酒と旅するツール・ド・フランス【ワインナビゲーター・岩瀬大二】
スポーツとワインや酒とのペアリング。実はとても自然で楽しい組み合わせ。現在開催中の「2018 FIFA ワールドカップ ロシア」とワインの組み合わせは当コラムでも紹介したが、その国のテロワールや文化から生まれるワインは、不思議とその国のフットボールの世界とも共通するものがある。南半球のビールと南半球のラグビーなども実にわかりやすい。北半球のビールとラグビーなんてのもいい。
そこで今回もまたワインナビゲーターの岩瀬大二さんにスポーツとお酒のペアリングの楽しみ方についてご教示していただいた。
フランス各地の美しさを思う存分に堪能してみよう!
スポーツイベントとワインの組み合わせとなれば、「これぞ!」というのが「ツール・ド・フランス」だ。通称「ツール」(以下、この「ツール」という呼び名でこの大会を記していく)。概略を書くと、世界中で行われているサイクル・ロードレース競技の頂点ともいえるビッグイベント。23日間、フランス各地、3,500km前後を世界トップレベルのロードレーサー、チームが駆け抜けるが、日によって(ステージと呼ぶ)、1,500~2,000mを超えるアルプスやピレネーの山岳を超えていく命がけの戦い、超絶なスピードが要求される市街地戦、激しいアップダウンを繰り返しながら200kmを走る消耗戦など、多彩というよりも選手たちにとっては地獄巡りの全21ステージとなる。
1チーム8人(昨年から1人減った。辛いだろうな)、出場22チームには、21ステージの総合優勝を目指すオールラウンダーのエースを軸に、スピード自慢の選手、消耗戦に強いタイプにエースのアシストを務める平均値の高い選手、タフな山岳のプロフェッショナルなどそれぞれの能力をもった選手が集う。
彼らはエースを総合優勝に導くとともに、彼ら自身、各ステージの優勝という名誉や、山岳賞、新人賞などの栄冠の獲得にも虎視眈々。世界で最も過激なマラソンのチーム戦ともいえるし、各ステージのゴール前では、陸上競技の400mリレー×格闘技というようなバイオレンスでアスレティックな場面も続出する。落車、大けが、リタイアの3点セットは日常で、ガードレールもないような狭い山岳を時速100km/hで駆け降りるサイクル・ロードレースにおいてはそのまま命を落としたという例もある。その危険と隣り合わせの冒険の23日間。
さて、スポーツとして過酷すぎる23日間には、もうひとつの魅力がある。フランス各地の美しさを存分に堪能できる日々であることだ。放送局も心得たもので、空撮含め、さまざまな角度から風景や名所を映し出す。息を飲む海、山のランドスケープ、美しい花々や街並み、まるでフランスのPR動画かと思う素晴らしい映像のオンパレード。頂点を目指してフランスに勇者が集まることも誇りなら、これもまたフランスの誇りなのだろう。そしてこの美しい風景、毎年おなじみの風景もあれば、違う風景も楽しめる。
基本、ツールにおいては、ゴールのパリ・シャンゼリゼが決まっていて、アルプスとピレネーの山岳があるという以外はステージが変わる。特にスタートは、近年、ベルギー、イギリス、ドイツ、オランダなど外国で行われることが多いが、2018年は、2013年100回記念大会のコルシカ島、2016年のモン・サン=ミシェルに続いて、国内、ロワール地方がスタートになる。
これがツールの見どころ! 合わせたいワイン・酒!
ロワール、ここはフランスでもワインの名醸造地のひとつ。やはり美しい風景、勇者たちの戦いを堪能するならロワールのワインがいい。そう、僕のツールの楽しみは、ツールが回るステージに合わせてその土地のワインや酒を楽しむこと。その土地の風景とワイン、その土地での戦いとワイン。楽しめないわけがない。昨年はシャンパーニュをスタートし、ブルゴーニュの特級畑を巡り、ニュイ=サン=ジョルジュでフィニッシュするというワイン好きにはたまらないステージがあった。
今年もなかなかいい産地がある。ということで、ステージのスケジュールを追いかけながら合わせたいワインや酒、そして少しツールでの見どころを紹介していこう。
▼7月7日(土)第1ステージ 「ロワール地方」
オープニングデーから201kmに及ぶ今大会3番目の長距離ステージ。しかし平坦コースということで各チームが集団のまま突入する迫力のあるゴールシーンが見られそうだ。スタート地点から北東に少し上がるとナントの街の近くにロワールを代表する4つの産地のひとつ「ペイ・ナンテ」がある。
ここは白ワイン、品種は「ミュスカデ」の一大産地だ。ミュスカデの特徴は爽やかでフレッシュな酸味。緑の柑橘の香りやほろ苦さも楽しく、青春のきらめき的フィーリング。これからのツールな毎日。重く苦しい時、胸アツな時、感涙や興奮の時の連続だけど、まずは軽快に幕を開けようじゃないか!
