幸食のすゝめ#062、澄み渡る汁には幸いが住む、白金高輪
「つくねです、塩でお焼きしました。生のピーマン、お付けしますか?」
店主鈴木一郎さんの爽やかなテノールが店内に響く。洋食でお馴染みのピーマンの肉詰めのように、生のピーマンでつくねを挟んで食べるのがここの流儀だ。
表面は塩で香ばしく、中は限りなくジューシー。ボイルではなく生から焼くつくねならではの肉の感触を楽しんでいると、ナンコツのコリコリした食感が味にアクセントをつけ、鼻腔にはピーマンの青い香りが抜けて行く。1人限定2本のつくねだけでも、この店の非凡さが分かるはずだ。
火、水、金、土の週4日間しかない営業日。カウンターとテーブルを合わせて18席、予約不可のプラチナシート。実質、3時間ほどの営業時間。開店の夕方5時と同時に満員になる店内では、ここでもつ焼きの虜になった客たちが一斉に席に着く。
お好みの部位と味付けを紙に書くか、食べたい本数を告げてお任せすると、まずはどこまでも澄み渡る汁の「煮込み」が登場する。
何の衒い(てらい)もなくシンプルであることで、最大のインパクトを与える衝撃の塩煮込みだ。
透明なスープの中に、ふわふわと揺れるシロやハツ元。もつ以外一切の具はなく、青い葱の清涼感を重ねただけ。味付けも、もつ本来のおいしさを引き立てるために加えられた塩だけ。しかし、噛み切れば上品な塩味の奥から、シロの上品な甘みが口の中を支配する。もちろん、巷のもつ焼きの店で出会う独特の臭みやエグみなどは一切ない。
まさに、この一瞬でリピートを決意した人、あるいは初めてもつのおいしさに開眼した人たちも多いだろう。
白金という土地、塵(ちり)1つ、脂の痕跡さえない清潔な店内。元来、芝浦で内臓の卸・小売を営んで来た肉のプロの眼で選び抜かれた、新鮮で上質な素材。すべての部位の特質を知り抜いた、繊細な下ごしらえと調理。コンクリート打ちっぱなしの端正な内装。無愛想な頑固親父ではなく、一郎さんと奥さん、女性スタッフが織り成す、丁寧で心が通う接客。
フレンチやイタリアンなら、最大級の賛辞で迎えられるはずの要素が、客が敬遠するマイナス要因になりかねないもつ焼きの世界。だから、清潔で美味、心優しき接客はもつ焼き界の静かなる革命児だ。
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