毎日食べたいラーメンを目指す、新宿御苑前『麺宿 志いな』
「白湯(パイタン:白濁したラーメンスープ)」といえば豚骨のイメージが強いが、数年前からじわじわ増えているのが鶏白湯スープのラーメン店。
そのはしりともいえる水道橋『征麺家 かぐら屋』の創業メンバーである椎名征一郎さんが独立し、2018年7月24日に『麺宿 志いな』をオープンした。
『麺宿 志いな』は、東京メトロ・丸の内線の新宿御苑前駅から徒歩5分ほどの路地を入ったところにある。バルを思わせる洗練された外観が特徴的だ。
扉を開けると、椎名さんが惚れ込んだという、美しい木目の一枚板のカウンターが目をひく。奥には、テーブル席と壁向きのカウンター席も。人目が気になる女性でも、一人で気軽に来店できる。
“生地もの”を知り尽くす、店主・椎名征一郎さん
店長の椎名さん(写真上・右)は、恵比寿の有名イタリアンで3年間修業した後、渋谷にあるガレットの老舗『オ・タン・ジャディス』、広尾のベーカリー『Kiriy's Fresh(キリーズフレッシュ)』、メキシコ料理店でそれぞれ修業を積んだ異色の経歴を持つ。
一見、統一感がなさそうだが、「メキシコ料理店はトルティーヤの作り方を知りたくて。生地ものつながりですね(笑)」と椎名さん。
その後、『征麺家 かぐら屋』の創業メンバーとして店の立ち上げに携わり、ラーメン激戦区の水道橋でも行列の絶えない人気店に育てあげる。『征麺家 かぐら屋』が2店舗になったところで、「自分ひとりで腕試しをしてみたい」と考え、独立したという。
醤油のおいしさに開眼、「醤油そば」のキレと甘みに悶絶!
『麺宿 志いな』のメニューは大きく4系統。
清湯(チンタン:透き通ったラーメンスープ)スープの「潮そば」と「醤油そば」、白湯スープの「鶏白湯そば」と「つけそば」である。
注目は、『かぐら屋』では出していなかったという「醤油そば」(写真上)。
醤油ダレは、椎名さんの故郷である群馬県の生醤油をベースに、たまり醤油と魚醤をブレンドし、さらに味に奥行きを出すための食材5種を隠し味として加えている。
素材のカドをていねいに磨いたスープが香り高い醤油と溶け合い、まろやかで複雑な甘みを引き出している。まるで搾り立てのような醤油の香りが素晴らしく、醤油本来のおいしさに驚く。
スープは、大山(だいせん)どりと総州古白鶏(そうしゅうこはくどり)の丸鶏、ガラ、モミジ(鶏足)をベースに、北海道産根昆布とホンビノス貝(北米原産のハマグリに似た二枚貝)のだしもミックス。
鶏のイノシン酸+昆布のグルタミン酸+貝のコハク酸の三位一体でコクを出し、時間差で加える6種類の野菜で味に厚みを加えている。醤油がここまでクリアに香るのは、煮干し、かつお節類をあえて使用していないからだろう。
麺は大正6年創業の老舗『大成食品』製の細麺を使用。その他メニューではスープに合わせて「潮そば」と「醤油そば」は細麺、「鶏白湯そば」は中細の平打ち麺、「鶏白湯つけそば」は太目のストレート麺と、使い分けている。
トッピングのローストチキン(写真上)は、鶏モモ肉を低温調理してから特製の醤油に漬け込み、乗せる直前に皮目をバーナーで炙って芳ばしい香りを出している。
「潮そば」の雑味のない淡麗さ、奥深いうまみに驚嘆!
