3つの“南”を独自に再構築して生まれる絶品料理
東京の中国料理シーンをざわつかせる店が2018年5月7日、荒木町にオープンした。『南方中華料理 南三(みなみ)』だ。
初めて目にするようなマニアックな食材やスパイスを使いながらも、日本人の味覚にしっかり寄り添った料理。そのオリジナリティあふれる味を求めて、すでに予約困難になるほどの人気を呼んでいる。
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『南三』は、車力門通りの突き当り、少し奥まったところにあるビルの2階に入っている。席数はテーブルとカウンターを合わせて15席ほどのダークブラウンをベースにしたシックな大人の空間。ちょっとした隠れ家のような佇まいだ。
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店名は、オーナーシェフである水岡孝和さんの好きな中国料理ベスト3だという雲南料理、湖南料理、台南料理の3つの“南”にちなんで名付けられた。
いずれの地方の料理も食材やスパイス、調理法のバリエーションが豊かなことが魅力だという。それぞれ異なる食文化を持つ料理を水岡シェフ流に再構築することで、唯一無二の個性がある料理が生まれる。
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水岡シェフは、西麻布『A-Jun』、三田『御田町 桃の木』といった名店で修業を重ねてきた。その間に単身台湾に渡り、語学を学びつつ、現地の料理学校にも通った。その後、マニアックな中国料理で知られる『黒猫夜』の銀座店では店長、中国少数民族料理で人気の白金『蓮香』ではサポートとして活躍し、独立に至った。
『黒猫夜』では、台湾で学んだ本場の屋台料理など普段店では出さない料理をテーマにイベントを幾度か行ったところ、あっという間に満席になるなどの大人気に。「もっと自分の料理の世界を広げてみたい」と独立を考えるようになったという。
思わずどんな味か確かめたくなる! 好奇心をそそる食材の数々
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店内には、さわやかなハーブやスパイスの香りが満ちている。台湾の山胡椒(写真上・左)や塩レモン漬け(同・右)など、見慣れぬスパイスや調味料が『南三』の料理にはよく使われている。これらの調味料を中国や台湾で入手することもあるが、中国語が堪能な水原さんは、現地で作り方を聞くなどして再現しているという。『南三』の料理をユニークにしている名脇役たちだ。
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厨房の天井からぶら下がる、不思議な一団。“中華シャルキュトリー”とも言うべきソーセージや干し肉などの肉加工品だ。温暖な湖南では、長期間保存するために肉や魚を干して燻製などにするという。肉加工品は非常に手間がかかるため、なかなか自家製している店は少ないが、同店では営業は夜のみとして、昼間じっくりと時間をかけて干し肉などを仕込んでいる。
3つの個性の組み合わせから無限に広がる『南三』の中華ワールド
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メニューは、前菜、肉加工品の盛り合わせ、野菜、点心、魚、肉、ご飯または麺、デザートの8~9品からなる5,000円のコースのみ。いずれも見知らぬ名前がずらりと並び、「いったいどんな味なんだろう」と好奇心をそそられるものばかりだ。
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さっそく、雲南、湖南、台南の3つの世界観を凝縮した前菜から3品を紹介しよう。
「サバプーアル茶スモーク」と「よっぱらい海老」(写真上)。魚をスモークする料理は湖南でも台湾でもあるが、『南三』では日本の青魚がよく合うと考え、燻製にしている。スモークする時間は短め。魚のうまみを損なわないようにするためだ。
下味をつけてプーアル茶でスモークされたサバは、しっとりと柔らかい。ほんのりした薫香が青魚特有の臭みを和らげ、ギュッと濃縮されたうま味もまろやかに感じさせてくれる。
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「揚げピータンと揚げナスのバジルソース」(写真上)。このバジルとは台湾バジル。香りがキリっとし、揚げ物や炒め物に使うと爽快さがあるのが特徴だ。このバジルや薬味の入った甘酸っぱいソースには、発酵唐辛子に漬け込んだラッキョウを刻んだものが入っている。ひと口食べると甘さの後からピリリとくる辛さがソースのアクセントになっている。
