連載2回:雑煮の歴史と由来について【日本料理研究家/近茶流嗣家・柳原尚之】
1年に一度、気持ちを新たにして迎える新年。どんなにライフスタイルが変化しても、自分の生まれ育った土地の雑煮は、特別な思いや、愛着があるもの。そんな雑煮は、土地土地で千差万別といえるほど、汁や具材、餅の形状や料理法にバリエーションがあるのはご存知の通り。
ライフワークとして代々で47都道府県の雑煮を食べ歩き、今も研究を続けるという、江戸懐石近茶流嗣家(きんさりゅうしか)の柳原尚之さんに、さまざまな角度から雑煮の雑学についてお話しいただこう。
餅には神様の魂が宿る
日本人にとって、古くから餅はハレの日に食べるものでした。特に正月の餅は神(歳神様)が宿るものとして、家の中で一番格の高い床の間に飾られ、形は三種の神器、八咫鏡(やたのかがみ)の形に似ていることから、鏡餅と言われ、丸く形作られます。丸いものというのは望月信仰にもつながっていて、満月になぞらえ、お腹を満たす、生活性を満たすに通じるものでした。
餅の材料はもち米です。日本に最初に伝来した米は、うるち米ではなく、もち米系の品種と言われています。その後、うるち米が一般に広まった後も、うるち米より収穫量が少なく、高価であったもち米は、神に供える特別な食べ物としてふさわしいとされたのでしょう。関東では角餅が一般的ですが、これは関西から丸餅として入ったが、略式として江戸で角型になったと言われています。正月に餅を食べるのは平安時代、宮中で行なわれていた「歯固之儀(はがためのぎ)」が始まりで、その後、餅を入れて、各種の具材を入れた雑煮は、室町時代から食べられていたようです。
なぜ正月に「雑煮」を食べるのか?
雑煮の由来については、いろいろな説がありますが、私の祖父、柳原敏雄の著書『伝承日本料理』(NHK出版)ではこう紹介されています。
『雑煮は餅を主体にした羮で、もとは臓腑を保養するもので「保臓(ほぞう)」、それから「烹雑(ほうぞう)」へと変化したという説があります。また、九州で雑煮を「なおらい煮」とよぶところが多いのは、年越しの夜に神をむかえて行った祭りの直会(なおらい)として供饌の餅を下げ、雑煮を祝った事によると言われています。』(322頁)
昔は温かいものを食べ、お腹を温めることで胃腸などの五臓六腑を健康に保ち、病気にかからないという考え方がありました。このことを臓器を保つという意味で「保臓」(ほぞう、ほうぞう)と呼び、その「臓」が「雑」に転じて「雑煮」になった、と。神様の魂が宿る、縁起物の餅を加えた、温かい汁物を正月に食べることで、1年の無病息災を願ったのです。
温かい汁物のことを昔は「羮(こう・あつもの)」と言っていました。雑煮もこの羮の一種です。平安時代の貴族の食事を調べてみると、冷たい料理が多い。今では温かいものを温かく食べることは当たり前ですが、当時はできなかったのでしょう。羮は体によいご馳走だったのです。
なお、神様に供える鏡餅では、2つの餅を重ねて飾ります。これは奈良東大寺で行なわれる法会「お水取り」がルーツのひとつとされています。平成30年で1,267回目を数え、1回も滞りなく毎年続いている行事です。このお供えの餅を檀供(だんく)というのですが、餅を1,300個以上ついて丸め、高く重ねて十一面観音様にお供えします。その簡易版が、餅を2つ重ねる鏡餅として広まったとも言われています。
日本全国を回れば、こんなにユニークな雑煮も!
雑煮は地方によってさまざまな特色があり、餅の形も具材も、だしも作り方も違います。私の祖父、柳原敏雄は、日本の郷土料理の研究者でもありました。戦前から日本全国を回って郷土料理を研究していたのです。その中でも、もっとも色濃く地域の特色が出るのが、正月のおせち料理と雑煮でした。私も受け継いで今も研究し続けていますが、その中でも印象に残った雑煮がいくつかありますので紹介しましょう。
東北・岩手県の三陸海岸地方の「くるみ雑煮」。煮干しだしで、焼いた角餅の入る雑煮ですが、変わっているのは餅の食べ方です。ゆでたくるみをすりつぶして作った甘いくるみだれを作り、雑煮の餅をこのたれにつけて食べるのです。
四国・香川県の「あんもち雑煮」。甘いものが贅沢だった時代。和三盆で有名であった高松藩の土地柄を反映させている雑煮です。煮干しだしで白味噌仕立ての雑煮に、甘い小豆あん入りの丸餅を入れます。
九州・長崎の具雑煮。あご(トビウオ)だしのすまし仕立てで、焼いた丸餅。具は鶏肉、かまぼこ、白菜、人参、唐人菜など、必ず奇数(9種や13 種など)入れます。日本の雑煮の中でも、もっとも具だくさんで豪華とされています。具が多く、椀にすべての具が入るように、竹串にまとめて通しておき、一度に椀に入れます。
また、雑煮に青菜を入れるところは日本各地にありますが、食べる時に「名を上げる」という意味で青菜を持ち上げてから食べたり、「名を残す」という意味でわざと青菜だけ残すという風習もあります。武家時代の名残ですね。
