新旧の文化が融合する富山の名前のないストリート【酒旅ライター・岩瀬大二】
通りの始まりから終わりまで、ゆっくり歩いてもわずか5分程度。車がすれ違えないほどの狭くて、古い通りに、次々と新しい風が吹きはじめた。
昔ながらの大衆酒場、飾らないホルモン焼き、焼鳥屋がある一方、昭和の古い建物をそのまま生かしたセレクトショップや絵本店、雑貨店など文化の香りもある。そして、本格的なクラフトバーガーやうまい酒と音楽の店、新しいシンボルとなりそうなクールな横丁(写真下)。
混然一体、カオスではない。どこか懐かしさもあり、刺激よりもなんだか居心地がいい。そんな雰囲気となじみの店に誘われて僕はつい、この通りを歩いてしまう。場所は、富山。ではご案内しよう。
肉のプロが作る“クラフトバーガー”の店『SHOGUN BURGER』
富山駅からはタクシーではなく、市電がオススメだ。富山城址公園など、車窓から街を見れば旅心が自然に高まっていく。6駅目、15分もすれば最寄りの「グランドプラザ前」(写真下)。
ビルとビルの間のスペースをガラス屋根がまたぐ開放的な広場に出る。パブリックビューイングやマルシェなどでもにぎわう場所だ。
ここは総曲輪(そうがわ)という盛り場につながる。この総曲輪、4~5年前に初めて訪れたときはお世辞にも盛り上がっているとは言えなかった……いや、むしろさびれていると言った方がしっくりくるようなエリアだったが、少しずつ新しい店が入れ替わるなど、ここ数年、明るさをわずかながら取り戻しているような感もあった。
グランドプラザのその先に細い通りが見える。そこが今回の目的、あなたをご案内したいストリートだ。初めて来たときはあまり通りたいと思うような通りではなかった。その時、入口に当たる場所はまったく印象に残らないショップで、そのあとは派手な看板だけれど街の雰囲気にそぐわない大衆酒場ができた。大衆酒場はもちろん大好きだが、その地になじんでいることが大事。ここはそうではなかった。
そこに素敵な店ができた。『SHOGUN BURGER(ショウグンバーガー)』(写真上)。富山市を中心に人気の焼肉店を複数経営する肉のプロ。その若き社長が、自身の念願だったのが“クラフトハンバーガー”の店だった。
肉そのもののおいしさはもちろんだが、ハンバーガーなのだから、ハンバーガーとしての肉を追求しなければならない。肉のプロならではの視点でバンズもソースも、そのために試行錯誤。
食べてみると牛肉そのものの味わいと、ちゃんと噛んでいるという食感の満足をしっかり楽しめるハンバーガーになっている。このハンバーガーとクラフトビールがよく合うからうれしい。
開放的なグランドプラザに連なるため、店内も開放的で、気持ちも弾む。こちらの店、すでに富山では人気店だが10月29日、新宿・歌舞伎町に東京1号店を出店したというからうれしい。ただ、このロケーションで楽しむというのは富山でしかできない。旅で飲み食べる。その幸せはやはりロケーションが生み出してくれる。ここで期待感を高め、ストリートの奥へと歩んでいこう。
SHOGUN BURGER(ショウグン バーガー)
- 電話番号
- 076-461-3929
- 営業時間
- 月・水・金11:00~16:00、18:00~22:00/火・木11:00~16:00/土11:00~22:00/日11:00~20:00
- 定休日
- 不定休
※本記事に掲載された情報は、取材日時点のものです。
※電話番号、営業時間、定休日、メニュー、価格など店舗情報については変更する場合がございますので、店舗にご確認ください。
通るだけでもワクワクする「あまよっと横丁」を歩いてみよう!
