「本物とは何か?」をとことんまで追求して創り上げた『菊乃井』の新店
戦国時代に千利休が大成した「侘び茶」。わずか2畳ほどの茶室は、その日の茶事を取り仕切る亭主の宇宙であり、茶器、道具はもちろん、掛け軸から生け花に至るまで、亭主のもてなしの心とセンスが反映され、試される場だった。
その根本は「極限まで無駄を省く」ことにあり、質素で寂しく、静かなものを良しとする「わび・さび」の美が感じられたという。そこでは殿様も武士も刀を置き、身分に関係なく肩を並べて茶を飲み、語らっていた―。
そんな空間が現代にあったらどうなるだろうか。ただし、「わび・さび」の美と、誰もが美しいとする普遍的な「絶対美」、そのどちらにもとらわれることなく、亭主が「自分が良しとする本物だけを、納得がいくまで集める」形にしたら…? そんな想いから、2017年4月に誕生したのが、ここ『無碍山房(むげさんぼう)』(写真上)だ。
世界的にも有名な作家や職人の技術が結集
亭主は、日本を代表する老舗料亭『菊乃井』の三代目主人にして総料理長であり、世界的にも活動の場を広げる村田吉弘さん(写真上)。
店作りのきっかけは、京都・円山公園ほど近くに佇む『菊乃井』本店の隣家が売りに出たことで、「あの庭の桜を見ながら、肩肘はらずにコーヒーでも楽しめる場所があればいいな」と。ふと思ったことだったとか。
しかし、いざ創るとなると、前述の通り「全て自分が良しとする“本物”でもてなしたい」と考えた村田さん。建築は、裏千家や伊勢神宮の茶室も手掛ける数寄屋建築の第一人者、中村外二さん、庭は「俵屋旅館」の日本庭園も手掛ける庭師、明貫厚さんと、いずれも世界的に活躍し、その腕を見込んだ職人お二人に依頼。
ほかにも多くのアーティストや職人の力を借りて、“何ものにもとらわれないさま”を表す店名「無碍(むげ)」をテーマに、数寄屋住宅のようで数寄屋住宅でなく、モダンなようでモダンでない、新しいくつろぎの「山房」を創り上げた。
なんだかホッとするひと時を与えてくれる、計算しつくされた造作
店内に足を踏み入れると、まず数寄屋風の外観に反した、すっきり広々とした造りに驚く。数寄屋住宅にはつきものの柱は空間を遮らぬよう計算されており、杉柱の表面にはあえて古色を塗り使い込まれたような風合いを加味。
床を見れば、本店の器も手掛ける織部焼の陶板がなんと600枚も敷き詰められている。いずれも織部の特徴である緑色だが、1枚として同じ色はなく、美しいグラデーションを描いている。
そこから視線を上げれば、庭の風景が最も美しく切り取れるよう計算された大きな窓と、そこに高さを合わせた栃の一枚板のカウンター。板には全面に、「玉杢 (たまもく)」という円形の特徴的な木目が入っており、その下に並ぶチェアは、ローズウッドで創られたオールドデンマークのものだ。
さらに、これらのカウンターと、奥へ進んだスペースに作られたテーブル席、どちらからも広く楽しめる庭も、トラック7杯分の土を運びこみ、店の始まりとなった2本の桜以外、全て新たに創造したものなのだとか。だが、すでに苔が生えそろい、数十年そこにあったかのように、落ち着いた四季の移ろいを感じさせてくれる。
いずれも華美でなく存在を主張しすぎないので、気づかないゲストは気づかないかも知れない。だが、まさに「本物」だけを集めた驚きの空間。それこそが村田さんの狙いで、「分かる人も、分からない人もごちゃごちゃでいいんです。なんかホッとするなとか、きれいだなとか思うだけでもそれはもう分かっていらっしゃるということ。私は自分が良いと思うものを創りましたが、あとはもうお客様と一緒に育てていく場所なので、一度来ていただいて『好き』『おいしい』と感じたら、また訪れていただけたらうれしいですね」とほほ笑む。
素材も調理も『菊乃井』本店と同等のクオリティ!
そんな空間で味わうのは、11時~14時30分までの昼時は、本店の名物である「時雨めし」をアレンジしたひと品が主役のランチ「時雨弁当」だ。以降の14時45分~18時は、でき立ての本わらび餅などの甘味と喫茶の営業となる。
「時雨弁当」は5,000円、お造り付きでも6,500円と、本店に比べるとかなりリーズナブル。だが、もちろんここにも「本物を…」というテーマは貫かれており、地産を中心に全国から吟味する旬の食材も、また調理も、本店と同じレベルを維持している。
もちろん皿数は異なるが、『菊乃井』の品質をこの価格で、しかも靴を脱がずに気軽に楽しめるのは、ゲストにとってうれしい限りではないだろうか。
早速、その「時雨弁当」をお造り付きでお願いしてみた。取材時は6月の中旬。まず運ばれて来たのはこの日の先付「うすい豆のごま豆腐」(写真上)だ。ピンクの花ほじそをトッピングした豆腐は、淡い緑色が早夏らしく鮮やか。味わえば、とろんと柔らかく、豆の青味と濃厚なコクを、山わさびをとき少し辛味を加えた喰いだしのジュレが、やさしく包み込んでくれる。
涼やかなガラスの器に入って登場したのは、この日のお造り。朝に届いたばかりの明石鯛と大分産のシマアジだ。どちらも脂がしっかり乗っていて、身にうまみがあり、もちもちとした食感。さりげなくあしらわれたスプラウトと飾りキュウリが、瑞々しいアクセントを添えてくれる。
日本料理にとらわれない、世界の料理人がつくるメニューとは?
