たった5席だけ! 至福の景色が待っている隠れた日本料理の名店『壽修』
前編では「刺身」と「造り」の違いについて解説した。それらの違いについて理解したところで、紹介したい隠れ家割烹料理店がある。
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場所は西麻布の静まり返った住宅街。高級ブティックの煌めくショーウィンドウに導かれながら、根津美術館横の坂を下り、表参道駅から10分ほど歩いたところ、『壽修(じゅしゅう)』はひっそりと店を構える。
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2010年にオープンした日本料理のこちらの隠れ家は、1年足らずで『ミシュランガイド』に掲載された。そして、現在最新の『ミシュランガイド東京 2019』でも二つ星に輝いている。
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「早々から食材を仕込んでおくのではなく、お客様の前で料理を仕上げていくことを心がけています。関西の割烹スタイルですね。味だけでなく、食材が変わりゆく景色も楽しんでいただきたい」。
そう話す店主・先崎真朗さんのライブが目の前で観られるのは、1日たった5名のみ。華麗な包丁さばきと料理に向き合えるように、店内は天然木の温かい色味に設えられたシンプルな空間が広がる。
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カウンターの背後には食事相手や用途に合わせてセレクトできるよう、4名掛けのテーブルが備えられている。あえて開放的に造られているから、厨房から離れた場所でもお客に疎外感を感じさせない。
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先崎さんが料理人の道を志したのは高校3年の頃。テレビの人気料理番組『料理の鉄人』の影響を受け、生まれ育った佐賀から大阪にある辻調理師専門学校へ進んだ。
「番組の影響からか、当時は西洋料理に憧れていましたね。華やかでかっこいいじゃないですか」。そう話す先崎さんが和食の料理人になると決めたのは、大阪・北新地に店を構える割烹『斗々屋』との出逢いがあったから。初めて感銘を受けた親方の元で、9年ほど研鑽を積み上京。鮨店や日本料理の大型店舗での修業を経て34歳のときに『壽修』を開業した。
独立したら、浪速の割烹スタイルで挑む! と心に決めていたのも、幅広い和のおもてなしを経験してきたからこそ。そんな先崎さんが考える、日本料理の花形“刺身”“造り”とは――。
独自のルールの元で創られる“季節のお造り盛り合わせ”
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この日用意していただいたのは、平皿に3種類の切り身が盛り付けられたお造り「マグロ、佐賀県唐津産クエ、剣先イカ」(写真上)。『壽修』では、“刺身”ではなく“お造り”と呼ぶ。訊くと、双方に大きな違いはないという。
「しいて言えば、盛り付けや切り身にひと手間加えたり、けんやつまがあしらわれたものを“お造り”。生身を薄く切って並べただけの切り身や、鮮度がいいもの全般のことを“刺身”と呼びます」。
供された皿をよく見ると、「クエ」がほんのり白みがかっている。
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食べると、クエ独特の脂の香りが感じられない。直火で皮に焼き目をつけて冷水で冷ます調理法である“焼き霜造り”にすることで、生臭さや余分な脂が取り除かれて、魚の風味がより一層引き立つのだ。
先崎さんの細やかな工夫は、造りの脇役「あしらい」にも潜む。
「お口直しに食べる“あしらい”は、季節の旬のものを添えることが多いですね。この皿でいうと、キュウリが“つま”。ネギとレッドキャベツのスプライト、大根おろしを合わせたものとワサビが“薬味”になります。食べ方はお客様の自由ですが、私の中にはルールがあって、“あしらい”だけでもおいしく食べてもらえるように一つひとつに必ず手を加えます。ただポン酢を出すのではなく、ポン酢で味付けした薬味おろしを添えることで、酒の肴にもなるんです」。
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そう話す造りの器の前には、豆皿が2つ並ぶ(写真上)。右は醤油だが、左の皿にはほんのり黄味がかった透明の液体が見える。これはもしや……。
「煎り酒です。醤油が生まれる室町中期頃までは、造りは煎り酒で食べられていました。今日は当時のものを少しアレンジして、梅干と昆布を加えて酒を煎り、そこに醤油を少し垂らして冷ましたところにカボスを搾っています。醤油は長崎県産“チョーコー醤油”をベースに、酒とみりん、カツオだしを合わせていますが、実は、季節によって醤油の味を変えているんです。夏はキリッとさせてさっぱりとした後味に、冬はみりんを多めに加えてまろやかに仕上げています」。
先崎さんの造りへのこだわりは、まだまだ終わらない。
シンプルだからこそ差がつく! “造り”の見栄えをきめる道具と器
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一尾の魚を造りに仕上げる技は、「出刃包丁」で魚を三枚におろすところからはじまる。さくを仕立てたら「刺身包丁」の出番。「蛸引き」と「柳刃」である。
刃が細く、そぎ切りや細造りに適した「柳刃」は主に関西で使用され、刃先が角ばった「蛸引き」は関東で根付いているが、今では「柳刃」が主流と先崎さんは話す。
「私は“鉄引き”という薄造り用の包丁を使っています。“柳刃”よりも一回り小さく、刃が薄くてしなるんです。これが使いやすくって、どの種類の魚でも“鉄引き”でひいていますね」。
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そして艶やかにさばかれた切り身は、盛り付けと器によって店それぞれの色に染まっていく。
