連載3回:「恵方巻き」について【日本料理研究家/近茶流嗣家・柳原尚之】
この数年で、すっかり日本全国でおなじみとなった「恵方(えほう)巻き」。節分に、その年の恵方を向いて無言で1本丸ごと食べ、その年の幸運や無病息災などを願う風習だ。そんな「恵方巻き」を食べる習慣はいつ、どうやって生まれたのだろうか。そして、そもそも「恵方」とは何を意味するのか?
今回も、NHK『きょうの料理』講師でおなじみ、NHK大河ドラマ『龍馬伝』や時代ドラマ『みをつくし料理帖』の料理監修や時代考証も多数手がける、江戸懐石近茶流嗣家(きんさりゅうしか)の柳原尚之さんに話をうかがった。
そもそも「節分」とは? 「恵方」とは?
節分というのは、季節の変わり目の前の日を言い、年4回あります。その中でも最も重んじられる節分が立春の前の日になります。きびしい寒さが続く小寒、大寒などの「寒」の終わり、つまり冬の終わりの日なのです。
医学の発達する以前は、寒の時期は1年で一番多くの人が病にかかったり、亡くなったりしたことでしょう。今で言うインフルエンザも流行ったことと思います。節分を境に、春に向かって季節が大きく変わっていく節目の日で、当時の人にとって、春を迎える節分は1月1日の元旦と同じくらい節目の日とされていました。
ちなみに、旧暦では節分は年の明ける前となり、新年は暦の上でも春となっていることから、その名残で正月にも迎春や新春の言葉を使います。
節分といえば「鬼は外、福は内」の豆まきです。豆というのは「魔物を滅する」(“ま”ものを“め”っする)という意味もあり、古くから魔よけに使われてきました。煎った大豆を使う理由として、豆を煎る時のぱらぱらという音を、鬼や魔物が嫌ったという説もあります。
節分には鬼が来ると言われていますが、私たちがイメージする鬼の姿は、頭に角があり、虎皮のパンツをはいています。その理由は方位と十二支に関係があります。
中国から日本に伝わっている方位学に「鬼門(きもん)」という万事忌むべき方角があり、これは北東のこと。方位学では東西南北の方角を12に分け、一つひとつに十二支の名前がつけられています(写真上)。鬼門を示す北東は「丑寅(うしとら)」の方角。つまり、鬼は牛(丑)のように角を生やし、虎(寅)の毛皮を身にまとっている、「丑寅」の化身として、あのような姿で描かれているわけです。
日本の都や重要な建物を作る際、鬼門の方角に神社仏閣を置きました。京都では比叡山・延暦寺ですし、江戸は東叡山・寛永寺などがありますが、その方向から悪いものが入ってこないようにしたのです。
鬼や魔物というのは、つまるところ自分自身の内なる“けがれ”であり、そのけがれを外に出し、福が来るように恵方を向く。そこから「鬼は外、福は内」という豆まきが生まれたと言われています。
2021年の恵方は南南東。歳神様がおられる方角を向く
一方「恵方」とは、その年の福徳を司る歳徳神(としとくじん)、歳神様(としがみさま)がおられる方角を指し、たたり神などの巡ってこない方角とされています。詳しくお伝えすると十干(じっかん)、陰陽五行説なども関わるので、字数が尽きてしまいますが、暦によって毎年変わる恵方を向くことで、幸せを願ったわけです。ちなみに2021年の恵方は南南東とされています。
また、「初午(はつうま)」(2月の最初の午の日、2021年は2月2日)が近いこの時期、午の日というのは昔から火事が多いとされています。五行説と合わせると午の方角は「火」を意味し、ちょうど寒い時期で乾燥しているので、実際、火事が多かったのでしょう。
そこで火伏せのため、午の日や二の午(2月の2回目の午の日)などに、あえて恵方にある店から塩を買って、それを北の方角に置いたそうです。北は五行説では午の火と対局にある「水」を意味する方角。「恵方からものを買ってくる」という意味では、こういった民間信仰も少し関係しているのかもしれません。
また、節分の日は、柊(ひいらぎ)の枝にいわしの頭を刺し、門や軒先に飾るということが江戸時代にはすでに行われていました。これも“けがれ”が入ってこないよう、魔よけとしての習慣です。柊はとげがあり、触ると痛いので、いわしは臭うから鬼が寄ってこないという意味合いが込められていますが、諸説あるようです。
わが家では、節分の日の夜は大豆を使った五目豆と、いわしの梅煮を食べるのが定番。栄養もあるので、風邪をひきやすいこの時期にはおすすめです。
「恵方巻き」の発祥と歴史。実はあのコンビニが流行らせた!?