続いて、一番人気だという「潮そば」。写真上は味玉をトッピングした「味玉潮そば」(850円)。
黄金色に輝く透明度の高いスープが美しい。
スープは雑味が一切なく、淡麗にしてふくよかな味わい。いくつものうまみの要素が重なりながら、まろやかな塩味と合わさって混然一体となっている。西洋料理の上品なスープや毎日飲める味噌汁のように、あっさりしていながら奥深い味わいだ。
トッピングは青みの水菜、薬味の九条ネギ、穂先メンマ、焼き目が香ばしいローストチキンという潔さ。
「最近はインパクトを求めて油を多くしたり、うまみを強くしたりするお店が増えています。でも、そういうラーメンは、食べていると段々飽きてしまう。だから油も塩分も抑え、毎日でも食べられる味に仕上げています」(椎名さん)。
油も塩分も量は抑えているとはいえ、その中身にはとことんこだわっている。塩は、瀬戸内産の藻塩(海藻に海水を含ませ蒸発させてから作られる塩)、シチリア岩塩、伯方の塩をブレンド。
それに昆布、アサリ、煮干し、カツオ、干し椎茸、貝柱、スルメなど10種類の食材をエレン水(鉱物ミネラルをミックスし焼成ガラスでろ過した水:素材の味を引き出すといわれる)でじっくり煮込み、うまみを抽出して塩ダレを作っている。
スープの表面にかすかに浮かんでいる脂分は、鶏のうまみが凝縮された「鶏油(ちーゆ)」である。
スープを煮だしている時に浮かんでくる脂をすくい取ったものだが、そのすくうタイミングが何より重要。早すぎるとコクも香りも薄いものになり、遅すぎるとくどくなってしまう。
最適な一瞬を、香りと色で判断し素早くすくい取ると、上品なコクと香りを生む鶏油となるのだ。
雑味のない濃厚さが感動を生む、「鶏白湯そば」&「つけそば」
そして、濃厚な自家製鶏白湯のうまみにやみつき必至な「鶏白湯そば」と「つけそば」(写真上)。
「つけそば」のスープの上には茹でたキャベツと九条ネギ、味変のための魚粉が乗っていて、スープの中に穂先メンマと鶏チャーシューが隠れている。
濃厚なつけめんを出す店は多いが、この濃厚さは別次元。鶏のうまみが凝縮していながら雑味がなく、洗練された味わいは、フレンチやイタリアンのソースのようで、味わっていると無性にワインが欲しくなる。その濃厚さをしっかり受け止めているのが、弾力満点の太麺だ。
「つけそば」のスープは、濃厚な鶏白湯をさらに煮詰めて乳化させて濃度を高めたうえで、昆布とカツオのうまみを合わせてまろやかに仕上げている。
手のひらの大きなマメは、自家製白湯スープ作りにかける気迫の表れ!
取材中、ふと椎名さんの手のひらを見て、手首近くに大きなタコがあることに気づいた。聞けば、鶏白湯をこす作業でできるタコだという。
「鶏白湯を出す店は豚骨白湯に比べて少ないですが、うちのように一から自家製で作っているところはさらに少ないと思いますよ。機械でこすと雑味が出るのですべて手作業でやっていますが、すごく大変なわりにごく少量しかとれませんからね」(椎名さん)。
その作業がこちらである。
鶏ガラの骨を細かく砕き、丸鶏、モミジとともに煮込んだもの(写真上・左)から、柔らかくなって肉と骨が一体化し、そぼろ状になったもの(同・右)をすくい取る。
それをざるに入れ、ボウルを重ねて、全身の力で押してこす。マメはこの時、ボウルのふちに全体重をかけるためにできたもの。
数分間、渾身の力でぐいぐい押し続けると、椎名さんの額からは玉のような汗が。こしたものをさらに目の細かいザルに入れてさらにこし直す。
▲この作業でできた鶏白湯
これだけ手をかけ体力を使っても、たった数人分しかとれない。しかしこれでこそ、別次元な濃厚さを持っていながら、洗練された味わいの鶏白湯が生まれるのである。
絶えない客足は、「わざわざ足を運ぶ価値のある味」であることの証明
この1杯のための苦労を思うと、食べる前に思わず手を合わせたくなるほどだが、椎名さんは「本当に大変なんです」と苦笑しながらも、とても楽しそうだ。
▲椎名さんと、スタッフの小野木さん(写真上・右)。小野木さんは、椎名さんと同郷で『かぐら屋』時代から苦楽を共にしてきた同志である。
この場所に店を構えたのは、上京して以来ずっと住み続けている新宿に愛着があり、特に新宿御苑が好きだからだという。
「夜になるとほとんど人が歩いていない寂しい通りで、最初は不安だったのですが、オープンから多くの人が来てくださっていて、驚いています」(椎名さん)。
ラーメン戦国時代にありながら、ここまで驚きと感動のあるラーメンを出す店はそうない。遠くからでもわざわざ足を運ぶ価値はあると、一度食べた人は皆、思うのだろう。
【メニュー】
醤油そば 750円
潮そば 750円
味玉潮そば 850円
鶏白湯そば 800円
つけそば 850円
※11月26日から1か月間の期間限定で、味噌ラーメン(850円)を提供。
※本記事に掲載された情報は、掲載日時点のものです。また、価格はすべて税込です。
麺宿 志いな
- 電話番号
- 03-6875-5594
- 営業時間
- 11:00~16:00、18:00~21:00
- 定休日
- 日曜
※本記事に掲載された情報は、取材日時点のものです。
※電話番号、営業時間、定休日、メニュー、価格など店舗情報については変更する場合がございますので、店舗にご確認ください。