西麻布交差点の近くに店を構えるフレンチ『Takumi』。これから美しく彩られる料理の数々を予感させるように、純白の装いで迎えてくれる。
オーナーシェフの大槻卓伺さんは、まだ30代という若さ。神戸大学を卒業後、日本で修業せずにいきなり渡仏。5軒の名門レストランで働き、帰国後、上京してわずか1年足らずで大人の街・西麻布に店を構えた。大槻さんが提供したい食の世界観は、はっきりしている。それが実にユニークでおもしろい料理のプレゼンテーションなのだ。
“カードと小瓶”を使った斬新なおもてなしと『Takumi』の料理
席に着くと大槻さんからの“メッセージカード”が用意される。そこには「Takumiのコンセプト、それは組み合わせの妙を正確に理解し、楽しめるレストラン」と書かれている。
そして現れるのは、わずか5センチほどの小さな“瓶”が5つ。どうやらこれから供される料理の食材が入っているらしい。その説明を読みながら、瓶を手に取り食材の香りを嗅ぐ。なかなか触れる機会の少ない食材を目にすると、童心に返ったように会話も忘れるほど夢中になってしまう。
イメージを膨らませたタイミングで、料理が運ばれてくる。前菜のひと皿は、鮮やかな若葉色が美しい「アスパラガスのスープ」。
ひと口すくうとまず、その甘さに驚かされる。訊くと、ここに大槻さんがフランスで修業していたトゥールーズのレストラン『L’Amphytrion(ランフィトリオン)』の影響があるという。
「ここのオーナーシェフは元パティシエで、バニラやフルーツを料理で使うという柔軟な発想と斬新なアイデアを持っていました。けれども、このスープには一切、砂糖を加えていません。アスパラの甘みをぐんと引き出したところに、スイーツでよく見かけるような食材を添えてみました」と大槻さんの言う通り、バニラ風味のドレッシングやシュー生地、フレンチトースト、オレンジピールといった、料理ではあまり見かけない甘みの要素が補足されている。
芳醇を感じたり、芳ばしさや酸を含んでいたり、甘みの繊細な変化に舌が反応する。『Takumi』の料理は、“組み合わせの妙”を紐解いてみたい、というシェフへの挑戦心を掻き立てていく。
魚料理のひと皿は、南仏をイメージした「鯛のポワレ」(写真上)。乳白色のソースは、クリーミーだが乳製品は一切使用していない。鯛のアラと日本酒を柔らかくなるまで圧力鍋で炊き、ミキサーで砕いているから白濁して白身と濃厚に絡み合う。和の印象を与えがちだが、しっかりとオリーブオイルを加えることでぐっと洋風に寄せられる。
付け合わせは、地中海を匂わせる「サフランとレモンの焼きリゾット」。太陽の香りと涼しげな酸味が、カラッとした初夏の暑さを爽快に演出する。
メインの肉料理は、青唐辛子やパクチー、ココナッツといった癖の強い食材を組み合わせた「仔羊のハンバーグ」(写真上)。ナイフを入れると、透き通ったロゼ色のミンチが顔をだす。
中には、ポテトチップスやドライオニオン、ドライニンニクといった香味が混ざり、エキゾチックな香りが迫ってくる。火を入れると締まりやすい肩肉はゼラチンを加えることで、重すぎずジュワーっとうまみが滲み出るように仕上げられている。
仔羊のだしのソースは滋味深く、おしゃれに描かれたココナッツソースが、辛みと甘みのバランスを整えてくれる。アボカドとパクチーのサラダと合わせると、エスニック風に変身。バラエティに富んだ五味は、決して食べ手を飽きさせることなく強烈なインパクトを与えてくれる。
「日々、デザートのインパクトに料理が負けてしまわないよう、とにかく必死です」と微笑みながら話す大槻さん。ここで突然、テーブルは10個の小瓶と6枚のカードで埋め尽くされる。
「さて、ようやく折り返し地点です。おなかの余裕はまだありますか?」と書かれたシェフからのメッセージ。すごいと噂のスペシャリテに胸を躍らせながら、ひと呼吸おいてカードをじっくりと見つめる。
“ケーキ屋さんで大人買い”がコンセプトのスペシャリテ
こちらが、11品のデザートで構成される『Takumi』のスペシャリテ。一度にこんなにたくさんのスイーツが並ぶことなんてなかなかない。どれから手をつけていいのか思わず躊躇してしまう。
「お好きな順にどうぞ」という大槻さんの優しい声に促されて、カードに振られた番号順に手にとってみる。パズルのように組み合わさったプレートの左上には、トルコのデザートをベースに作られたひと皿。その下にガトーショコラ、レモンタルトと続き、隣にはアメリカンチェリーのパイ。その上には、グリーンマテ茶のババ仕立て。そして、トンカ豆のミルクレープといったラインナップは、どれも世界最小級。右側に並ぶ小さなガラスには、ジュレやムース、プリンやおしるこなどのみずみずしいスイーツがきれいに整列している。その中に、大槻さんの原点となったメニューがあるという。
「実は大学1年のときに3週間ほどフランス旅行に行ったんです。花の都パリには“生花店”だけでなく“バラ専門店”があることに感動しました。日本ではお目にかかれないバラの数と素晴らしい香りに魅了され、初めてのオリジナル料理として『バラのソース』を創りました。無香料・無着色で創ろうとするとなかなか大変で。ハーブティ用のバラを大量に用意し、加熱すると変色してしまいますから火は入れません。独特な渋みを抑えるために、オレンジとマンゴーを足してフルーティーな味わいを保ち、最後にハイビスカスを少し加えることで鮮やかな紅色を生み出すことができました」。苦労と改良の末に完成した「バラのソース」は、妖艶な香りと愛で食べ手の心を癒してくれる。
個性の強い料理を生み出す大槻シェフ。その素顔は、意外にも笑顔がチャーミングで料理をピュアに愛する青年だった。手にとって香りを確認できる“小瓶”が食材と食べ手の距離を縮め、シェフの意図が丁寧に書かれた“カード”は、何度も読み返すことになる。予想をはるかに超えた味や香りの変化を、正確に理解するために役立つからだ。そんな『Takumi』が創る無限の組み合わせと、ユニークなプレゼンテーションを体感してもらいたい。
(撮影 / 浅山美鈴)
【メニュー】
ランチ 6,500円
ディナー 12,500円
※コースのみ
※価格は税・サービス料抜
Takumi
- 電話番号
- 050-5486-7090
(お問合わせの際はぐるなびを見たというとスムーズです。)
- 営業時間
- 11:30~15:00
18:30~23:30
- 定休日
- 月曜日・日曜日
※本記事に掲載された情報は、取材日時点のものです。
※電話番号、営業時間、定休日、メニュー、価格など店舗情報については変更する場合がございますので、店舗にご確認ください。