『SHOGUN BURGER』を出てすぐ左手にはコンテナを組み合わせてパティオが見える。「あまよっと横丁」(写真上)という。横丁というが、コンテナで組みあがった建物はなかなかクールだ。ホルモン焼きやスナックといった昔ながらのこの通りの文化を継承する店もあり、一方でエスニックバルやフュージョン料理の店もある。
実は『SHOGUN BURGER』もそうだが、それぞれの店は、それぞれの食や酒だけではなく、この街、この通りとの関係をどうあるべきかを考えてこの地にオープンした。『SHOGUN BURGER』の店舗はもともとグランドプラザに面した角地にあったわけではない。角地にあって暗い印象を与えていた大衆酒場の土地を取得し、店を拡大。それは単に売上げの拡大を狙ったものではなく、ストリートに活気を与えるためのものだった。せっかく人が集まり始めた開放的なグランドプラザ。ここからストリートにつながってもらうために。待ち合わせはあの牛の人形の前で。
店に入らなくてもいい。渋谷のハチ公のような人が集うアイコンになる。「あまよっと横丁」も同じだ。人が集まり新しいものが……それは具体的なものでなくてもいい。何かワクワクするような空気、それだけでいい。ストリートにあるべきこと。それは、通るだけでも何かワクワクできることだろう。
富山の名物「あんばやし」が味わえる大衆酒場『丸一』
そのすぐ先には、古くからこの場所のシンボルでもある大衆酒場『丸一(まるいち)』(写真上)がある。富山名物の魚や郷土料理をお安く楽しめる。合間に頼むのは「あんばやし」。こんにゃく田楽のような富山のおやつでもありつまみでもある串。これがレモンサワーや清酒・立山の燗とあう。
ご主人も女将さんも決して愛想がいいわけではないけれど、なんだか心地よい。たまに見せる笑顔がいい。地元の常連客である友人の助けもあって、意外と旅人の顔もおぼえてくれていて、それがまたうれしい。
丸一(まるいち)
- 電話番号
- 076-421-7014
- 営業時間
- 10:30~22:00
- 定休日
- 月曜・第3火曜
※本記事に掲載された情報は、取材日時点のものです。
※電話番号、営業時間、定休日、メニュー、価格など店舗情報については変更する場合がございますので、店舗にご確認ください。
富山の地酒・食、音楽に酔いしれる『DOBU6(ドブロク)』
『丸一』からさらに進むと、右手には雑貨屋や絵本の店。京都や鎌倉を連想させるが、華やかさよりも静けさがこのストリートらしい。そしてストリートの最後は、新旧や文化の混沌を1軒で表現するような店がある。
酒と音楽の店『DOBU6(ドブロク)』(写真上)。店内の温かい光が優しく通りに漏れる。その灯りに誘われて入ると、思いのほか広々と解放的な空間に、少しノスタルジックなロックサウンドが心地よく流れている。
確かにそこに音楽はあるし、音楽好きなら長年使われたアンプとスピーカーから流れる音楽に聞き入ることもできる。しかし、決して鳴り響いているわけではなく、会話を邪魔することはない。ここの行きつけになってこんな言葉が浮かんだ。絶妙。
流れる曲は70年代のフォークロックやソウル、サザンロックに、日本の黎明期のロックや60年代のブラック系もある。オーナーのアキラさんが気まぐれでかける曲。お客があれを聞きたい、これを聞きたいではなく、そのセレクトされた曲こそがその日のこの店のテーマソングになる。それもまた不思議に絶妙。その曲を知らなくたっていい。むしろ知らない方が楽しいんじゃないだろうか。筆者はかなりの洋楽好きだが半分の確率で知らない曲がかかる。思い浮かぶ言葉は、発見、だ。
時には生演奏、ミニライブがあるが、これも知る人ぞ知る往年の名プレイヤーや、実力派の若手ミュージシャンなど、これもまたアキラさんならではのセレクト。
音楽のことばかりに触れたが、こちらの店のもうひとつの見どころ、いやメインは、酒とつまみだ。アキラさんは「飲食店で働いていたんやけど、なんかどうにもならん店で(笑)。結局、自分であれこれやっているうちにこういうことになっちゃった」と冗談めかして言うが、酒の目利き、つまみの腕はすばらしい。
酒は富山の地酒、しかも希少なものがずらり。店主の浮気酒なる呼び方で県外のものもあって、これもまた魅力的だが、県外からの旅。ここはやはり富山の地酒といきたい。
合わせるつまみは、サス<カジキマグロの富山での名称>(写真上・左)の昆布締めといったこれぞ富山のものから、ちょっと富山アレンジがきいているもの、さらに自ら酒を飲むだけに酒飲みの気持ちが共有できるアキラさんのオリジナル、山芋を使ったフライドポテトもはずせないメニューだ。タンブラーに注がれる日本酒が、音楽と空間によく合う。
アキラさんに聞いた。ところでこのストリートの名前は? 「昔、文化通りとかなんちゃらと聞いたことがあったような気もするけれど、なんやったかなァ……」
それでいいと思った。不思議に楽しく、居心地の良いストリート。今後、正式に名前が付けられ、定番化していくかもしれないが、まだ名前をつけなくてもいいんじゃないかと思った。
もう少し、このストリートの色が見えてからでもいい。誰がつけるのかはわからないけれど、きっと自然に生まれてくるんじゃないかな、と。5分の道、でも昼から深夜まで、酒と食に酔いながらふらっと歩ける道。名前のないストリート。『DOBU6』で音楽にも酔ったせいか、店を出てホテルまで歩こうとしたとき、U2の1987年の曲「ホエア・ザ・ストリーツ・ハヴ・ノー・ネイム」が耳の中で静かに響いた、ような気がした。
日本酒厳選店 DOBU6(どぶろく)
- 電話番号
- 076-493-0146
- 営業時間
- 17:00~翌1:00
- 定休日
- 日曜
- 公式サイト
- https://dobu6.com/
※本記事に掲載された情報は、取材日時点のものです。
※電話番号、営業時間、定休日、メニュー、価格など店舗情報については変更する場合がございますので、店舗にご確認ください。