レストランとロケーションの関係について【酒旅ライター・岩瀬大二】
おいしい、という感覚はどこからくるのだろうか。
もちろん、料理や酒そのもの、というのが第一だと思う。その感覚に加え、誰とどこでどんな状況で楽しむのかによって、おいしいという感覚にさらにおいしいという感情が重なって、幸せはどこまでも増していく。
ロケーション。これもおいしさを増してくれる要素だろう。レストランやバー、酒場においては「立地」と簡単に書くこともできるけれど、相当な意訳になるが「舞台」といってもいいんじゃないか。この舞台、どういう舞台かといえば映画やドラマの主人公たちが集う大切な場所、大切な場面が撮影されている場所だ。そして僕たちが主役でも、店主が主役でもいい。その舞台、その世界の中に入り込んでみよう。
素敵なロケーションはそこにいる自分を遠くから風景ごとみているような感覚にさせる
以前当コラムで、金沢のバーについて紹介した(『行きつけのバーを見つけるということ』)。そこでマスターとした会話。バーテンダーは監督であり役者であり、いずれにしてもゲストとともに舞台をつくっていくのがバーなんだ。店が用意してくれたロケーション、その中で心地よく踊ってみる。
僕が当コラムで紹介している店は、こうしたよいロケーションの店だ。多少、ドラマティックな要素にハマれる店といっていい。巣鴨の雑居ビル、迷宮のような階段の先にあるボブ・ディランとフルーツカクテルの店、湘南のブリューパブ、金沢の大人の階段を上がるバー、ブルックリンにいるかのようなヘアサロン&パブ、築地場外の自然派ワインの角打ち(連載はこちら)。
いずれもまず、佇まいがいい。その中に入ること、いることだけで気分が上がる。心地よい緊張感だったり、不思議な感覚だったり、非日常の何かがある。そしてもちろん、技術も高いし、うまいものがある。酒を飲ませ、おいしいものを食べさせる基本がある。店主の笑顔の向こうには物語があって、その物語と自分の物語が溶け合って時間を忘れていく。そこにいる自分を、映画のカメラのように遠くから風景ごとみているような感覚になれる。それが酒旅、町に出て酒を飲み、食事をする楽しみなのだ。
海を感じ、風を感じる、七里ヶ浜のスペイン居酒屋
良いロケーションの店。今回もそのひとつを紹介しよう。ある、スペイン料理居酒屋だ。本格的なスペイン料理が居酒屋的に肩の力を抜いて食べられる店なのだが、まず、立地という意味のロケーション、そのものが素晴らしい。
江ノ電・七里ヶ浜駅を降り、改札を出てわずか10秒。改札をでればすぐに目印のスペイン国旗とオープンスペースにあるテーブルが見える。ここから2分も歩けば、七里ヶ浜。海の匂いが胃袋を元気にして、海からの風が肝臓を動かす。
藤沢方面から江ノ電に乗れば、江ノ島駅から腰越駅の間の路面区間の景色を楽しみ、鎌倉の海に出る。そしてあまりにも有名な鎌倉高校前駅からの青い海を堪能しているうちに七里ヶ浜。その余韻のまま店に入れる。鎌倉方面からなら鎌倉の緑の中を縫うように進む風情に浸りながら、いよいよ青い空、夕暮れなら鎌倉の海の茜が見えてきたところが七里ヶ浜の駅。高揚した気分のまま店に入ることができる。江ノ電に乗るという楽しみとこの店のロケーション、それはもう素晴らしいマリアージュなのだ。
このロケーションなら、海のだしが効いた料理を愉しみたい!
さあ、料理と酒だ。スペイン料理は民族や土地の多様性により、地方色豊か。山あり森あり乾燥地帯も冷涼な地域もあり、それぞれに食文化も大きく違う。
もちろんワインのキャラクターも違ってくるし、独自の酒もある。鎌倉の海の近くというこのロケーションなら、やはりスペインでも海側の料理と酒が合う。
とくに料理なら魚系、海のだしが効いたパエリアを始めとする米料理は、海のそばだからより気分が上がる。
スペインは北側と南側に恵まれた海を持つ。北側にはグレートブリテン島、アイルランド島に面するカンタブリア海と大西洋。ここにはガリシア、バスクというワインと美食のエリアがある。ガリシアは日本同様、タコや干物の文化がある。タパスの定番であるタコのガリシア風は、日本人にも親しみのある料理だろう。ガリシアのワインといえばリアス・バイシャスという、東北の三陸にも似た地形のエリアで生まれる、アルバリーニョというブドウから造られるワインが注目されている。少し海の塩味を感じるワインで、艶っぽいものからキラキラ系まで幅広いが、フレッシュで酸がきれいなタイプとタコや貝類のタパスとの相性はノンストップの楽しさ。
バスクは、評価の高いバルやレストランが集まり世界的に注目されるグルメタウン、サン・セバスティアンを擁し、食の都として知られている。伝統料理としては、ここでも日本人に親しみやすいタラを使った料理や、カツオとジャガイモの煮込み、イカの墨煮などがある。酒は鮮烈な酸とフレッシュな果実味が楽しい白ワイン・チャコリやリンゴのお酒シードラ(フランスではシードル)が名物だ。
南側は地中海、そして大西洋。地中海沿岸ではこれも食の都であるバルセロナ、柑橘でおなじみのバレンシア、最南端・最西端までいけばアンダルシア。こちら側はなんといってもオリーブオイルを使った魚介料理が素晴らしい。多彩なピンチョスやパエリアも自慢。ワインやカバ(スパークリングワイン)も豊富で、アンダルシアのへレスにはご自慢のシェリー酒がある。
海の恵みのだしでみんなの手が止まらない「パスタパエリア」はおすすめ!
