連載5回:ひな祭り(桃の節句)の行事食ついて【日本料理研究家/近茶流嗣家・柳原尚之】
春の訪れを告げ、女の子の健やかな成長を願う3月3日の行事「ひな祭り」。「桃の節供」とも呼ばれるこの節供には、どういう由来があり、どんな歴史や意味が秘められているのだろうか。また「ひな祭り」に食べられてきた行事食とは?
連載5回目の今回も、NHK『きょうの料理』講師でおなじみの「江戸懐石近茶流嗣家(きんさりゅうしか)」・柳原尚之さんにご登場していただき、「桃の節句」の歴史や行事食について解説していただく。
ひなまつり(桃の節供)とは? 由来や発祥について
ひな祭りは元々は「上巳(じょうみ)の節供」と呼ばれていました。五節供(人日、上巳、端午、七夕、重陽)と呼ばれる5つの節供のひとつで、陽数(中国では奇数のことを言う)が重なる日は忌み日とされ、平安時代くらいから邪気を祓う祭りの日として、公家から武家、町人へと広がりました。
中国・秦の時代、上巳の日に、身を清めるために川に入り穢(けが)れを落とすという故事があり、平安時代に日本に伝わりました。その後、災いを川に流すという意味で、人形を川に流す「流し雛(びな)」へと変化しました。それが江戸時代になり、人形自体も華やかになって、流さずにめでるようになったのです。さらに、雛人形のお祭りということで女の子の祭りとなりました。
上巳の節供は旧暦の3月3日頃に、ちょうど桃が咲いている時期ですから、桃の節供とも呼ばれています。中国で昔から桃木には邪気を払う力があるといわれています。
「桃の節供」の食べ物には、“子孫繁栄”の願いが込められている!?
では、上巳の節供の行事食はどのようなものがあるかご存知でしょうか? 代表的なものは「菱餅(ひしもち)」です。
菱餅は下が緑で中が白、上が赤(ピンク色)という順番で重なっています。下から緑、白、赤ですね。この色については、春の息吹を表しており、下から草が生え、上には花が咲くという色を意味し、それが豊穣につながり、願いごとが成就するというところにつながっています。
なお、菱餅の元々の原型というのは、天皇家で今も行われている「歯固めの儀」に出てくる「菱葩餅(ひしはなびらもち)」と言われています。
これは正月に食べる菓子花びら餅の原型で、まるくうすいお餅にピンク色の四角いお餅をのせ、そこにごぼうを置いて巻いたもの。
白いお餅に赤いお餅、それを重ね合わせてその中にごぼうを入れるというのは、男女の交わりを意味しており、それをお餅で包むことによって子供が生まれるという、ちょっと艶のある話につながり、「子孫繁栄」の願いとなったわけですね。ひな祭りの菱餅も同じ願いが込められています。
もうひとつ、桃の節供の行事食として挙げられるのが「白酒」です。奈良・春日大社の春の神事では御神酒(おみき)として、白酒(しろき)と黒酒(くろき)を供えます。
白酒というのはにごり酒で、今でいうみりんの中にうるち米などを入れて白濁させたお酒。黒酒というのは久佐木という植物を焼いた灰を白酒に入れた、保存がきく灰色のお酒です。この神事に供えられたお酒が白酒のルーツとされています。子供たちが飲む場合は、米と麹で作った甘酒をすり、白酒にします。
「ひな祭り」に食べる料理の歴史と由来は?
