食感と、噛むほどに染みだすうまみに驚かされる。それだけで十分味わい深いため、ケチャップやマスタードなど余計な調味料は必要ない。
次に登場するコールスローサラダも、ごくシンプルながら、レシピは「門外不出」というスペシャルメニュー。お酢、砂糖、塩などベーシックな調味料が使われていることは分かるのだが、それだけではない隠し味や秘密の手順があるようだ。爽やかかつまろやかな酸味とやさしい甘み、そしてほのかにうまみもあり、とにかく食べ飽きない。
「ステーキに抜群に合うので、ステーキ、コールスロー、ステーキ、コールスロー、そしてまたステーキ…という無限ループに突入してしまうんです」と和島さん。「コールスローの味が忘れられない」と来店する常連も多いという、見逃せない名物なのだ。
続いてやってきたのは、カプレーゼとパルマ産生ハム、イタリア産サラミ、そして季節のフルーツがカラフルに揃う前菜盛り合わせ。こちらも一見よくある前菜なのだが、味わえば一つ一つ、素材を吟味していることが伝わってくる。その後に「本日のスープ」がやってきて、とうとうお待ちかねのメインディッシュ「熟成黒毛和牛ステーキ炭火焼」が登場するのだ。
肉本来の風味を凝縮した黒毛和牛を、最高の状態に仕上げてくれる
ステーキに使われる肉は、30カ月以上肥育された黒毛和牛の雌牛のみ。それを、安易にランクでは判断せずに和島さん自身が目利きして吟味する。「昨今の国産牛はコストのこともあり、20~24カ月肥育して、運動させず太らせて出荷するものが多くなっています。一方、伸び伸びと身体が動かせる環境で長く育てられた牛は、赤色が濃く赤身の味わいも濃い。さしもたっぷり入っていますが、上品なので胸焼けすることもありません」と和島さん。
さらに、仕入れてから店で21日間熟成することで、肉の余分な水分を抜き、専門用語で「かわいた」と表現される、肉本来の風味を凝縮した状態に。焼き上げる前にそれらの肉をゲストに見せ、味の特性が異なる、ランプ、イチボ、サーロイン、フィレの4つの部位から選んでもらっているという。ゲストはきめ細やかにさしが入った肉の美しさ、品質の確かさを確認すると共に、焼きあがった時の姿を想い浮かべ、期待感に胸を高鳴らせることになる。
上の写真のように、ステーキのポーションが大きいのもこの店の特徴のひとつ。部位により異なるが、厚さが約3~4cm、重さが約230~250gが平均的というステーキは、網の上で、‟Red Meat Specialist”の手により徐々に馳走へと変身する。炭で約10分、じっくりと火を通すのだが、その間、和島さんは、トングで肉を触った時の弾力や肉の固さ、色や厚みの変化など、まさに五感で状態を確かめて、レア、ウェルダンほか、お客の好みに合わせて最高の状態に焼き上げる。炭の状態によっても、ベストな焼き加減は毎日全く異なるそうで、その技術はまさに職人の粋。
和島さんが最もおいしいと薦めるのはレアで、「それもただの生じゃない、火の通ったレア」だとか。一体どんな状態なのか…と、レアで焼き上げたサーロインとフィレを味見させてもらったところ、サーロインはとろとろと柔らかく口の中でとろけ、ジューシーな肉汁が口内いっぱいに。フィレはほどよい固さがあるが、噛むとホロホロと崩れ、赤身のうまみがしっかりと感じられ…と、まさに目からウロコの絶品! いずれも、‟肉”の概念が覆る食感と味わいである。しかも、内側のレアな部分までしっかり温かく、「火の通ったレア」という表現に大いに納得がいく。
肉は何もつけなくても十分おいしいが、テーブルには、マスタード、ホースラディッシュ(西洋ワサビ)、ニンニクチップ、甘口醤油がセットされているので、好みで付けて、味の変化を楽しむのも一興だ。メインの後はデザート、そしてコーヒーまたは紅茶で、コースは終わる。ぜひとも肉好きは訪れて欲しい一軒だ…と言いたいところだが、この店は基本、人から人への紹介による会員制をとっている。
だが今回、無理にお願いをして、なんと『dressing』のプレミアム会員のみ、特別に予約を受けてくださることになった! プレミアム会員だけが読める「続き」部分には、詳細が表示されるので、どうぞこのチャンスをお見逃しなく。
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