おいしいものとお酒を愛する人たちが集う、ヒミツの隠れ家
業態を問わず様々な飲食店が軒を連ねる東京・吉祥寺に、知る人ぞ知る串焼きのお店がある。もう開店して10年も経つのに、吉祥寺周辺に住む人でも、この店のことを知っている人は少ない。それは、店主が一貫してメディアの取材を断ってきたからだ。
駅から東に線路沿いを5分ほど歩く。しだいに店の灯りが少なくなり、そろそろ住宅街に入るかという場所にあるにもかかわらず、同店には毎晩のようにおいしいものとお酒を愛する人たちが集う。そして、日付が変わるころまで賑わいが消えることはない。
集まる人は口々に言う。「ここは最高!」。何が最高かって、聞くより一度、体験した方がいい。きっと帰り道にはあなたもつぶやいているだろう、「ここは最高!」と。
センス抜群の夫婦がつくる、肩の力の抜けた「みんなの居間」
厨房と向き合うカウンターに8席。背中合わせに、またカウンター。奥のテーブルは4名席と2名席とに分かれる。店内が混んでくると、ビールケースや業務用冷凍庫の上もテーブルに変身する。文句を言うお客はいない。なぜなら皆がここを目指して歩いてくるのだ、入れただけで満足なのだ。
厨房内に貼られた白いタイルはいつもピカピカ。調理器具やショーケースも清潔感にあふれ、10年営業してきた串焼き店の厨房とは思えないほど。
メニューブックや椅子の座面カバーは、デニム生地などを利用した手作り。目利きの店主、馬場寛さん・麻子さん夫婦はセンスの良い古着をまとい、BGMは肩の力の抜けたレゲエやスカがかかる。1人客から友人同士や家族連れ、そして街の人気店のオーナーやシェフたちが仕事帰りに集う、皆のリビングルームだ。
塩にこだわるオーナーが、運命的に出逢った「博多串焼き」
こちらのお店が出すのは、いわゆる焼き鳥にとどまらない「博多串焼き」。
馬場さんは振り返る。「サラリーマンを辞めたあと、一念発起して焼き鳥屋をやろうと思い、独学で焼き鳥や塩の研究をしながら吉祥寺で物件を探していました。でもなかなか良い物件が見つからなくて……。そんなとき知人の焼き鳥屋から、女将さんが怪我をしたから手伝ってもらえない? と声がかかり、しばらくそこで働くことになりました」。
縁あって馬場さんが修業したのは、下北沢にある『博多焼き鳥 和楽互尊(わらくごそん)』。そこで彼は、タレを使わない博多流の串焼きに出逢った。
「当時、塩についてとことん研究していたんです。博多の串焼きは基本的に塩焼き。しかも他の焼き鳥屋との差別化もできる。『これだ!』って、確信めいたものがありました」。
しかし、新人の馬場さんが任されるのは仕込みと接客のみ。串焼きに命を吹き込む“焼き場”には入らせてもらえなかった。馬場さんは大将の焼き方を盗み見ては自宅のガスコンロで練習し続け、最高の火入れを独学で習得した。
取材を断ってきたのは、わざわざ足を運んでくれる客への配慮
「鶏肉は新鮮さが命」というポリシーを掲げ、串焼きはすべて当日の昼に仕込んでいる。完璧主義の馬場さんの串打ちは、見事なまでに美しい。開店する前は、仕込みにここまで時間がかかると思っていなかった馬場さん。今まで一切の取材を断ってきたのは、わざわざ来てもらい満席だったら申し訳ないという配慮と、取材に対応している時間がなかったのもある。
さらに水曜の定休日には、木曜限定で提供するカレーを仕込む。カレーを出し始めて4年になるが、なんと週替わりで違うレシピにチャレンジ。ここに、お客を飽きさせないようにという馬場さんの懸命な姿勢が表れている。
席に着くと、まずは博多串焼きの定番「お通しキャベツ」(写真上)が山盛りで供される。このキャベツは嬉しいことにおかわり自由。シンプルにお酢ベースのタレのみがかかり、キャベツの甘さが引き出されている。
串焼きは1本130円からとリーズナブルだが、どれもこれも圧巻のウマさ。「ふりそで」(写真上)はじっくりと火が通ったジューシーな肉と、それにかかる絶品の塩。シンプルだからこそ嘘がつけないホンモノだ。
「ササミ」(写真上)は完璧な半レアに仕上がり、自家製の柚子胡椒がピリッと効いている。半レアに仕上げるコツは、企業秘密。
「ししゃも」(写真上)は、極薄の豚バラ肉がシシャモに丁寧に巻かれ直火のストレスからシシャモを守り、さらに香ばしさと甘さをプラス。ふっくらしたししゃもが絶品だ。
「トマト」と「アスパラ」(写真上)にも豚バラ肉が巻かれ、ジューシー感をプラスする。
食材の良さが引き立つ、気の利いた一品料理も人気
一品料理も豊富に揃う。
「ビーツのサラダ」(写真上)は丁寧にせん切りされたビーツ、ニンジン、くるみを、オリジナルのタマネギドレッシングで和える。ビーツの優しい甘さが引き出され、幸せな気分になれる一品。
大人気メニューの「モツ煮」(写真上)。こんなに美しいモツ煮にはなかなかお目にかかれない。しっかりと味が染み込んでいながらも、サラッとしていて食べ進めやすい。
その他、好評なメニューが2種のハンバーグだ。「アグー豚のジューシーなハンバーグ」(写真上)は、肉感の残った中挽きの肉。表面が丁寧に焼き付けられ、噛みしめるとじゅわ~っと肉汁が飛び出す。
もうひとつのハンバーグは「石垣牛100%」(写真上)。力強さと味わい深いおいしさをぎゅっと閉じ込めた、贅沢なハンバーグだ。
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「常連さんはもちろん大切ですが、常連でないお客様にも『おいしかった』以上の何かを持って帰ってほしい。お店というのはおいしいのが当たり前、それ以外の”何か”が一番大事だと思うんですよね」と馬場さんは話す。その軽やかな気遣いが多くのお客をトリコにし、次は自分の大切な“誰か”を連れてこようと思わせる。
そんな同店の名前は……
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