日本酒とスペイン料理の向こうに見える絶景【酒旅ライター・岩瀬大二】
日本酒と各国料理の組み合わせがどんどん進んでいる。白テーブルクロス系のフレンチレストランから、中華料理にスパイスが薫るエスニック系まで多彩だが、いずれもただそこに日本酒がある、ということではなく、しっかりと日本酒の個性を引き出し、引き合わせるために考え抜かれた末の結論というのがいい。
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以前、某メディアでこうした日本酒と各国料理を合わせるユニークな店という特集を担当したが、オリーブオイルやタイ料理と、そのいずれもしっかりとお互いの個性が手を取りあい、今までにない驚きを与えてくれた。繰り返すが、それは単に「新しい」ということではなく、その日本酒が持つ良さを「引き出す」ものでもあるわけだ。
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中でも印象的だったのがスペイン料理と日本酒の組み合わせだ。当コラムの「海を感じ、風を感じる、鎌倉のスペイン居酒屋が素晴らしすぎた!」という中で、スペイン料理と日本の親和性については書いた。ざっと紹介すると、地方色豊かな郷土料理、恵まれた2つの海、シンプルな味付け、だしを生かす、米料理の存在などだが、親和性がそもそも高いとなれば日本酒との相性がいいのは当然だろう。
スペイン料理と日本酒を結びつける『和酒バル KIRAZ』
その組み合わせを楽しめる場が『和酒バル KIRAZ(キラズ)』(以下、KIRAZ)という店だ。恵比寿駅と目黒駅の間、どちらから行っても遠い。しかもわかりにくい路地で、さらにわかりにくい店構え。それでも壁があるわけではなく、そこまでいけば、温かい雰囲気で迎えてくれる柔軟さがあった。10人も入れば満員となる小さな空間は、モダンすぎず、しかしアンティークすぎない、小ぢんまりと落ち着いたものだった。
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日本酒とスペイン料理という発想は女性オーナーの「日本酒を固定された枠におしこめたくない」という想いから。スペイン料理と日本酒というチャレンジも、もちろん理屈があってのものだけれど、枠から解放するという意志は十分伝わってくる。
さらに、そこにはスペイン料理と日本酒を引き寄せる、引き合わせるためのアイデアがある。それは新鮮な素材を日本各地から取り寄せること。三陸の牡蠣、豚は宮城、野菜も全国の契約農家。オーナーのもうひとつの願いは、全国でコツコツと取り組む生産者を広く紹介すること。その願いが、スペイン料理と日本酒を結びつける要素となるのが面白い。
ワイルドサイドを歩き続ける『三芳菊』(みよしきく)
それにしても、オーナーのこの想いはどこから出てくるものなのか。また、その日本酒の引き出しはどこから生まれるものなのか。実はオーナーの馬宮加奈さんの実家は徳島の酒蔵『三芳菊』。現在は兄が酒蔵を率いているが、この『三芳菊』は日本酒好きからは、アバンギャルド、いやどちらかというとパンク、ロックの文脈で語られるユニークな存在だ。
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酒自体はもちろんしっかり造られ、クオリティは高いが、それを素直に出さない、いやむしろそれが素直なのか、ネーミングや一風変わった昔の日本のロックや最近の萌え系なラベルデザインは一度みたら忘れることはできないだろう。ユニークなネーミングは、例えば「ワイルドサイドを歩け」「モンスタースパークリング ピンク」「セカンドサマーオブラブ」「超辛口がお好きでしょ2」「妬み」などなど。
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さらに最近ではコラボアイテムとして日本アニメのセクシー美女キャラをボトルに描いた作品を発表。スッキリながらとろっとした甘さを堪能できる「キューティーハニー」、純米原酒のにごりでなにやら清純派なタッチはガッチャマンに登場する白鳥のジュン。さらにドロンジョ様。中身のお酒もがらりと変わって、ぐぐっと大人の世界の山廃仕込み。辛口で昔ながらの酒。でもどこかお上品な酸味や香りがあるのは、ワイン酵母を使っているため。当主は「いやあ、この話が来たときは、うれしかったですよ。気合入りました」と笑う。そもそも「ワイルドサイドを歩け」は、ニューヨークのロッカー、ルー・リードの代表曲。酒造り、そして日本酒を広める考え方は、このタイトルのとおり、ワイルドサイドを歩いている。どうやら『三芳菊』にはそういう血が流れているようだ。
スペイン料理から見える日本、日本酒から見えるスペインの絶景
さて、話を加奈さんと『KIRAZ』に戻そう。日本酒の多様さ、枠にはめない面白さ、日本の生産者や文化を知っていただきたい、その意志はそのままに、がらりと雰囲気が変わった2店目が2018年11月にオープンした。