▼7月9日(月)第3ステージ 「ロワール地方」
ショレという街を中心に行われるチームトライアルと呼ばれる、チームごとにゴールを目指しタイムを競う戦い。今回のコースレイアウトは細かい上り下りが繰り返され、スタミナやパワーも必要とされる。そのため純粋なスプリンターだけでは厳しいことが予想される。
激戦が予想されるショレは、名産地「アンジュー&ソーミュール」に囲まれた場所。赤、白、泡と多彩なワインが生まれるが、ここで注目はロゼ。特に「ロゼ・ダンジュ」はこの地のスペシャルな存在。フランス三大ロゼとも呼ばれ、やや甘口ながら軽快。かなり冷やしても楽しめる。芸術の都であり美しい風景が続く場所。勝利の薔薇色、熱い戦いにひんやりとしたロゼ。なんとも贅沢な時間になるだろう。
▼7月12日(木)第6ステージ 「ブルターニュ地方」
ブルターニュといえばりんごのお酒「シードル」。当コラムでも英国のサイダー(同じくリンゴのお酒)を紹介したが、日本ではシードルという名前の方が知られているかもしれない。これもブルターニュ名物のそば粉のガレットとの相性は鉄板。もちろんシードルの軽やかでドライだけれどほんのりと素朴な甘さはいろいろなフードによくあう。このステージのゴール前は各チームのエースや短中距離のプロフェッショナル達が殺到する圧巻の光景。見逃さないためにも軽めのお酒で。
▼7月13日(金)第7ステージ 「ノルマンディ地方」
シードルが親しみのあるテイストのお酒だとすれば、お隣ノルマンディではりんごを蒸留させた大人の「カルヴァドス」が待ち受ける。ステージも平原の風を受け、細かい微妙なアップダウンが気力と筋力を奪う。今年最長の231kmと、王者の風格を持つ選手しか真っ先にゴールを駆け抜けることはできないのではないか。ステージはカルヴァドス好きにはたまらない主要産地、マンシュ、オルヌ、ル・マンサーキットでもおなじみのサルト、ウール=エ=ロワールのど真ん中を駆け抜けていく。国際映像にはリンゴの木とカルヴァドス蒸留所がふんだんに映されるだろう。
▼7月19日(木)第12ステージ 「ローヌ=アルプ地方」
ツールの見もののひとつは山岳だ。人や馬はもちろん車だって青息吐息のような上り坂。どうやって人と自転車は登っていけるのか! 中でも伝統の道、峠、坂を巡るのがこの日のステージ。しかもアルプス3連続日の3日目。山岳のプロフェッショナル中のプロフェッショナルしか生き残れない過酷な日は、この地で生まれるサヴォワのワインの出番。フレッシュでミネラル豊かな白ワインやスパークリングワインは冷涼で美しいアルプスの風景にぴったり。ただ癒される風景が浮かぶのではない。ストイックな環境で育つ芯の強さは、山岳に挑む彼らの姿勢ともあいまって、どこか凛としているのだ。
▼7月20日(金)第13ステージ 「ローヌ=アルプ地方」
この日、過酷すぎる山岳3連戦を終え、久々にスプリンターたちの出番がやってくる。疲弊と根性と消耗の3日間から、華やかなスピード合戦…といっても果たして彼らはここまで生き残っているのか? ご褒美は極上のローヌワインだ。フィニッシュのヴァランスの街はローヌワインの南端にあたり、上流に向かって産地が広がる。告白しよう。僕はフランスの中でも北ローヌ地方、サン・ジョセフ、クローズ=エルミタージュの赤ワインが大好物なのだ。素晴らしきワインとともにスプリント戦に興奮だ。
▼7月22日(日)第15ステージ 「ラングドック地方」
パンチャーと呼ばれるスピードとパワーとスタミナを併せ持つターミネーターたちは、総合優勝とは別に各ステージの積算ポイント獲得数でトップに立つという栄誉(マイヨ・ヴェールというグリーンジャージ)をかけて戦っているが、ここがいよいよ決着の場。安うまワインの宝庫でフランス随一のワイン生産量を誇るラングドック。その中心地であるナルボンヌとカルカッソンヌの間。右手にミネルヴォワなどの北部ラングドック、左手に地中海方面に広がるコルビエールなどの南部ラングドックという道を駆け抜ける。
フィニッシュのカルカッソンヌの向こうはピレネーから冷涼な風を受け、南東から地中海の太陽の恵みを受ける名産地リムーが見える。その先が最終決戦の場だ。白赤泡ロゼ、なんでもありのワイン天国ラングドック。休日、友人たちと大いに昼から盛り上がろう!
▼7月26日(木)第18ステージ 「ガスコーニュ地方」
ピレネー山岳ステージの狭間に、スプリンターたちの天国と地獄の晴れ舞台。南西部ガスコーニュ地方。中間スプリント地点からフィニッシュのポーの街までは白ブドウの蒸留酒「アルマニャック」の故郷だ。日本では同様の蒸留酒として「コニャック」が有名だが、こちらはここから少し北西のコニャックという場所でしか名乗れない。
実は僕はフレンチの食後酒といえばもっぱらこのアルマニャックをチョイスする。一度、いわゆる清水の舞台的買い物で、1938年、つまり第二次世界大戦前のものを買ってみたのだが、これがいまだにキラキラと瑞々しく驚嘆。同時に買った65年もまだ子供のよう。もちろんこんな掘り出し物ばかりではないが、そのポテンシャルにほれ込んだ。勝利の美酒は熟練のベテランか新鋭スプリンターか。
▼7月29日(日)最終ステージ パリ
最後はもちろんシャンパーニュ! 前日に各賞とも決着していることが多く、ベルサイユを横目にパリへ向かう道は凱旋ムード。イエロージャージをまとう総合王者とそのチームメンバーがシャンパーニュを飲みながら走るなんて姿も見られる。我々もこの勝者と、そして敗者ではなく戦いに参加した勇者たちを称えて、乾杯といこう!
写真提供:PIXTA