平成江戸前鮨の名店「すし匠」とは?
東京の鮨の名店を語る上で外すことができない存在が東京・四谷の『すし匠』である。丁寧な手仕事で仕上げる絶品の鮨とつまみを交互に提供するという独自のスタイルを築き、肩肘を張らない接客で、長年のファンを獲得してきた鮨の名店だ。その味もさることながら、板前の絶妙のチームワークによる、目配りの見事さは他店に類を見ないといわれ、一度訪れたお客をトリコにしてきた。
“江戸前鮨に一生を捧げている男”とも称される、親方の中澤圭二氏が『すし匠』を創業したのは1989年。東京・二番町に前身となる『すし匠 さわ』を出店し、1993年に現在の四谷に移転。この店が鮨通の中でも評判となり、1カ月、2カ月先まで予約が埋まることもしばしばとなった。2000年台には中澤親方の元で修業を積んだ弟子たちが『すし匠 まさ』、『すし匠 齋藤』、『すし浅尾』など、のれん分けの店を開店。さらにそれらの店から独立した弟子筋も含めると、2018年の時点で17店舗の鮨店が誕生している。うち7店舗の屋号に“匠”の字が入っており、いずれも中澤親方のスタイルを継承しながら、弟子たちが少しずつ個性を加えた魅力的な鮨店だ。これらの系列店も予約困難になっており、中澤親方と弟子一人ひとりが“すし匠ブランド”を築いてきたのは間違いない。
ダイレクトな答えが返ってくる。それが鮨店の醍醐味!
現在『すし匠』の総本山『四谷 すし匠』を任されている若き大将、勝又啓太さんにお話を伺うことができた。
▲東京・四谷の『すし匠』。凛とした佇まいが店の魅力を物語る
『四谷 すし匠』が店を構えるのはJR・東京メトロ四ツ谷駅から徒歩5分ほどの路地。駅から近い場所ながら、落ち着いた雰囲気の一角に、さらに落ち着いた佇まいが現れる。勝又さんは京都の一流日本料理店『嵐山 吉兆』の出身。あるきっかけで日本料理から鮨の世界に興味をもち、江戸前鮨の本場である東京に食べ歩きに行き、最初に訪れた『すし匠』に感激し、その日のうちに中澤親方に頼み込んだ。
▲2016年より『四谷 すし匠』を任されている勝又啓太さん。1985年生まれ。調理師専門学校を卒業後、京都『嵐山 吉兆』で2年半修業。2005年より『すし匠』に入店
「もう、その時は1日でも早く来ることが、一番やる気、誠意を見せることかと思ったのですが、親方からは『最低でもあと半年は『吉兆』さんで働いて、ご迷惑をかけないようにしてから修業に来なさい』と言われて……。円満で辞めることの大切さから教えていただきました。今でも『吉兆』とはきちんとお付き合いができるので、あの時の半年間は大事なものだったんだな、と後になってから思いました」。
最初の時点で、中澤親方の人間性のトリコになったという勝又さん。「親方がかっこいいというか、その人間性に感動しました。当時こんな20歳の僕にちゃんと丁寧に説明してくれて、すごく愛情を感じたんですね」。
同じ和食でも、全席個室の日本料理店の厨房で働くのと、カウンター主体の鮨店では、仕事のあり方がまったく違うことに気づいた勝又さん。「日本料理店では、この料理がどれだけ早く正確に作れるか、どれだけ美しく盛れるか、と突き詰めて考えていくのが現場の職人の意識で、お客さまの反応は仲居さんを通じて後から聞くことになります。一方、カウンターの鮨屋は、目の前で食べてもらうため、お客さまの反応がダイレクトに伝わります。その場の責任がすべてかかるぶん、ダイレクトな答えが常にもらえるというのが、カウンターのよさでしょうか」。
▲清潔感あふれる店内は、カウンターのみ11席。絶妙のチームワークが目配りとスピード感を生み、『すし匠』ならではの見事な接客につながる
カウンター主体の鮨店では“接客”のウエイトが非常に大きいのも特徴だ。「初めて来店した方や家族連れ、その横には接待客、そして隣には還暦を迎えた夫婦のお祝い……。そんな色々なシーンを楽しむお客さまが、一度にカウンターに並ぶことも珍しくありません。それでも、それぞれの方に違和感なく接客しなくてはならない。それが鮨店の醍醐味でもあり、逆に、リスクでもあるわけです。けれども、僕は人と話すのが好きで料理も好きで。この職業が天職というか、これしかないと思えるくらい、やりがいを感じています」。
