真のフランス料理とは何かを教えてくれる、高良シェフの料理とは?
こんなに色気を感じさせるフグは、食べたことがない。
皿の上には、厚くぶつ切りにされた、加熱をしていない半透明なフグが盛られ、傍らには揚げたアラが添えられた。
口に運ぶ。その途端に、ロックフォールの香りが抜ける。厚く切られているので、噛みしだく。何回も噛む。
するとどうだろう、フグからの濃密な旨味が滲み出して、ロックフォールの塩気やコクと手を結ぶではないか。そこへコリアンダーの甘い香りが加わって、混ざり合う。
官能に触れる、危ない瞬間に、心が喜び、震える。
フグを、コリアンダーなどでマリネして数日置き、ロックフォールとエシャロット、白ワインヴィネガーによるドレッシングで和えた料理である。
クセの強い、したたかなロックフォールとフグが調和するように、チーズの量を整え、フグを切る厚さを精妙に計算する。
食べていると、たまらなく上質な白ワインが恋しくなった。モンラッシェをこのフグに合わせたら、どんな甘美が生まれるのだろう。夢想しているだけで、興奮してくる。
そんなワインが飲みたくなる料理こそ、真のフランス料理である。
「フグを出して、日本酒が飲みたいとお客様に言われたら、僕らの負けです、フグをフランス料理に仕立てて出す意味がない」。
そう高良康之シェフは言われた。
ここ銀座『レストラン ラフィナージュ』は、高良シェフが初のオーナーシェフとなる店である。長年、『銀座レカン』の総料理長として活躍し、2017年6月『銀座レカン』改装後も新たなコンセプトで料理を披露して話題を呼んだ後、同年秋に独立のため辞められた。
そして一年、待望の店が2018年10月8日に開店した。
店内はグレーをベースにシックな設えで、優美な料理としっとりと向き合える空間である。
あえて銀座を選んだ理由は、と聞けば、「銀座という街は本物じゃないと残れない街です。伝統ある店が多く、お客様も本物を知っている。だからこそ、銀座で勝負したいという気持ちがありました。さらに、『南部亭(日比谷)』、『銀座レカン』とやってきて、(自身のお客様に)銀座のお客様が多いと実感しています。青山や恵比寿のお客様は“銀座にも”行かれているように思うが、“銀座”のお客様は“銀座しか”行かないと感じています。そんな二つの意味合いから、新たに銀座で勝負したい、という気持ちが強かったのです」。
フランス料理の根幹「香り・ソース・素材」を融合し、より太い幹へ
そして料理は、また変化した。
『銀座レカン』改装後は素材感を中心に据えて、ソースを少なめにし、より食材の生命力を感じるような、素晴らしい料理を供されたが、今回はその素材感の出し方の深みが違うように感じる。
例えば、鹿肉のロティである。
北海道・十勝のエレゾ社から届いた鹿は、精妙にロティされている。しかしどこかに、生きている艶かしい気配があって、官能が焦らされる。
ソースをからませれば、味と香りに厚みが増して、赤ワインが無性に欲しくなった。堂々たるフランス料理だが、濃縮感だけに走らず、素材感だけに走らず、人の手がかかっているのに自然で、均整美がある。
ソースで圧倒するのでもない、鹿肉の滋味で畳み掛けるのでもない。その美しさは、鹿肉の滋味と香り、ソースの三点が、それぞれに高みを極めた、唯一無二の美味しさがある。
「『銀座レカン』の頃に取り組んでいた料理は、フランスを強く意識させる、堂々たるフランス料理で、リニューアルの『銀座レカン』では、生産者の考え方や素材感を全面に押し出そうとしました。素材が軽やかに香っていくような感じです。その要素は全部、今の料理でも考えとして持っているのですが、香りは華やかというより、少し図太さをもたせてあげる。味わいも、軽さばかりではなくて、適切な濃度やコクなどを突き詰め、素材とどう向き合うかを追求しました。塩で味を決めるのではなくて、塩で最後に味を調整してあげる。素材から引っ張り出してきた厚みのあるところに、塩の力を借りて整える。今までやってきたよりも、幹が一回り太くなったような感じのソースの作り方をしています」。
例えばオマールエビは、セップのソテとソースと合わせ、上にセップを練りこんだ生地がかけられている。
噛めば、「ギシッ」と、音が聞こえるかのように歯が入っていく。こんなに凛々しい食感のオマールエビは食べたことがない。
フグ同様、よく噛みしだけば、ある瞬間にセップの香りとオマールエビの香りが、セップの旨味とオマールエビの甘みが溶け合い、一体化して別の天体が生まれるのである。
「口に入れていただいて、その時の食感をどうやって引っ張り出すかを考えると同時に、どの味が出てくるかも考えています」。
それだけにどの料理もドラマがある。
口に入れて、香りの変化やソースと素材のエキスとの出逢いに変化があり、それが一層食材の生命力を感じさせるエレガントさにつながり、ワインが恋しくなるのである。
