今月の1軒『ピャチェーレ』【by マッキー牧元】
ホテルのメインダイニングに出かけることが少ない、
なぜなら、街場のレストランと比べると、個性を強く感じないからである。
それは、ホテルという施設の性格上仕方がないことかもしれない。
それゆえに、「ANAインターコンチネンタルホテル東京」の『ピエール・ガニェール』、「ハイアット リージェンシー 東京」の『キュイジーヌ[s] ミッシェル・トロワグロ』といった、スターシェフの名を冠したレストランや、「帝国ホテル 東京」の『レ セゾン』、「ホテルニューオータニ(東京)」の『トゥールダルジャン 東京』といった特殊性があるレストラン以外は、めったに訪れない。
しかし、ここ「シャングリ・ラ ホテル 東京」の『ピャチェーレ』は別である。
いつ訪れても、刺激的な料理に出会えて、心が弾む。
なにより、フランス料理が圧倒的な主流を占める高級ホテルにあって、イタリア料理がメインダイニングになっていることが、冒険的である。
以前はフランス料理であったが、よほどシェフに全幅の信頼をおいているのだろう。
おなじみ「カルボナーラ」からして違う。
プーリア地方のスパゲットーニ、カリカリに焼いた豚頰肉、ペコリーノチーズを使って、カルボナーラの精神・哲学はそのままに、まったく新しい現代のカルボナーラがいただける。
シェフのアンドレア・フェレーロ氏に会うと、いつも「新しい食材はないか? 面白い料理はないか?」と、聞いてくる。
子供のような無邪気さと経験豊かなプロとしての冷静で厳しい目を併せ持った、魅力的な人である。
日本食材を積極的に取り入れる独創的なイタリアン
さて、それでは今回いただいた、ディナーを紹介しよう。
アミューズは、フォワグラとロメインレタス、キャビアのバランスが見事な「フォアグラとトリュフのシーザーサラダ」(写真上)、
チーズの熟れたうまみとコンソメの奥深い滋味が抱き合う「パルメザンとビーフコンソメ」(同上)、
伝統菓子の形に香りを閉じ込めた「チーズとピスタチオムースのカンノーリ」(同上)。
楽しい。食欲と好奇心が揺さぶられる。
続いての前菜は、シャンピニオン、舞茸、ポルチーニ茸の香りが交差して、森に連れていかれる、「オリーブオイルとハーブでピクルスしたポルチーニ茸、キクイモのスープ 舞茸のピクルス」(写真上)が運ばれた。
キノコの香りが漂う中、キクイモの穏やかな甘さが通り過ぎて行く。
「マッシモ スピガローリのクラテッロで包んだキクイモの皮とキクイモのムース」(写真上)は、カリッと揚げたキクイモの皮にキクイモのムースを詰めて、生ハムで覆ってある。
溶けるような生ハムの食感とクリスピーな皮の食感の対比が愉快である。
数々のキクイモの料理を食べたが、皮を揚げるという発想はなかった。
続いて「親子丼です」と、冗談を言って出されたのは、「宮崎産キャビア チョウザメのカルパッチョ、カリフラワーのピュレ、ポテトチップス、温かいサワーチャイブクリーム」(写真上・下)である。
品が漂うチョウザメのカルパッチョを、キャビアの塩気が引き締める。
このキャビアなどもそうだが、決して海外の食材ではなく、国内のものを探して使うというのが、フェレーロ氏のやり方である。
「日本の食材は、僕にインスピレーションを与えてくれる」。そう真剣な眼差しで語る彼の口調からは、日本の生産物への愛がにじんでいる。
例えば次の一皿もそうだろう。
「東京ブラータチーズ パンツァネラサラダ パルマ産生ハム ルッコラ」(写真上)である。
ブラータチーズは輸入物ではなく、『SHIBUYA CHEESE STAND(渋谷チーズスタンド)』で作ったものである。
「この方がフレッシュで、おいしい。だから使う」と、彼はいう。
イタリア人は、時として保守的で、自国、しかも出身州のものが世界最高だと言って譲らず、それらを必ず使ったりするのだが、彼は柔軟である。
日本のもので良ければそれを使う。日本食材を積極的に取り入れていく。
その姿勢が、独創を生むのだろう。
かと思えば、「7年間熟成アクエレッロリゾット、カステルマーニョチーズとバター」では、イタリアが誇る米とチーズを使って、リゾットを出す。
熟成されたカステルマーニョチーズの優しい酸味と複雑な味わいを、これまた熟成した米の一粒一粒がまとって、威張っている。
一つ食べてはうなずき、また一つ食べては笑う。
都内でも、こんなに味わい深いリゾットを出す店は少ない。
贅沢に作られた空間でいただく刺激的な料理
一方、パスタは、栗の粉と小麦粉を合わせて打たれたタリオリーニである。
「栗と焦がし小麦のタリオリーニ 北海道産ウニとレモン シャントレル茸」(写真上)は、シャントレル茸、ジロール茸、マッシュルームの香りの中で、ウニの甘みがそっと息づき、それを噛み締めるごとに味わいが深くなっていくパスタが受け止める。
続いては「白トリュフのタリオリーニ」(写真上)である。
もうやめてと言いたくなるような、隠微な香りが襲ってくる。
白トリュフがパスタにからんで、もうどうにも艶かしい。
魚料理は、のどぐろだった。
「のどぐろのグリル西洋ごぼうの塩焼き オリーブオイルでコンフィしたポテト 大根のピクルス」(写真上)である。
のどぐろというのは、脂が乗っていて人気だが、どうも脂に締まりがない。
しかしこのグリルは素晴らしい。
余分な脂を落とし、のどぐろの芯にある、甘みを引き出して、この魚に品を漂わせている。
海への感謝が浮かぶ、料理である。
肉料理は、熟成牛の三つの部位を、異なる調理法で仕上げた皿である。
ロース肉はグリルで、頬肉は赤ワイン煮込みで、牛タンは、炭火焼きで出された。
ロース(写真上)は一面ロゼ色に加熱され、噛み締めるごとに肉汁がにじみ出る。
頬肉(同上)は、コラーゲンのうまみが赤ワインソースの太い酸味と抱き合い、口の中でほろりと崩れる。
タン(同上)は芳ばしい香りをまといながら、甘みを漂わせる。
デザートは、「パラダイスケーキとアップル ライ麦アイスクリーム カルヴァドスバタークリームを添えて」。
ライ麦のアイスクリームというのが面白い。酸味をほのかに感じる素朴な味わいで、りんごの甘酸っぱさと見事に共鳴していた。
天井が高く、ゆったりと贅沢に作られた空間でいただく刺激的な料理。
今最も注目したい、料理人である。
ピャチェーレ
- 電話番号
- 03-6739-7888
- 営業時間
- 朝食 6:30~10:00(月~金) 6:30~10:30(土・日・祝)/ランチ 11:30~14:30(月~金) 12:00~14:30(土・日・祝)/ディナー 18:00~21:30(月~土)18:00~21:00(日・祝)
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※電話番号、営業時間、定休日、メニュー、価格など店舗情報については変更する場合がございますので、店舗にご確認ください。