やっぱり「ビール」はその地で飲むのがいい!【酒旅ライター・岩瀬大二】
ビールが造られる場所。その近くで飲む。その場所の風と人を感じながら飲むことはとても幸せだ。だから、ブリューパブという業態が増えている。ビール醸造所は英語でブリュワリーと呼ぶ。これとパブを合わせた言葉だ。
以前、当コラムでニューヨークのワイナリー併設レストランを紹介した。いわゆる観光施設のレストランというのではなく、そこは都市型ワイナリーとしての魅力にあふれていた。ただ、ワインは、造られた場所と飲む場所の距離にそれほど相関関係はない。もちろんワイナリーで飲むワインは格別で、それはそのワインが育った空気を感じ、その風景を見ながらという、どちらかというと感覚的なファクターの方が大きいかもしれない。その感覚を楽しむために、またワイナリーに行ってそこで飲んでしまうわけだが…。
感覚的なことと理にかなったこと。その両面で、造った場所と飲む場所が近ければ近いほうがよいもの。それがビールだ。輸送によるストレスはどのお酒も抱えている問題だが、ビールは特にそれが強い。また出荷から鮮度がすぐに落ちていく。ビールと鮮度の関係もまたビールをおいしく飲むための要素で、大手と言われるビール会社は、そのため、流通に関わる品質管理に多くのコストと努力を重ねている。日本全国、うまいビールが飲めるのは、メーカー、流通、そして飲食店や小売店の鮮度を損なわないための尽力のリレー、そのおかげでもある。
輸入ビールにしても、その努力があるからこそ、それぞれの国の多彩なビールが楽しめる。遠い国のビールを日本で飲める幸せをかみしめながら、それをきっかけにその国で飲みたいという欲求が高まる。そこから始まる旅心もまたいい。そして、かの地で実際にそのビールを飲むと、おそらくこう感じるだろう。やはりビールはその地で飲むのがいい、と。
筆者が特に感じたのはジャマイカだ。ジャマイカのメジャービールは『レッドストライプ』。現地の風、人、食とともに味わうこのビールは世界のどのビールよりも最高だと思った。思ったが、東京で見つけて飲むと…気持ちは察していただこう。ただ、またレッドストライプをジャマイカで飲みたい。それはいまだに人生で実現しなければならないリストのひとつだ。
湘南にあるブリューパブの創作的かつ意欲的なビールづくりとは?
さて、ブリューパブだが、僕のお気に入りがある。
湘南・茅ヶ崎。開放的なパブスペースから、美しいタンクが見える。ここから生まれるビールをその場で飲めるだけでも幸せだが、こちらはいくつものビール好き、酒好き、さらに酒場好きにはたまらないマジックが用意されている。
マジックのひとつは変幻自在、多種多様なビールたち。通常導入されることが多い大容量のタンクではなく、500Lというかなり小さめのもので仕込むため、早い周期で違うタイプのビールが造れる。
パブには通常10アイテムのタップ(生ビール)がオンリストされているが、そのうち7~8種類がここで生まれるビールで、ロングセラーもあればどんどん入れ替わっているものもある。「いつものアレ」から「この新作を試してみたい!」まで、ホッとできたり、毎回驚かされたりと選択できるのはうれしい。
造れると書いたがもちろん簡単なことではない。常に新しいレシピを考えたり、そのための原料を調達し、ちゃんとした作品に仕上げるために試行錯誤をする。「創る」という字をあてたほうがいいぐらい、ひとつの作品を生むような緊張感と喜びがあるのだろう。
メニューを開けば1作品、1作品、ロックアルバムのジャケットのようなフォントで描かれているのも楽しい。この地で開店してから2年、これまでに生まれた作品は60種以上というからすごい。中には地元の農家で育ったぶどうを使ったビールといった意欲作もある。
これらビールはレコードレーベルのように『バーバリックワークス』という総称がある。常識に縛られずより自然なビールづくりをしていきたいという、彼らの願いから名づけられた。野蛮と訳することもできる言葉だけれど、「愉快な海賊団」という感じもする。自由奔放に、でも大切なものを守ってビールを創る。
これぞマイクロブルワリーがつくるクオリティ!