感動を呼ぶ、『すし匠』の江戸前鮨とつまみ
とにかく手仕事が丁寧であることが、『すし匠』の大きな特徴。魚の産地や鮮度の見極めは当然として、締め方や熟成方法、熟成期間などを魚によって見極め、酢飯にも米酢と赤酢を使い分けている。そこで、代表的な鮨とつまみをいくつか作っていただいた。
たとえば、マグロの握り一つとっても、『すし匠』のこだわりがストレートに伝わる。勝又さんが好んで使うマグロは青森産の110kg~120kgの大型の本マグロ。このトロの部分を2週間かけて熟成させる。少し寝かせることにより、トロの脂を落としながらうまみを引き出すのが目的だ。
「最近は熟成が流行っていますが、寝かせればいいとういものではありません。要はおいしくするための熟成ですから、その魚に適した熟成期間を見ています。生でおいしいタイミングは、だいたい4~5日間ですが、産地の違う50kg、60kgクラスのマグロはそれ以上寝かせても、最高においしい時期が来ずにそのまましぼんでいく。中トロや血合いの酸味のある部位も、長く寝かせたら黒ずんでしまいますから、ギリギリまで時期を見極めます」。
このマグロを切りつけ、ヅケにしたのち、最後に細かく包丁を入れ、煮切りを塗って仕上げる。表面積を多くして空気に触れさせ、旨みを引き出すことが狙いだが、「熟成が充分で、これ以上酸化させる必要のない場合は包丁を入れないし、厚く切りつけて包丁を細かく入れるとか、逆に薄くして2枚にするとか……。それはその時のマグロの状態を見て決めます」。
このように魚の状態を見極めながら、お客が口にする瞬間においしさのピークが訪れるように手を尽くすのが『すし匠』のスタイルだ。
鮨店のプライドではない、すべては「お客さまの満足」のため
鮨とつまみを交互に出すという方式も、中澤親方が考案した。創業間もない頃、つまみと酒をたくさん頼んで、握りを出そうとしたらお腹いっぱいで食べられなくなってしまうというお客がいたからだ。
「うちは高級居酒屋ではなく鮨屋。だから、どうしてもお鮨を食べてほしい。そんな思いから、つまみの間に『お客さん、この一貫だけちょっと食べてみて』と、握りを出し、次のつまみの間に『もう一貫だけ食べてみて』と、つまみの間に鮨を組み込むようにして始まったそうです」。
単なる鮨屋としてのプライドではない。握りで出して、もっともおいしくなるように綿密に計算して仕込んであるネタも多いためだ。では、その中から、つまみ、鮨の一部を紹介しよう。
写真上の「いちご煮」は肌寒い日の一品目として出すことが多い、青森・八戸の郷土料理。アワビとウニの蒸し物のことだが、蒸しあがったウニが、木苺に似ているから「いちご煮」と名付けられたと言われている。
「蛤」。九十九里産のハマグリをさっとボイルし、煮詰めたハマグリのだしに漬けて冷まし、味をしみこませる。一般的な煮ハマグリと比べて加熱時間が短いため身が縮まず、歯ごたえも柔らかい。提供前にハマグリの出汁とツメを塗って仕上げる。酢飯は米酢を使った白シャリ。
「あんこうの茶碗蒸し」。アンコウの身とあん肝入り。茶碗蒸しの地と、あんかけのあん地にはアンコウの骨でとった出汁を使い、まさにアンコウ尽くし。上にもあん肝をのせている。魚を無駄にしないという、勝又さんの美学が表れるひと品だ。
そしてこちらが、先ほど紹介した「マグロのトロヅケ」。青森・津軽海峡産の大型の本マグロのトロを2週間寝かせて熟成させ、ヅケに。熟成により、脂を落としながら旨みを引き出す。提供直前に細かく包丁を入れることで空気に触れさせ、旨みをぐっと上げる。包丁の入れ方や熟成の加減は魚体の大きさや状態によって変えている。酢飯は赤酢の赤シャリで。
『すし匠』を代表する名作「あん肝スイカ」。醤油を加えた出汁で煮て、そのまま煮汁に2日漬けて味をしみこませたあん肝の上に、スイカの奈良漬をのせている。あん肝とスイカ、風味と食感のコントラストが感動を呼ぶ。
クオリティの高い接客の理由。絶妙のチームワークの秘密とは?
