日本人が作り、日本で提供する「中国料理」の魅力とは?
新宿区荒木町界隈は、江戸時代から飲食店が軒を連ねた繁華街だったという。その賑わいは今も変わらず、大通りから路地裏まで飲食店がひしめき合い、この町特有の風情を漂わせている。
『の弥七』(のやしち)は、この荒木町エリアで2014年にオープンした中国料理店。個性的な店名はテレビドラマ『水戸黄門』に登場する「風車の弥七」から。店主の山本眞也さん(写真下)のご実家が『風車』という名の中国料理店で、それに続くワードを連想して命名した。
山本さんは上海での修業を経て、東京・三田の中国料理店『御田 桃の木』で研鑽を積んで独立。日本人が作り、日本の方に提供する中国料理をコンセプトに、調味料を使い過ぎず、素材の味を重視した料理を志向している。『の弥七』はオープン直後から話題を集め、すぐに人気店となった。
数寄屋造りをイメージした内装、広々としたカウンターと個室
開業から3年経った2017年6月、同じ荒木町エリアで移転。席数を増やし、個室を2室設けてゆったりと食事ができる店舗となった。内装は山本さんの好きな数寄屋造りを意識したデザインで、完全に和風の装い。エントランスの格子戸を開けると石灯籠が飾られ、随所に季節の花が活けてある。この室礼を楽しみに訪れるお客も多い。
カウンターはかなり奥行きを広くとって、鍋料理を食べる時にも手狭にならないよう設計されている。どの席に座っても店主が鍋をふる様子が見えるように、厨房のガスコンロの位置も工夫した。
中国料理と日本料理を“いいとこ取り”したコース!
『の弥七』の料理は、どのコースも基本7品ほど。日本料理店や寿司店で出てくるような素材そのものの味わいを活かしたひと皿と、直球の“ザ・中華”な料理が、絶妙な打順で供される。「コースの緩急を大事にしています」と山本さん。
構成は、日本の懐石料理を手本にしている。「先付」のイメージで最初に出される前菜は、北海道噴火湾産のカニを使ったひと品(写真上)。カニの内子と外子の上に、ふっくらと蒸したカニの身と、博多産の白イカ、北海道昆布森地区のウニが盛り付けられる。カニは、ハイシーズンには兵庫県香住産のものを使う。
柚子を散らした上から、紹興酒を使ったタレをかける。見た目は日本料理のようだが、タレを絡めて食べると、味わいは中華。自然にお酒に手が伸びる。
器にも注目して欲しい。料理を食べ終えてカニの甲羅を持ちあげてみると、冬景色とカモが現れた。「この料理は冬の前菜なので、皿も冬の絵柄を選んで盛りつけました」。山本さんは焼き物や骨董にも精通しており、貴重な器をコレクションしている。実はこのお皿、江戸時代後期に活躍した京焼の陶工・永楽保全の作品なのだ。
12カ月の風物を描いた皿で、12枚揃って、しかも箱まで残っているのは珍しい。美術館で展示されていてもおかしくないような器で食事ができるのも、『の弥七』ならでは。
1年を通じて供される、季節の素材を使った「鍋料理」はだしが際立つ
『の弥七』では、1年を通じて鍋を出す。この日は春の山菜と、刺身でも食べられる新鮮な貝類を具材にした鍋。懐石で言うところの「お椀」と「向付」を兼ねたひと品だ。
ウルイ、ギョウジャニンニク、ナバナ、茹でてだしに含めたタケノコ、ヒスイ豆と、トリガイ、ミルガイ、ハマグリ。貝類はアツアツのだしでしゃぶしゃぶのように火入れして食べる(写真上・下)。
このだしがまた『の弥七』にしかない、和と中華の融合した味わいなのだ。中国料理のだしにはさまざまなスタイルがあるが、鶏などのガラと肉を一緒に煮込むのが一般的。でも、「うまみはしっかりありながら、軽い、クリアなスープが理想」という山本さんはガラを使わない。
鶏の挽き肉や金華ハムなどを使ってコンソメのような澄んだスープをとり、そこに昆布のだしを合わせる。脂っぽさは全くないが、さっぱりし過ぎていることもなく濃厚な味わい。
そこへ野菜や貝を入れることでまたうまみが広がって、なるほど、「鍋」というよりも「お椀」、汁物として味わう料理だと納得する。鍋の具材は、ハモ、クエ、スッポンなど季節によって変わり、それぞれに違ううまみが楽しめる。
〆はガツンと、牛筋入り「麻婆豆腐」と炊き立てご飯を!
コースの〆として定番となっているのが「麻婆豆腐」(写真上)。調味のベースとなるのは、ニンニク、ショウガ、ネギ、そして、中国・湖南省産の甘みのある大ぶりなトウガラシを揚げて粉砕したもの(写真下)。
『の弥七』の麻婆豆腐は、豆板醤を使わない。「豆板醤は、辛みのあたりが強く、しょっぱさも感じる。刺激的な辛さではなく、うまみを一番に出したいんです」。山本さんの麻婆豆腐には、甘辛く煮込んだ牛筋が入っている。うまみにこだわって行き着いた組み合わせだ。
牛筋はごろごろっとした塊でたっぷり入っているが、主役の豆腐を邪魔しない。それは、豆腐と同じくらいのやわらかさに煮込まれているから。そしてやわらかい豆腐と牛筋を引き締めるのは、近江八幡産赤コンニャクのぷりぷりとした食感。片栗粉ではなく、葛粉でまとめ上げ、仕上げに四川省の特級青山椒で香りづけする。中華鍋から土鍋に移して火にかけ、グツグツに煮立ったところでテーブルへ。
タイミングを合わせて準備した、炊き立ての釜炊きご飯と一緒に供される。辛さはあるが、ずっと口に残るような刺激はない。牛筋のほんのりとした甘さと山椒の爽やかな香り、うまみを含んだ豆腐が、少し硬めに炊き上げられたご飯とベストマッチで箸が止まらない。片栗粉ではなく葛粉を使っているために食後感は軽く、翌日に体が重く感じることもない。
〆のひと品として、炭火で焼いたウナギを使ったチャーハンも人気。夏に向け、素麺を使った『の弥七』風冷やし中華も考案中だとか。
ほかとはひと味違う、ここにしかない中国料理に出逢える『の弥七』は、新しさと、いい意味の古さが同居する荒木町の風情と響きあう。店主の確かな調理技術に裏打ちされた、老若男女、誰でも楽しめる個性的なコース料理をぜひ体験して欲しい。
【メニュー】
おまかせコース
12,960円、17,280円、24,840円
※価格は税込み
※昼は予約のみ
の弥七
- 電話番号
- 050-5487-3956
(お問合わせの際はぐるなびを見たというとスムーズです。)
- 営業時間
- 昼食 11:30~14:30
夕食 17:30~23:00
最終入店時間 21:00
- 定休日
- 日曜日
※本記事に掲載された情報は、取材日時点のものです。
※電話番号、営業時間、定休日、メニュー、価格など店舗情報については変更する場合がございますので、店舗にご確認ください。