焼肉とは何か。その回答は無限にあるが「その本質は?」と問われれば答えは「高揚感」以外ない。
いまや焼肉にはハレもケもなくなった。週末の一家団らんで出かける家族焼肉、少し背伸びして出かける焼肉デートなどのハレ焼肉は健在だが、仕事の打ち上げの大衆焼肉や孤独に肉と向き合う一人焼肉など、焼肉におけるハレとケの境目は曖昧になりつつある。焼肉はいまや高揚感、アガるかどうか――を軸に語られるべき食だ。
その高揚感を演出する演者は肉であり、熱源や網であり、そうした調理法も含めた店の雰囲気である。正直言って無条件でアガる店はそう多くない。だからつい行きつけや居心地のいい店に甘えてしまう。
ところが探せばあるものだ。こんなサイズの国産ハラミを出す店が。
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あるいはこういう厚切りタンを出す店が。
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本当に希少な肉がいただける超穴場(要予約)
屹立するハラミと美肌のタン。この「極上厚切りハラミ」と「極上厚切りタン元」は、世にあふれ返るほどある「希少部位」とは違って、本当に希少な肉なので要予約ではある。だがこのご時勢にこれだけの肉を「2日前に予約をしてくだされば、だいたい大丈夫」と言ってくれる安心感。これぞ大船だ。
しかもこれだけ情報が行き届いた現代において、都心の店なのにほとんどが地元客。これだから山手線の(やや)外側の私鉄沿線はあなどれない。店内の黒板には「店のオキテ」として「タン塩はそのままで!」「タレ味はつけダレいらず!」と書かれている。つまり素材や味つけに自信があるのだ。
素材に自信があるからレモンは添えない。そういえば、とある名店の店主も「うちは、レモンかけないと食べられないようなタンは出してねえ」と言っていた。(もっとも本記事の店では、1/2個100円でも注文できる)。もみダレも、焼けばそのまま食べられるよう、味が決まっている。さしづめ鮨屋の煮切りのようだ。素材はいいが、肉に頼りきりにはならない。
この店には、いくつか欠かしてはならないメニューがある。例えばこれだ。
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野菜も産直の有機野菜をがっつり
見ての通り、露地物の生野菜盛り合わせである。産地直送の有機栽培だ。「肉じゃない!」とお叱りをいただくかもしれないが、少しお待ちいただきたい。本来、焼肉店でいい肉をいい味つけで出すのは当たり前のことだ。だが最近は「あれっ?」と思うような店がある。そういうアレな店のサイドメニューはやっぱりアレだ。逆に焼肉店なのに、野菜にも力を込めているとなればどうだ。肉についても期待できるというもの。いずれにせよ、肉を食うなら野菜も食べておけ(ちなみに以前、僕が一部の友人から「オカンくん」「オカンにーさん」というニックネームを拝命していたことがあるのは完全なる余談である)。
さて冒頭の「極上厚切りハラミ」と「極上厚切りタン元」は要予約。本日は、当日でも(たいてい)注文できる肉を前提に組み立ててみる。
まずはタン塩からだ。この店にはいいメニューがある。
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焼肉好きにとって最高のスタート姿勢
厚切り上タン塩、タンスライス、タンスジの盛り合わせ。要予約の「極上厚切りタン元」以外のすべてのタンが盛り込まれている。厚切り上タン塩もタンの付け根のやわらかいタン元だし、タンスライスはタンの真ん中あたり、ほどよいサシと弾力が魅力! タンスジはタンの付け根の下側部分。複雑に繊維と脂が入り交じる、噛めば噛むほど味が伸びる。特性の違う3つのタンの盛り合わせにいきなりありつける。焼肉好きとしては、これ以上ないスタートと言っていい。
次なる皿はこれだろう。
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希少部位でも希少部位とは言わないプライド
ロース3種盛りである。焼肉店のロースやカルビに具体的な部位の定義はないが、この店の3種盛りは内もものシンタマから切り出した部位。トモサンカク、シンシン、カメノコという他店なら「希少部位」と謳うであろう部位だ。醤油ベースの甘辛いもみダレで味つけがされ、溶き卵につけて食べるという選択肢も用意されている。
もし3名以上で訪れたなら、このメニューを追加してもいい。
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すき焼き風の食べ方でもしっかり厚みのあるリブロース
中(ちゅう)リブという肩からリブロースへとつながる部分。肩周りの濃厚な肉の味とリブロースの柔らかさを兼ね備えている。
焼きながらハサミでカットするタイプの肉でこちらも卵つき。こうしたすき焼き風のメニューは焼肉店でも肉を薄く切ることが多いが、この店では焼肉らしい厚さに切り落とされている。薄い肉を焼き網で焼くと、表面に香ばしい焼き目がつく頃には中まで火が通り過ぎてしまう。この網にしてこの厚さ。肉焼きにはすべて理由がある。
そして店の看板のハラミだが、「上ハラミ」なら当日でも注文できる可能性は高い。ただし売り切れじまいなので、できれば直前であっても電話を一本入れて取り置いてもらった方がいい。そうすればこんな肉に巡り会うことができる。
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いまや入手困難なハラミは特別ルートで
念のために言っておくとこれは「上ハラミ」である。確かに分厚いが、冒頭の画像と比較してみると、厚さは「極上厚切りハラミ」には及ばない。
国産のハラミは、現在入手がとても困難だ。基本的に良い焼肉店の質は営業年数で決まると言われる。肉の卸が重視するのは付き合いの長さだからだ。実はこの店主、現在は国内に数十店を構える焼肉店が1995年、恵比寿で創業した当時のオープニングスタッフだったという。「オーナーが学生時代の1つ上の先輩」でその後もさまざまな形で肉に関わってきた。
この日のハラミは長野県きっての焼肉の町、飯田市からやってきたもの。長く肉業界に携わるからこそ、こうしたルートを確保できる。
長い研鑽の証拠は肉に施された細かい仕事からも見て取れる。例えば、冒頭の極上厚切りハラミを焼くとどうなるか――。
こうなる。
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中央に一筋、隠し包丁が入っている。1辺3cmの角柱のハラミを焼くには、本来相応の練度が必要になるが、この店の肉にはいずれもきっちり仕事がなされている。
焼き色を塗り重ね、外側が木地呂の漆のような深い褐色になった肉を噛み切るとこんな断面になる。
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なんと豊潤な肉汁のダイナミズム。ハラミの味を最大限に膨らませるには、外はこんがり、芯にもじんわり熱を加えることが必要だ。目をつぶって噛み込めば、ハラミの肉繊維の間から肉汁が寄せては返す。どこまでも続く多幸感。これが厚切り肉の本領だ。
この他にもこの店には、様々な仕掛けがある。韓国の辛い万能調味料タテギで中盤から味にアクセントを加えるのもいいし、名物の「かぶり丼」もある。青唐スープやホルモンだって捨てがたい。ただ、どうしてももうひとつだけ紹介したい品がある。
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