これだけ手間ひまのかかる仕込みと、緩急自在な接客のクオリティの高さ。中澤親方のDNAを引き継いでいる弟子たちが培った、もっとも大切なものは何だろうか。
「『すし匠』ではみんながやっていることなのですが、“チームワーク”を大切にしています」と即答した勝又さん。「一人ひとりのできる作業のマックスは限られていて。僕が全力でやっていたとしても『お茶ください』と言われたら、一人だったらその場を離れますが、二人いたらそのまま接客を続けながらお茶を出せる。こういうことの延長なんです。お客さまが食事の後にガサガサと袋を出して、お薬を飲むだろうなと思って、お冷がパッと来たら助かりますよね。こういう機転というのは、チームワークでやっていないとできることではありません。『お酒がもう空だけど、忙しそうだから頼みづらいな』とお客さまに思わせたらお店としては失格です」。
中澤親方から学んだのは、チームであることの大切さ。「だからといって、仲良しごっこというのではなく、1番手、2番手、3番手という“縦”の連携がしっかりしているのが大前提です」と勝又さん。
このチームのつながりを緊密にするため、『すし匠』では営業後に必ず反省会を行い、意見を言い合う場を設けている。お互いに思ったことは溜め込まず、納得いくまで話し合うことで、翌日まで引きずらず、課題の解決につなげている。「一人でも違うベクトルに向いてしまうと連携がとれなくなる。同じ方を向いていない子は辞めますね。手を抜こうとしていると見つかりますしね。ただ、厳しくするとお店を辞めてしまう可能性もありますし、優しくすると甘えてしまって、高いハードルを越えられなくなる。ですから、厳しくしてついてこれる人を待つしかない。でも、アメはいっぱい投げまくりますよ(笑)」。
厳しいだけでない、その先にある楽しさが『すし匠』の強さ
2016年にハワイ・ワイキキの『ザ・リッツカールトン・レジデンス ワイキキ・ビーチ』に出店した中澤親方は、弟子たちに自らの背中を見せることで示してきた。「親方がよく言うんですけど、夢を与えないとだめだ、と。親方はハワイに行ってこんなに頑張ってる。こういう世界があるんだよ、と」(勝又さん)。
とはいえ、鮨職人の現場は常にハードだ。日常的にモチベーションを保つためには、どうしているのだろうか。勝又さんはこう語ってくれる。「お客さんが『おいしい』と言ってくれるため。そのためだけに自分たちがある。そういう気持ちをもって集まれば、何も言わなくてもチームは一丸となりますし、新しい提案もどしどし寄せられます」。
実はスタッフの全員が最初は寮に住み、寝食をともにする。こうした部分からも自然とチームワークは生まれてくるのだろう。「苦労は買ってでもする人ほど強いし、メンタルもへこたれない。誰とでも仲良くできるし、クセのある人も好きになれる。それがチームプレーにつながり、ひいてはお客さまに出す一貫一貫のクオリティに結びつき、そしてお客さまへの気遣いにもつながる。こうしたところも親方に育ててもらったと思います」。
どの暖簾店も成功している秘訣は、中澤親方の人望あってこそ。「どんな人に対しても、最後まで見捨てないで、スタッフが辞めると言ってからでも、ほかの店を紹介してあげたり、違う職業でもお客さまを通して紹介したりしてくれる人なんです。お金の面もそうです。独立する際、困っている時に助けてあげたり、損得を考えずに人と接することができる人。それが中澤親方であり、みんな、大好きです」。
暖簾店が「匠」の文字を掲げているのは、それによってお客を紹介でき、自分にここまでついてきてくれたことへの感謝を示しているのだそう。ロイヤリティはなく、経理なども完全独立のため、親方への金銭的な見返りは実質、ゼロなのだという。生粋の江戸っ子を思わせる、そうした潔さにも弟子たちが惹かれているのだろう。この『すし匠』イズムはチームを通して固い絆で結ばれているに違いない。その絆こそ『すし匠』グループの強さの秘密なのだ。
【メニュー】
ディナー 20,000円~
ランチ 2,000円
日本酒、ワインなどアルコール各種
すし匠
- 電話番号
- 050-3312-8057
(※毎月1日に翌月の予約を受け付ける)
- 営業時間
- 18:00〜、21:00~ ※2部制 / ランチは月・水・金の11:30〜13:30のみ(限定40食)
- 定休日
- 日曜・祝日の月曜、GW、年末年始
※本記事に掲載された情報は、取材日時点のものです。
※電話番号、営業時間、定休日、メニュー、価格など店舗情報については変更する場合がございますので、店舗にご確認ください。