徳島の祖谷(いや)地方では、餅を入れない「餅なし雑煮」もあります。干し椎茸でだしをとり醤油で味をととのえたすまし汁。昔は山奥で米があまりとれなかったため、餅の代わりに豆腐や里芋など、土地で採れたものを餅に見立てて入れるのです。
雑煮は地方によって、これほどの違いがありますから、家庭によっても少しずつ違ってくるもの。家によっては、元旦は旦那さんの家の雑煮、次の日は奥さんの実家の雑煮と、違う雑煮を作って食べる家もあるようです。あとは、雑煮を作るその家の奥さんの好みが反映されるでしょうね。たとえば関西なのに、東京出身の奥さんの好みで具や汁がだんだん江戸風になって、子供たちもそっちのほうがおいしいと味方したりして、ハイブリッドになっていくことも。そんなところも雑煮の面白さなんですね。
柳原家の雑煮、おいしい雑煮作りの秘訣おしえます
一般的な江戸雑煮は、すまし仕立てで鶏肉や青菜、人参、なるとや里芋が入るところが多いですね。近茶流は魚河岸とのつながりがあるので、必ず海老を尾頭付にして入れるのが大きな特徴です。あとは、柚子と小田原かまぼこが入りますね。
では、「近茶流江戸雑煮」(写真下)の作り方を紹介しましょう。
【材料:4人前】
・車エビ … 4尾
・鶏もも肉 … 150g
・小松菜 … 1/2把
・かまぼこ … 2枚
・角餅 … 4個
・黄柚子 … 少々
・鶏もも肉の下ゆで汁
・[A]水 … 1/2カップ
・[A]酒 … 大さじ1
・[A]塩 … 小さじ1/4
・本汁
・[B]鰹昆布だし … 900ml
・[B]淡口醤油 … 小さじ1
・[B]塩 … 小さじ1
【作り方】
①鶏もも肉はそぎ切りにして、[A]の下ゆで汁で火が入るまで煮る
②小松菜は塩をひとつまみ入れた熱湯で湯がく。餅はきれいな焼き目をつけて焼く。かまぼこは半分に切る。
③車エビは、背わたを取り、お腹に包丁目を入れて、ひたひたの水に酒(大さじ1)、塩(小さじ1/2)を入れた中で、1分ほど煮て火を消し、汁のままつけておく。
④だしに淡口醤油と塩を合わせて、本汁[B]を温める。
⑤お椀に①、②、③を盛りつけて、④を注ぎ、最後に重ね松葉に切った黄柚子を飾る。
おいしい雑煮を作る上で、大切なポイント
雑煮をおいしく作る上でいちばん大事なことは、「だし」です。普段は顆粒だしやだしパックを使っていても、ぜひ正月は、おいしいだしを引いて雑煮を作ってみませんか。良質の昆布、いい鰹節で引いただしは、格別です。
だしに使われる昆布ですが、これも地域性があります。たとえば関東では日高昆布、京都なら利尻昆布、大阪は真昆布、日本海に面した地方では羅臼昆布。このように、土地に合った昆布が使われています。あとは、あなたの実家で使ってきた昆布を使うこと。そうすれば自分が育んできた味を再現しやすいはずです。
鰹節に関しては花鰹でもいいですし、普段から花鰹を使っている方なら、ランクアップして枯れ節や、本枯れ節を使えば、香りの良いだしがとれます。ちなみに花鰹は荒節といって、カビ付けしていないもの。カビ付け4回以下のものが枯れ節。それ以上が本枯れ節となります。私も普段は花鰹を使いますが、枯れ節はやはり香りが違います。お正月用には、鰹節屋さんに行って、本枯れ節の削り節を買ってみてください。ただ、保存は1週間以内が目安となります。
だしの引き方にもタイミングとポイントがあります。水に昆布を入れて火にかけて、15分くらいかけてゆっくりと温度を上げ、70℃くらいで昆布を取り出し、もう一度沸かします。火を止めて鰹節を入れます。一般的なご家庭でしたら、鍋の全体をおおうくらい(1ℓにつき4gくらい)。鰹節を静かに沈め、1分くらいしたら漉します。いい昆布といい鰹節を使えば、いいだしが出ます。このだしを口に含むと、多くの人は「日本人に生まれてよかった」と思うはずです。
もちろん、地方によっては鰹節でなく、あごだしだったり、イリコだったりしますから、その土地の材料を使ってください。その地方の素材を使って初めて、その土地の雑煮の味になりますから。
毎年毎年、当たり前のように食べている雑煮ですが、自分の生まれ育った土地に対する愛着、ひいては日本人としてのアイデンティティにつながるもの。最近は「食育」の大切さが叫ばれていますが、一回教えたら終わりというのではなく、やはり毎年伝え続けることによって、知らず知らずのうちに、子供の頭の中に残るもの。その時は分からなくても、大人になれば自然と自分の子供に教えたりするものです。それが文化の継承というもの。ぜひ一度、自分のお父さん、お母さんがどんな雑煮を食べて育ったのかをしっかり聞いて、継承していってほしいと思います。
参考文献
『伝承日本料理』(柳原敏雄著)NHK出版
※写真はイメージです
写真提供元:PIXTA
編集協力:糸田麻里子(フードライター/エディター)