今日の1杯目はロングセラーから「Drum Roll(ドラムロール)」(写真上)。気持ちを高めるネーミングもいい。いわゆるスッキリしたビールではあるけれど、芳醇な甘さや果実感がまず感じられ、そこから優しくいろいろな表情が花開き、そして最後にそのスッキリ感が来る。ホップのアロマが少しずつ広がっていくような、余韻にかけてどんどん胸が高まっていくような気持ちにさせてくれる。
2杯目は、このビール用にフレッシュなホップが入荷しないと造らないという「Master Key(マスターキー)」(写真上)。トロピカルフルーツや辛いという意味ではない複雑なスパイス、さらにベリーやパイン系の苦みなどが心地よいパンチで繰り出されつつ見事な調和を見せてくれる。マスターキーの名前の由来は「多様なビアスタイルとアイデアの扉を開けてくれるマスターキーのような存在」とのことだが、なるほど、多種多彩な要素が含まれてはいるけれど、単にそのいろいろな要素が放出されているような奔放なものではない。「それぞれが主張して、違うビールになったらどうなるんだろう」なんて想像をする楽しみがあった。
クラフトビールとぴったり! しっかり料理も楽しもう
もうひとつのマジックはペアリングするフードだ。パブといえば定番のつまみも楽しいが、せっかくクリエイティブに生まれたビールたち。フードと手を取り合った世界も味わいたい。実際、フードと合わせることによってビールが持つ要素をよりしっかりと、また魅力的に感じることもできる。
「ドラムロール」には「よだれ鶏」(写真上)を合わせてみた。黒酢醤油と豆板醤にバジルやコリアンダー。小気味よいパンチとコクが楽しく舌の上で踊る。これがビールの持つ要素とよく絡み合いながら、すっと切れて行ってくれる。「よだれ鶏」の柔らかい食感にも、スッキリ、ふんわりのテキスチャーを持つこのビールにちょうどいい。小皿に見えるが、これ一皿で2杯は軽くいけてしまう。
「マスターキー」には「安西さんの仔羊 内臓入りハンバーグ」(写真上)。食感はレアステーキのミルフィーユといってもいい豊かな噛みごたえ。肉のうまみとともに、内蔵の深みとほろ苦さ&甘さが絡み合い、それを丁寧に潰した胡椒をはじめとしたスパイスとハーブが小気味よく、ナイフとフォークを進めてくれる。仔羊自体の魅力を存分に楽しみながら、このビールを飲むと、ビールの持つ要素が花開き、より、滋味を豊かに感じさせてくる。しみじみ、でも楽しい。
クリエイティブな町・湘南までわざわざ足を運びたい!
ビール、フード、そして、湘南。これもまたマジックのひとつだろう。茅ケ崎駅から徒歩数分の住宅街の中。平日は都内や横浜方面で仕事を終えた人たちがその日の最後にほっと一息。休日は早い時間から家族と一緒にリラックス。そしていつもこの店に素敵な風を吹かせているのが、人生のベテランたちの姿。なんといっても昭和の湘南という実にスタイリッシュでカルチャーの先端だった時代を生きてきた、本物の目を持ちながらクリエイティブに寛容、今でも人生を謳歌するような人たちが、すっと格好良くカウンターでビールを楽しむ姿。
短パン、Tシャツのスタイルも見習いたくなるような格好良さ。この中で味わう湘南で生まれたビール。ジャマイカで飲んだレッドストライプ。都心から1時間でいける場所だけど、同じような旅心に包まれる。
最近、ブリューパブは増えているというが、せっかく訪ねるなら、クラフト魂やうまいフードはもちろん、その地の風を感じられる場所がいい。そんなブリューパブを探して、旅に出る。夏まっさかりの時期よりも、むしろ秋。日本が黄金に包まれる季節、ゆっくりと楽しみたいと思う。
こちらのお店『Gold'n BuB(ゴールデン・バブ)』もまたそのひとつだ。
【メニュー】
▼ビール(タップ)
ハーフサイズ 600円~
フルサイズ 1,000円~
▼料理
よだれ鶏 680円
安西さんの仔羊 内臓入りハンバーグ 1,280円
Gold'n BuB(ゴールデン・バブ)
- 電話番号
- 0467-67-7916
- 営業時間
- 17:00~翌2:00
- 定休日
- 不定休
※本記事に掲載された情報は、取材日時点のものです。
※電話番号、営業時間、定休日、メニュー、価格など店舗情報については変更する場合がございますので、店舗にご確認ください。