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名前は『BUENA VISTA TOKYO』(写真上)。ブエナ ビスタはスペイン語、日本語に訳せば「絶景」。その言葉の意味は、ここで時間を過ごせばわかってくる。筆者が感じたその意味は最後に。
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まずロケーションががらりと変わった。場所は浜松町・大門。ここは、羽田空港国内線・国際線ターミナルから東京モノレール、京急・都営浅草線でダイレクト。つまりは全国と世界、その食材や文化やゲストの玄関口でもある。隠れ家すぎる場所から、今回は実にわかりやすく、瀬戸内各県のアンテナショップ機能が集まった「ポンテせとうみ」というマーケットの2階。ずいぶん開けた場所に入った。
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店のエントランスも実に開放的で、ドアはなく、周りの店ともゆるやかにつながる。2方向は全面ガラス張りで、これも開放的。浜松町の飲み屋街が借景、というよりそのままつながっていく。
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小ぢんまりとした隠れ家空間だった『KIRAZ』とはうってかわって、カウンター、オープンキッチンに高い天井、流行りのクリエイティブホテルのロビーカフェの趣だ。
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メニューやオンリストの酒も、枠という意味ではよりカジュアルに広がった。まず酒は、日本酒のセレクションは『KIRAZ』そのままに、加奈さんの感性が光り、想いが伝わるものだが、ここにスペインを中心としたワインが加わった。
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フードも、スペインバル的に、スペイン風のポテトフライやオムレツ(トルティージャ)など気軽につまめるものが増えた。
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一方で、食材、とくにこちらの店の自慢でもある魚介は『三芳菊』の故郷エリアでもある瀬戸内から直送するなど、『KIRAZ』同様、全国の「いいもの」にスポットを当てている。
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ある夜は、三芳菊の「ワイドサイドを歩け」とスペインバルの定番パン・コン・トマテ。
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高知の「文佳人」には魚系を数種。
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フォアグラのステーキには三重の「而今」。
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余韻をまだ楽しみたいということでスペインのシャルドネ種の軽やかながらつまみを選ばないフードフレンドリーな白ワインをボトルで…と止まらなかった。
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「絶景」に話を戻そう。筆者が感じた絶景は決して物理的なこと、目に見える情景のことではない。外国から来られた方にとってもワインと日本酒がともにあるのは安心できることだし、日本人としても同じ食材に対して日本酒とワインを比較できる楽しみもある。
もちろん、『三芳菊』のレアアイテム目当て、さらに『三芳菊』に負けない「変態」アイテムを楽しみながら瀬戸内の魚介に舌鼓なんていう倒錯的な楽しみ方もいい。そう、『BUENA VISTA TOKYO』での体験は、スペイン料理やワインという展望台に立って、日本酒であり日本の文化の景色を堪能できることであり、その逆に、日本酒であり、瀬戸内の魚介や日本の文化という展望台からスペイン料理やワインという景色を堪能することでもある。比較し、そしてその融合を楽しめば、その先には見たこともない風景。
浜松町・大門という全国、海外に開かれたエリアで、オープンマインドな店。ここで酒と食の関係、日本と世界という絶景を楽しむ。あくまでも気軽に。次回の来訪時には外国人の友人を連れて行きたい。
写真提供元:PIXTA(一部)
BUENA VISTA TOKYO(ブエナ ビスタ トーキョー)
- 電話番号
- 03-5843-7030
- 営業時間
- 11:00~14:00、17:00~23:30
- 定休日
- 日曜
※本記事に掲載された情報は、取材日時点のものです。
※電話番号、営業時間、定休日、メニュー、価格など店舗情報については変更する場合がございますので、店舗にご確認ください。
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