さて、節分に食べる「恵方巻き」のお話です。「恵方巻き」はもともと関東にはない習慣でした。起源ははっきりと分かっていないようですが、恵方巻き=巻き寿司ですから、歴史としてはそれほど古くありません。
戦前に大阪の寿司商組合がはじめ、戦後に海苔問屋協同組合と組んで「幸運巻寿司」として売り出したのがきっかけと言われています。それが大阪を中心に少しずつ広がっていったようです。そして1980年代に巻き寿司の「丸かぶり早食い競争」が行われたり、1989年に広島のセブン-イレブンが「恵方巻き」という名前で巻き寿司を売り出し、2000年以降に全国に広まったと言われています。
ここ数年では、デパートに行ってもお料理屋さんやフレンチのお店まで恵方巻きを販売しており、盛り上がりを見せています。
恵方巻きを食べる習慣は、新しくできたものですが、お祭りや行事の際に、寿司を食べるという習慣は昔からあります。寿司というのはもともと、魚と米と塩を合わせて乳酸発酵させた熟鮓(なれずし)、保存食として生まれ、その後、お酒や酒粕を加えた生成(なまなり)になり、お酢を使った早ずしへと変化しました。この早ずしが発展して箱寿司になり、握り寿司や棒寿司になっていきました。
微生物の知られていなかった昔は、「発酵」というのは神様のお恵みとして、神様が作って与えてくれるものとして考えられてきました。ですから、寿司は昔から格の高い食べ物で、ハレの日の料理になっていったのです。日本酒がお神酒として神事に使われるのも、そうした理由からです。
最高においしい「恵方巻き」とは? 具に○○○を入れること! 作り方のポイントおしえます
「恵方巻き」は七福神にちなんで7種類の具を入れることが多いようですが、家庭で作るのであれば、太巻きより細い、中巻くらいが食べやすく、具の種類は奇数の3種類、5種類でも十分おいしい巻き寿司が完成します。
具の組み合わせは、しいたけやかんぴょうのうま煮、穴子など、味の濃いものを入れるのがポイントです。恵方巻きは醤油をつけないで食べるものですから、味のしっかりついた具を入れないと、太巻きや中巻きの場合は味がぼやけてしまいます。
ここで、私がおすすめする、おいしい恵方巻きの作り方を紹介します。まず一番のおすすめの具は…
穴子です。うまみのある穴子が入ると巻き寿司はグンとおいしくなります。穴子、しいたけ、かんぴょう、卵、あとは彩りのいい海老おぼろを合わせましょう。【海老おぼろの作り方】については、以下をご参照ください。
【材料】
・芝海老(殻付き)… 200g(むき海老の場合は100g)
・酒 … 大さじ3
・砂糖 … 大さじ1
・塩 … 小さじ1/4
【作り方】
①芝海老は頭と殻を除き、竹ぐしで背わたを抜き、塩水で洗う。水気をふき取り、まな板の上で細かく包丁でたたき、すり鉢でよくする。
②小鍋に①を入れ、酒を加えてなじませてから、弱火にかける。
③菜箸を4〜5本束ねたもので混ぜながら、水気が出てきてやや桜色になったら、砂糖、塩を加える。さらに束ね箸を使って細かくほろほろになるまで焦がさないように煎る。
もうひとつのポイントが「巻き方」です。コツは無理に「巻こう」としないで、手前の寿司飯と具を向こう側に「置く」イメージで巻きます。
無理に巻こうとすると具が中心におさまらず、失敗しやすいです。最初はかんぴょう巻きなどの細巻きで練習するといいでしょう。
長いもの、巻きものは縁起がいいとされていますから、節分には手作りの「恵方巻き」をぜひ味わって下さいね。
参考文献
『守貞謾稿』
『柳原一成の和食指南』NHK出版
※写真はイメージです
写真提供元:PIXTA
編集協力:糸田麻里子(フードライター/エディター)