先ほどの先付の下に敷かれた塗りの箱を開けば、中には煮物や酢の物が彩り鮮やかにたっぷりと。
右上から時計周りに、「もずくの土佐酢 ウド キュウリ へぎ梅乗せ」、「白ずいきの炊いたん ごま酢がけ」、「カレイの味噌柚庵焼き 青唐のじゃこ炒め」、「モロッコいんげんの白和え」、「鯛のふくさ焼」、「青梅のゼリー」、「タコの旨煮と焼き青唐の串」、「サーモンの砧巻き」、「冬瓜と焼き湯葉の炊き合わせ」など…。
どれもソース一つから手間ひまかけて作られており、味わい豊かな野菜もふんだんに。白和えにマスカルポーネチーズとゴマのペーストを加えてコクを出すなど、世界を知る村田さんならではの、日本料理にとらわれない技法も使われている。
そしていよいよ、お弁当にその名を冠す『菊乃井』本店のお昼の懐石の名物「時雨めし」をアレンジしたひと品だ。季節のご飯に、鯛をゴマだれのペーストで和えた「胡麻鯛」が添えて提供され、客の好みでご飯に乗せても、別々に味わってもいい。モチモチの鯛と、その身に絡みつく、なめらかで甘いゴマの風味が絶品で、すでに満腹のはずが食欲がムクムク湧いて来る。ご飯がすすむことうけあいだ。
プリプリの食感が楽しい「揚げ海老しんじょうと椎茸のお椀」(写真上)は、しっかりとうまみを煮出した鰹昆布だしで。木の芽と結び三つ葉が、締めくくりにふさわしい爽やかさをそっと添えてくれる。と、「時雨弁当」はこれで締めくくりだが、せっかくなので続いて、14時45分~の甘味と喫茶の時間に楽しめるスイーツセットもオーダーすることに。
京都に来たら立ち寄りたい! お昼を過ぎると甘味と喫茶が楽しめる
こちらは『菊乃井』本店の秋の人気デザートだという、「りんごのタルトタタンとゆずカモミールティ」(写真上)。タルトタタンは、りんごの間にキャラメルパウダーを入れてじっくり焼き上げられており、薄く重ねられたりんごのシャクシャクとした食感と、甘酸っぱい風味がなんとも口福なひと品。そこに添えられたしょうが飴のアイスクリームが、さっぱりとした余韻を残してくれる。
ガラスポットでやってくる柚子&カモミールティには、ドライアップルやローズヒップ、柚子の陳皮など様々なハーブが入っていて、華やかかつ爽やかな香りが鼻に抜けていく一杯だ。ほかにも、注文してから作る、とびきりもちもちの歯ごたえの本わらび餅や、宇治抹茶をたっぷりと使った抹茶パフェ、あまおうのソルベなど、常時6種のデザートがスタンバイ。
柚子&カモミールティのほか、コーヒー、紅茶、お抹茶とドリンクも4種類揃う。組み合わせてちょっとお得なセットとしても、それぞれ単品でも楽しめるのがうれしい。
さて、大満足の食体験を終えてレジに向かえば、そこにはオリジナルのだしや調味料、にゅうめんなどの『菊乃井』プロデュースの食材や、器やお箸、さらにはスキンケアコスメまで、オリジナルアイテムの数々が並ぶ棚が…。
来店の記念や、京都土産としても好評だそうなので、ぜひ訪れた際はお土産の品をチェックしてみては? 帰る頃には、訪れた際に見て触れた様々な「本物」について、きっと誰かに語りたくなっているはずだから。
【メニュー】
時雨弁当 5,000円
時雨弁当(お造り付き) 6,500円
無碍喫茶セットA 2,000円
(コーヒー、紅茶、お抹茶、柚子&カモミールティからドリンクを1品、無碍山房できたて本わらび餅、無碍山房濃い抹茶パフェからデザートを1品セレクト)
無碍喫茶セットB 1,700円
(コーヒー、紅茶、お抹茶、柚子&カモミールティからドリンクを1品、昔プリン、あまおうのソルベ、タルトタタン、今月の菊乃井本店からデザートを1品セレクト)
※価格は税込
(取材・文/笹間聖子 撮影/前田博史)
無碍山房(むげさんぼう)サロン・ド・ムゲ
- 電話番号
- 075-561-0015
- 営業時間
- 11:00~18:00 ※食事は11:00~12:30、13:00~14:30の入れ替え制、14:45~18:00は甘味・喫茶営業
- 定休日
- 不定休 (年末・年始休みあり)
※本記事に掲載された情報は、取材日時点のものです。
※電話番号、営業時間、定休日、メニュー、価格など店舗情報については変更する場合がございますので、店舗にご確認ください。