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「雲南倭族レモン鶏」(写真上)。塩漬けしたレモンと生姜を刻んだものに熱々のピーナッツオイルをかけ、蒸し鶏と和えている。緑の大きい葉はミント。日本ではスイーツの飾り付けに使われたりしているが、雲南地方では野菜として扱われ、サラダのようにモリモリと食べられているという。
思わずうなる! 絶品ウイグルソーセージ
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同店の真骨頂とも言える“中華シャルキトリー”。写真上は、左から「くんせい鴨舌」、「パリパリ大腸」、「ウイグルソーセージ」。豚の大腸は、丁寧に下処理をした後スパイスで煮て柔らかくし、青ネギを詰め、水あめと酢を塗って半日干す。北京ダックのような香ばしい色合いが食欲をそそり、サクサクした食感ととろんとしたネギとの相性が絶妙だ。
1羽に付きひとつしか取れない鴨舌は、まさに珍味と言えよう。漢方薬やスパイスで煮込んで柔らかくなったものを干して、燻製にしている。スモーキーな味わいで酒の進む一品だ。
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「ウイグルソーセージ」(写真上・手前)。羊の肩肉をミンチにし、舌と心臓、レバーを加えている。これらの素材に、さらに食感良くするために台湾風にモチ米と押し麦をプラス。クミン、コリアンダー、ガラムマサラなどのスパイスで味付けをして、エスニックな味わいになっている。
多彩な食材を使っているにもかかわらず、味がバラつかず一体化している秘密は、乳化にある。ヨーロッパでよく使われる技法で、肩肉を日本の練り物のようになるまで練り、その他の素材を足すことでひとつにまとめていく。スパイシーでなめらかな口当たりがやみつきになる味わいだ。
水岡シェフの絶妙のバランス感覚が冴える、かけ算から生まれる極上のおいしさ
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通常のコースには含まれないスペシャリテの「羊のロースト ミントソース」(写真上)。ウイグル地区を訪れたときに出逢った羊肉の料理にインスピレーションを受け、雲南地方のハーブペーストにヒントを得たソースを合わせている。
ミントソースは、ニラ、ミント、ショウガ、レモングラス、山胡椒といった複雑な味わいを合わせ、ナンプラーと酢で味付けしたもの。山胡椒は台湾の山間部で採れるという希少なスパイス。辛みはほとんどなく、さわやかなレモングラスのような香りが特徴だ。
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羊肉はタマネギ、生姜、クミン油で作ったペーストで漬け込んだ後、小麦粉、卵、スパイス類でコーティングし、ローストする。熱が直接当たらないため、肉がジューシーになり、スパイスの香りがつく。
しっとりと柔らかい肉にソースをたっぷり絡めて食べると、羊特有の臭みを感じることなく肉のうまみを堪能することができる。いずれも個性の強い食材ばかりだが、絶妙な調和を成している。これは、水岡シェフ言うところの“かけ算によるおいしさ”だ。どれかが一つ突出して目立つことなく、相性が良いものを掛け合わせ、全体をひとつにまとめることで、奥深い味わいが生まれる。
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『南三』の南方中華料理にぴったりな青島ビールや紹興酒のボトルなども揃っているが、力を入れているのがワインだ。ワインスクールに通うなど、ワインの知識も身につけ、近々ワインセラーも設置する予定だとか。ハーブやスパイスが効いた料理とワインを合わせて楽しみたい。
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「中国の人は郷土愛が強く、違う地方の料理法を混ぜたりしない。僕は日本人だから、こだわりなく、この料理にこのスパイスを合わせるといいなといった発想ができる。そういったアイデアをどんどんメニューに取り入れていきたいですね。」と語る水岡シェフ。
シェフの持つ飽くなき探求心と絶妙なバランス感覚が『南三』の最大の魅力と言えるだろう。ぜひ、唯一無二の中華ワールドを体験してみよう。
【メニュー】
コース 5,400円
※価格は税込み
南方中華料理 南三
- 電話番号
- 03-5361-8363
- 営業時間
- 18:00~23:00
- 定休日
- 日曜、祝日
※本記事に掲載された情報は、取材日時点のものです。
※電話番号、営業時間、定休日、メニュー、価格など店舗情報については変更する場合がございますので、店舗にご確認ください。
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