五節供は江戸にいる大名たちが江戸城へ総登城し、お互いが顔を合わせ挨拶する日でもありました。その風習を町人も行うようになり、節供には親戚や隣近所、習い事のお師匠さん、お得意様に挨拶することが広がりました。その時に持って行くものは「白酒」、「ハマグリ」や「サザエ」、「炒り豆」、重箱詰めの料理だったそうです。
また春は水がぬるみ、貝類の旬とも重なります。二枚貝は一度閉まったら開かないことから、貞操の象徴でもあります。
また、ハマグリの貝のちょうつがいには深い溝が刻まれ、上下の貝がしっかり合い、ほかの貝では合わないことから夫婦和合の縁起もあり、昔の貴族の嫁入り道具に「貝合わせ」を持っていったことから、女の子の日でもある「ひな祭り」にハマグリのお吸い物を食べる風習へとつながります。
また江戸の湊では、多くの貝がとれ、江戸の庶民も潮干狩りと楽しみました。ハマグリ以外にも、アサリ、アオヤギ、シオフキ、赤貝など種類も豊富で、江戸料理には多くの貝が登場します。今でも深川めしなどは代表的な江戸料理になります。
ひな祭りといえば「ちらし寿司」! 近茶流「追い込みちらし」の作り方をおしえます
ひな祭りの料理としてよく食べられるのが「ちらし寿司」です。日本全国で、祭りの時にちらし寿司、五目寿司が食べられています。一度にたくさん作ることができ、“人寄せの料理”として作られました。
桃の節供にちらし寿司を食べる由来は、見た目が華やかで、縁起の良い意味の食材を多く使っているので、ひな祭りに食べるようになったのでしょうね。
ちなみに、おいしく作るコツは、具は何でも入れればいいというものではなく、味のバランスが大切です。ポイントとしては、味つけの濃い、甘辛いものを入れると味にメリハリがつき、おいしくなります。また酸味のあるものを加えるとアクセントになりますね。海老やかまぼこを入れて、錦糸玉子をたっぷりのせると見た目が華やかになります。
では、一つの鍋で色々な食材を順々に味を変えながら煮る“追い込み煮”の手法を使った、おいしく作れる近茶流の「追い込みちらし寿司」(写真上)の作り方をこっそり教えましょう。
「追い込みちらし寿司」の作り方
まず、近茶流のちらし寿司の盛り付けでは1年の季節、春夏秋冬を表します。具体的には、青春(せいしゅん)、朱夏(しゅか)、白秋(はくしゅう)、玄冬(げんとう)といって、青(緑)が春、夏が朱(赤)、秋が白、冬が玄(黒)を意味し、それに太陽の黄道を表す黄色を加えて、一年の季節をちらし寿司に表現します。
▼「追い込みちらし寿司」の作り方
【材料:4人前】
・米 3カップ
・打ち酢(米酢 大さじ4、淡口醤油 小さじ1と1/2)
・にんじん … 150g
・[A]だし … 1カップ
・[A]砂糖 … 大さじ2
・[A]醤油 … 大さじ4
・干ししいたけ 4〜5枚
・[B]Aの残り汁
・[B]砂糖 … 大さじ1
・[B]醤油 … 大さじ1
・油揚 … 2枚
・[C]Bの残り汁
・[C]砂糖 … 大さじ4
・[C]醤油 … 大さじ1
・れんこん … 80g
・甘酢(米酢カップ1/3、砂糖大さじ11/2、塩小さじ1/3)
・錦糸玉子
・[D]卵 … 2個
・[D]砂糖 … 小さじ2
・絹さや … 50g
・紅生姜 … 適量
・焼きのり … 1枚
・酢、塩、サラダ油 … 適量
【作り方】
① 米は30分〜1時間前に洗ってざるに上げておく。水を690ml(米の量の15%増し・分量外)を加え、普通に炊く。
② にんじんはせん切りにする。干ししいたけは水で柔らかく戻して軸を除き、せん切りにして水気を絞る。れんこんは皮をむいて薄い半月切りにし、薄い酢水に漬ける。
③ 油揚げは熱湯で油抜きし、縦半分に切って小口からせん切りにする。
④ 鍋に[A]のだしと調味料を合わせてにんじんを入れ、中火で柔らかく煮てとり出す。
⑤ ④の残りの煮汁に[B]の砂糖、醤油を足し、しいたけを煮含めてとり出す。
⑥ ⑤の残りの煮汁に[C]の砂糖、醤油を足し、油揚げを入れて煮含める。
⑦ 甘酢の材料を合わせ、ひと煮立ちさせる。れんこんを酢水ごと鍋に移して火にかけ、歯ざわりを残してゆで、水気をよくきって甘酢に漬ける。
⑧ 錦糸玉子を作る。[D]の卵と砂糖を加えてよく溶き混ぜ、サラダ油少量を加えたフライパンで薄焼き卵にし、4cmの長さのせん切りにする。
⑨ 絹さやは塩ひとつまみを加えた熱湯で色よくゆでて水にとり、せん切りにする。
⑩ 紅生姜もせん切りにし、焼きのりは火であぶってからもみのりにする。
⑪ ごはんが炊き上がったら約10分間蒸らして飯台にあけ、打ち酢をして切るように混ぜ、すし飯が温かいうちに④〜⑥を加えて混ぜる。その後うちわであおぐとすしめしにつやが出る。
⑫ 器に⑪を盛り、汁気をきったれんこん、錦糸玉子、絹さや、紅生姜を彩りよくのせ、もみのりを散らす。
(食べる直前に全体を混ぜ合わせていただきます。)
ちらし寿司は、多めに作ったほうがおいしくなります。ですから、少し多めに作って、お隣さんや、ご自身の両親、お友達など、他の方々におすそ分けしてはいかがでしょうか。
それこそがもともとの「上巳の節供」で人々が行ってきた、旬の食べ物や料理を持っていろいろな人に挨拶に行くという習慣につながってきます。節供というのは人のつながりのお祭りでもあるわけですから、季節の味を分かち合うことで、人の大切さを確かめられるのではないでしょうか。
参考文献
『柳原一成の和食指南』(NHK出版)
※写真はイメージです
写真提供元:PIXTA
編集協力:糸田麻里子(フードライター/エディター)