「香りとソース、素材という3つの幹を、同じ太さぐらいにしたい。素材ばかりを出そうとするとガタガタになり、香りを軽やかに持っていこうとすると、素材を柔らかく仕上げて、ソースが落ち込む。それを全部、同じ幹の太さで、一皿の中できっちりと融合させる。次に向かっていく皿なのか、完結させるのか。三種類を整えて表現していきたいと思います」。
深化を続け“熟成”していく『ラフィナージュ』
今、東京のフランス料理は、どちらかというと素材を前面に出す料理が多くなって来た。ソースも軽く、香りも軽い料理が多い。高良シェフのように従来のフランス料理の考えを踏襲しつつ、現代の質の高い素材を、香りやソースの幹とともに太くし、厚みのある料理を生み出そうという人はいない。
それには技術もいるし、知見も経験値も必要であるし、しなやかな感性も必要である。高良シェフでこそ、到達できる料理なのかもしれない。
よく「料理が進化した」と表現されることが多いが、料理に進化という言葉を使うのは、的外れな気がする。それより「深化」だろう。
新しい店での高良シェフの料理は、そのキャリアと料理を知る僕にとって、まさに「深化」を感じさせる料理である。
「今までやって来たことを捨てるのではなくて、上手く構築していく。建築家みたいに積み上げていって、次のステージを作りたいと思っていました。『銀座レカン』の休業中、気候風土などその場所で触れられて、生産者の人の考えなどを学んだ二年半は大変有意義で、それを表現しようと思ったのが『銀座レカン』のリニュアルスタートでした。でも辞めて、これって誰寄りの料理なんだろう? と自問し、生産者寄りの料理だと思ったんです」。
「僕が作りたい料理はそんな生産者寄りの料理と、“フランス料理”が合致したものなんじゃないかなという思いがありました。だからその素材が食べられる店に食べに行ったりして、香りを引き上げるんだったら、香りだけじゃなくて素材感も引き上げて、素材感を引き上げたんだったら、それに対抗するソースをちゃんとつけて、と考えるようになっていったんですね」。
そしてソースも深化した。
「ソースはセオリー通りに作ったら、小麦粉で繋がなきゃいけない、血で繋がなきゃいけない、アルコールもたくさん入れる。いや、素材がキレイに持ち上がっているんだから、ちょっと違う。今はそのエッセンスを、フォンドヴォーとかブイヨンとかそういう名前の液体で伸ばしただけのソースにしています」。
料理の構成も変わった。
昼も夜もコースで、昼は、アペリティフアミューズ、アミューズ、前菜2皿、魚、肉、デザート。夜は、アペリティフアミューズ、アミューズ、前菜3皿、魚、肉、アヴァンデセール、メインデザート。共に最後に珈琲という流れである。最近のレストランの皿数や構成とは変わらない。
ただスプーンや泡の料理が少ない。確かに最近は、スプーンを使って食べることの多い皿が続き、液体の泡が連続して、液体だけでお腹がいっぱいになってしまう料理が多い。だが世の中は、そろそろ違う、皿一つ一つの味わいの厚みとたくましさを欲している。
「アミューズは手で取ってもらい、次に来る一皿をナイフ・フォークで食べてもらうと、まだ緊張していると思うので、次はスプーンで召し上がっていただく料理を。そのあとにやっとナイフ・フォークが登場し召し上がっていただく料理と続きます。楽しんでいただきたいから、料理の構成、順番を考えた時にどのシルバーを使って食べていただく、ですとか。どういう導入にしたほうが、人の手から、匙になって、ナイフ・フォークになるという段階を経ていってあげると、お客様の緊張がほぐれていくのか、と思うのです」。
店名『ラフィナージュ』は、熟成という意味である。そこに込めたのは、50代のシェフという熟成した技や感性だけではない。
「これから育っていく願いも込めてつけました。色々なお客様と出逢ってお客様との関係が育っていき、店自体がどんどんどんどん育っていく。そういう風にこれから伸び、育っていく気持ちを込めて熟成とつけました」。
今の成功に慢心しない。
常にもっといい方法はないかと、明日の成長を考える。それは優れた職人の証である。50代で常にその職人魂を磨き続けようとする高良シェフと、店のさらなる熟成に目が離せない。
【メニュー】
コース
昼 7,000円~
夜 18,000円~
写真:マッキー牧元・店鋪提供・dressing編集部
レストラン ラフィナージュ
- 電話番号
- 050-3461-3972
- 営業時間
- 12:00~14:00(L.O.)、18:00~20:00(L.O.)
- 定休日
- 月曜、第三火曜
※本記事に掲載された情報は、取材日時点のものです。
※電話番号、営業時間、定休日、メニュー、価格など店舗情報については変更する場合がございますので、店舗にご確認ください。