さて話を七里ヶ浜に戻そう。休日の昼に来るのも好きだが、江ノ電とこの店をさらにドラマティックな関係にするなら平日の夕方がおススメだ。高校生でにぎわう江ノ電。七里ヶ浜駅では彼ら彼女たちの家路につく元気な声が日中の終わりを告げる音にも聞こえる。大げさかもしれないけれどスペインの漁師町の教会の鐘が日中の終わりを告げるのと同じかもしれない、などと思う。窓から西日が差す江ノ電を降り、地元の人たちでにぎわう七里ヶ浜駅。観光客も少なく地元の息遣いを感じることができる。青さと茜が白い雲と混ざり合う空をちょっと見上げればもう店につく。これで映画のロケの舞台に自分も入りこむのだ。
目印はスペイン国旗と書いたが、店の名前も紹介しよう。
『スペイン居酒屋 バル デ エスパーニャ モリモリ』。店主のモリモリさんこと森山和夫さんは、この場所で店を開いた理由を軽やかに語る。
「仕事をしながら波乗りをしたい、というのが理由だったりするんですが、それ以上に、僕は広島出身で瀬戸内の島育ち。海が近くにないと落ち着かないんですよ(笑)」
そしてもうひとつ。ここでぐっと表情が引き締まる。「やるからにはおいしい魚料理を出したかったんです。ここにはいい魚がありますから」。
スペインの海の恵みと食文化を、鎌倉の海のすぐそばでこの地流にアレンジ。これがなんともわくわくさせてくれる。地物のしらすを使ったタパス(小皿料理)やピンチョス(楊枝など小さな串に刺したつまみ)はまさにスペインと七里ヶ浜の融合。よく冷えたシェリー、その中でもマンサニージャという軽快で爽やかなタイプのシェリーを「湘南名物ひこいわしのマリネ」と合わせればスペインの港町と七里ヶ浜が手を取り合う。
スペインの生ビールには「小海老のアヒージョ」、白ワインには「柔らか蛸とほくほくのジャガイモ添え」で、これも漁師町気分を味わおう。多彩なスペイン、魚はもちろんだが肉料理も充実している。
友人と楽しむ日はここでパエリアの登場。スペインは実は米料理も豊富。日本でおなじみの魚介モノの他、イカ墨、うさぎや鳥を使った元祖的存在のバレンシアーナ、スペイン風雑炊のカルドソなどが選べる。さらにモリモリさんの絶品といえばパスタパエリア。見事な麺の食感と深く、しかしあきさせない海の恵みのだしでみんなの手が止まらない。
気分よく飲んでいると、ふと、今まで気がつかなかった江ノ電が進むゴトゴトという音、そして七里ヶ浜駅に泊まるブレーキ音が、効果音のように旅心を盛り上げてくれる。すっかり夜となった七里ヶ浜の通りに灯りは少なく、その分その灯りは温かい表情を見せる。それもまたどこか知らない漁師町にいるような錯覚を起こさせる。映画の舞台の中にいるように酒と食を楽しむ。ロケーションの良い店を探す。それが良い店選びの、僕の手段だ。
【メニュー例】
湘南名物ひこいわしのマリネ 750円
柔らか蛸とほくほくのジャガイモ添え 880円
スペイン風雑炊のカルドソ 2,950円
パスタのパエリア 2,500円(1人前)~
白・赤ワイン 600円(グラス)~/3,500円~(ボトル)
シェリー 600円(グラス)~
写真提供:PIXTA(一部)
スペイン居酒屋 バル デ エスパーニャ モリモリ
- 電話番号
- 0467-39-3130
- 営業時間
- 12:00~14:30(LO 14:00)、17:00~22:30(L.O.フード21:30/ドリンク22:00)
- 定休日
- 木曜・第一水曜
- 公式サイト
- http://www.mori2.net/
※本記事に掲載された情報は、取材日時点のものです。
※電話番号、営業時間、定休日、メニュー、価格など店舗情報については変更する場合がございますので、店舗にご確認ください。