目の前で焼かれる獣肉に心躍る、いま注目のジビエ料理!
雑居ビルの格子戸を引くと、ネオンきらめく外苑前の雑踏は、市中の山居へと変わる。ぐるりと取り囲むカウンターの中央には、囲炉裏にくべた炭が火照る。
ここで焼かれるのは、“ジビエ”と呼ばれる狩猟によって捕獲された野生の鳥類や獣たち。独特の香りや個性味が苦手という方も少なくないが、昨今は「蓼(たで)喰ふ虫も好きずき」で、ブームもありジビエファンも増えたよう。『たでの葉』と名付けられた店内には、冬の訪れとともに獣肉ラバーが集い、瞬く間に席が埋まっていく。
おいしい理由は、ハンターの捕獲方法と処理にあり!
一枚ずつ丁寧に羽根を抜いた「鹿児島県出水市産の天然尾長鴨」(写真上)が披露されると、カウンターに歓声が響き渡る。「鴨は血がうまいんです!」となまりまじりで話すのは、自らも狩猟免許をもつ店主の小鶴清史(こづるきよふみ)さん。訊くと、捕獲の仕方に驚かされた。
その方法は、銃猟ではなく、網で捕らえる無双網獲り。すぐに樫(かし)の木で頭を叩いて気絶させ、酸化しないよう0℃の冷蔵庫に頭から吊るして胴体に血液を送る。徹底した処理で血中のアミノ酸を逃さず、うまみ成分を閉じ込めるというワケだ。
たっぷりのうまみを携えた尾長鴨は、炭の輻射熱(ふくしゃねつ)で火入れする。熱の加減こそ、腕の見せどころ。ジビエ料理の名店『またぎ』で研鑽したテクニックを見ていると、まるで肉とおしゃべりしているかのよう。険しい眼光で、炭との距離を完璧にはかり、肉によって炭火の熱を使い分ける。
こちらが完成した尾長鴨のお料理(写真上)。まず美しい深紅色に、うっとり見惚れてしまう。外の皮はパリッと、低温でじっくり火入れされた身は格別に柔らかく、肉汁と血のうまみがじわじわと染み渡ってくる。養殖が盛んな鹿児島の出水海苔や米を食べて育った尾長鴨は、甘みがナッツのように芳ばしく滋味豊かで、獣臭さを感じさせない。
あま〜い脂がジュースのようにあふれ出る「天然蝦夷鹿」
「北海道産の天然蝦夷鹿」(写真上)は、自家製のタレにくぐらせながら、赤々とおこる炭の上で豪快に炙る。そのシズル感もまた最高のスパイスだ。濃厚なタレと芳ばしい炭の色香をまとった鹿肉から溢れ出るのは、甘い脂のだし。一滴たりともこぼさず飲み干したくなる。
幻の天然尺ヤマメがジビエに負けない納得のワケ
エメラルドグリーンに輝く熊本県球磨川(くまがわ)の支流・川辺川は“うまみの宝庫”と胸を張る小鶴さん。故郷の川を絶賛しながら見せてくれたのは、30cmを超える「天然尺ヤマメ」(写真上)である。通常ヤマメは小さい川の渓流や支流でとるため、ここまで成長しないらしい。「あまりにも水が綺麗すぎて、本流で生息しちゃったんですね〜」と、立派に育ったヤマメに愛おしそうに目をやる。
雨量が多くダムがないゆえに、魚の餌となる微生物や珪藻(けいそう)が豊富なことも大きく成長する理由だ。魚が育む好条件が揃った川辺川のヤマメを、塩で意匠してゆっくりと火入れする。皮にぷくぷくと気泡が生まれて白斑(はくはん)柄に染まったら、口をあんぐりと開けて卓上で泳ぎだす。(写真上)ヤマメの渓流釣りが解禁されるのは3月から。精力溢れるジビエもよいが、初春の滋味も待ち遠しい。
大きなヤマメを育む清流は、ときに仕込み水となって球磨焼酎「豊永蔵」や「麦汁」(写真上)を支えている。フランスワインも良いが熊本名産のワイン「菊鹿」と地場のジビエをペアリングしてみるのも愉しいだろう。
最後は大輪の花のように咲く冬の名物「生態系の頂点」で〆る!
さらなる感動は、クライマックスにやってくる。炉に並ぶ炭が崩されると、その合図。間もなくして紅白のコントラストが見目麗しい「北海道産のヒグマ」(写真上)が登場。
昆布のうまみで色づくだしにくぐらせると、たちまち純白の脂は透き通り、きめ細やかな脂の輪を連ねはじめる。その身は栗のように芳ばしい香りを放つ。時間を追うほどにつややかさを帯びていく脂は、さらりとしていて蜜のように深く甘い。濃厚さを増しただしが染みた根付きのセリや、香り高い野菜たちもまたごちそうだ。
日本一のアユは地元で父の釣る“天然尺アユ”
「本当に食べてもらいたいのは、僕の地元で獲れる“天然のアユ”なんです!」。ジビエでたっぷり英気を養ったあとの小鶴さんの発言に、意表をつかれた。
小鶴さんは熊本県で趣味が高じてアユ漁師となった父の背中を見て育った。川に網を張るのは1〜2時間。これ以上長いと、アユの鮮度が落ちてしまうからだ。捕まえたアユは、その場で生きたまま氷締めする。釣り師歴37年の腕前は、川辺川きっての“アユ釣りの名師”と呼ばれるほど。水底がくっきり見える澄み切った急流には陽が燦々と当たり極上の苔を育む。グルメなアユは丸々と太り、囲炉裏で炙ればじゅわっと脂が溢ふれだす。スイカのような清々しい香りに鼻腔をくすぐられると“蓼酢”に浸してかぶりつきたくなる。
「幼い頃、父に連れられて毎晩のように川辺川へ通っていました。友人たちは人気アニメ番組を見る時間。あの頃は自分だけ手伝わされていることが本当に嫌でしたね」。
ほろ苦い思い出の味は、料理人になった息子が最高のごちそうに仕立て上げた。“地元の至宝”を多くの人に味わって欲しいから、夏はアユを、冬はジビエを供する二刀流のスタイルが確立した。
【メニュー】
ディナーコース 10,000円
日本酒 800円~
グラスワイン 700円~
ボトルワイン 3,900円~
※ 価格は税別・サービス料5%別
たでの葉
- 電話番号
- 050-3313-6844
- 営業時間
- 月~土・祝前日 ディナー:18:00~24:00(L.O.22:00)
- 定休日
- 毎週日曜日 祝日
※本記事に掲載された情報は、取材日時点のものです。
※電話番号、営業時間、定休日、メニュー、価格など店舗情報については変更する場合がございますので、店舗にご確認ください。