魚の種類も切り身の数も奇数で用意し、奥を高く手前が低くなるように盛り、食べる順番は手前の左側から時計回り。白身魚からはじまり、貝類、赤身などの濃い味付けは最後にいただくのが基本という。
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この日の造りは、分銅型の平皿に盛り付け。十分に珍しいデザインをしているが、先崎さんがコレクションする造りの器はどれも個性的である。
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例えば、現代作家・伊藤剛俊氏のモダンな模様が特徴的な深い器や、江戸後期を代表する陶芸家の一人・永楽善五郎氏が描く季節の花の角皿が並び、さらには、斑唐津(まだらからつ)、朝鮮唐津、黒唐津と、唐津焼の名作家である西岡小十氏の作品が続く。
また江戸後期の有田焼や今右衛門の伊万里焼、古伊万里の骨董。これらはほんの一部だが、先崎さんの地元・佐賀県のものを中心に時代を超えて取り揃えられた器たちが、シンプルな“お造り”を豪華に演出する。
“お造り”をつくる上で最も大切なこと
ここまで、切り方や盛り付け方、あしらいや器といった先崎さんのこだわりについて詳しくお伝えしてきたが、最後に、“お造り”をつくる上で大切なことを話してくれた。
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「お客様の前で華やかに振るう包丁さばきでも、美しく盛り付けるセンスでもありません。大切なのは、魚の良し悪しを見極めることなんです。大阪での修業時代、私は魚をおろせるようになるまでに3年ほどかかりました。親方はいつも『若い頃はどうしても小手先の技術や華やかなものに目がいきがちだが、そんなことよりもまずは食材がよくないと、後からどれだけ手を加えてもいい魚には敵わないんだ』と言っていました。とはいえ、見極める方法を教えてくれるわけでもなく、当時は親方がいいと言った魚を目に焼き付けて、まかないで食べて味を覚えることに徹していましたね」。
本当によい食材を知ることを心がけた結果、身に付いた目利きに培ってきた技術とセンスが加わることで、日本料理の花形“お造りの盛り合わせ”が完成するのである。
もう一つの日本料理の花形「お椀もの」
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お造りと同様に日本料理を代表する献立が「お椀」である。この日のお椀は「甘鯛と焼きナス 丹波シメジ」(写真上)。
しっかりと火入れされた甘鯛は、炭の上でたっぷりの脂を蓄えたのだろう。箸を通せば容易にほどける身から、きめ細やかな脂の粒が溢れ出す。すするたびに濃厚に甘く変化していくだしに、焼きナスの苦み、丹波シメジの力強い香りが加わって、口中にうまみの三重奏が響き渡る。
メインの焼き物は2種類からチョイス!
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コースも佳境にさしかかったところで、先崎さんはお客に問う。「焼きものは“魚”と“肉”どちらがよろしいですか?」。
瞬時に決められる回答ではないが、この日は「佐賀牛」の中でもなかなかお目にかかることのできない「伊万里牛」が入荷していると聞き、“肉”を選択。伊万里牛とは、佐賀県の伊万里市で飼育された牛のことである。
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1時間ほど弱火で焼かれた「伊万里牛 炭火焼き」(写真上)は、数あるブランド牛の中でも赤身の甘みが深く、ひと口食べるとそのミルキーさに驚かされる。舌に残った甘みの余韻を、寄り添うイチジクの胡麻酢和えが優しく拭う。
地元・佐賀の酒が呑み比べられる圧巻のラインナップ
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酒番を担当するのは、『壽修』で女将を務める谷村雅子さん。お任せすれば、料理に合う酒をセレクトしてくれるが、特に注目してほしいのが佐賀県『富久千代酒造』の「鍋島」(写真上)である。
定番の「鍋島純米吟醸」から季節の限定酒「Nabeshima Moonシリーズ」、ラベルの文字が反転した「隠し酒 裏鍋島」などの希少な銘柄まで、常時10種類前後が揃うのは、都内でもほとんどないという。佐賀の食材と酒がマリアージュする贅沢さたるや!
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「うちは土地柄か、外国のお客様も多いんです」と話す先崎さんは、一冊の本を丁寧に取り出して見せてくれた。カバーの端がめくれて年季の入った、お魚図鑑である。「細かな魚の品種とか、写真で見せた方がわかりやすいでしょ。紅白の切り身が皿に並ぶだけでは、何の魚かわからないですから」。
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いにしえの料理人は、尾頭と尾ビレを切り身に刺して魚種を一目で分かるようにしたという。世界が認める日本文化の和食では、お客をもてなす心遣いが一皿の刺身・造りに脈々と受け継がれ、今も進化している。予約必須の人気店のカウンターで、悠久の時に思いを馳せながらその真髄に触れてみてはいかがだろうか。
【メニュー】
コース 15,000円
※本記事に掲載された情報は、掲載日時点のものです。また、価格はすべて税別です。別途サービス料10%
壽修(じゅしゅう)
- 電話番号
- 050-3313-4271
- 営業時間
- 18:00~24:00(L.O.23:00)
- 定休日
- 日曜・祝日
- 公式サイト
- http://www.jyusyuu.tokyo
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