人生を変えたカレーとの出会い、気づけばスパイスの虜に
名古屋の繁華街、錦三丁目に林立する雑居ビルの地下、しかも入り組んだ構造の隅っこで人目を忍ぶように開業した『INDIAN CUISINE&BAR Kagura(カグラ)』。営業時間になっても看板は消えたまま。
店前に立ち込めるスパイスの香りが商い中を伝えるが、この上なく入りづらい。オーナーシェフの田中敬(たなか たかし)さんによると、これも一つの意思表示だという。
10年前まではサラリーマン生活を送っていた田中さん。あるホームパーティで、インド出身の方が作ったチキンカレーを食べ、あまりのおいしさに衝撃を受けたそうだ。
巷に溢れるインドカレーの定番といえばトロリと濃度のあるカレーとナンのコンビ。だがインド人の彼が作ったのはシンプルなスパイスでサラッと仕上げた、いわゆる「スパイスカレー」だった。
「インド人が普段家で食べているカレーだよ」と聞き、すぐにネットでインド料理の本を購入。たちまちインド料理とスパイスの世界に魅了され、「スパイスコーディネーター マスター」の資格を取得するなど、気づけばどっぷりとのめり込む。
ついにはサラリーマン生活と決別し、2年の準備期間を経て2014年に名古屋郊外で『CURRY KAGURA(カリー カグラ)』を開店した。
『CURRY KAGURA』ではスパイスカレーとサイドメニューをライスとともにワンプレートで提供。口コミで順調に客数も増え、名古屋市内の文化センターでインド料理の講師をすれば、満席御礼の人気ぶりだった。
そんな中、田中さんは多忙の合間を縫って複数回にわたりインドへ渡航。各地方のレストランや家庭で本場の味を勉強するうちに、カレーではなくスパイスそのものの可能性に着目するようになる。
東京や大阪に端を発したスパイスカレーブームが名古屋にも到来すると、「スパイスカレーは他の人に任せよう」と2017年10月に『CURRY KAGURA』をあっさり閉店。
2018年9月、独創的なスパイス料理とお酒を提供する『INDIAN CUISINE&BAR Kagura』として再出発を果たしたのだった。
イメージは「世界を旅するバックパッカー」。スパイスを融合させた多国籍メニューを考案
インドの東西南北を旅した田中さんが最も愛するのは北インド料理。スパイス、塩、ニンニク、タマネギ、ヨーグルトなどをベースとした実にシンプルな料理である。
そのシンプルさは各国の料理にも応用できると確信し、北インド料理の技法を活かしたイタリアン、中国料理、和食などを提供する。イメージするのは「スパイスを背負い、世界中の台所で家庭料理を作る僕」だそうだ。
「カキのアヒージョ」(写真上)もスパイスとスペイン料理を融合させた料理のひとつ。魚介類などをオイルでクツクツ煮るバルの定番料理だが、ここにコリアンダー、ブラックペッパー、カルダモン、シナモンを入れることで、国籍がグッとインド寄りになる。
カキそのものももちろんおいしいが、スパイスの香りとカキのエキスが移ったオイルも絶品。バゲットに浸して食べれば、ワインがいくらあっても足りなくなる。ちなみにインドではマスタードシードオイルを多用するが、アヒージョはオリーブオイルに限る、と田中さん。ベースの料理が生まれた背景をリスペクトすることも忘れない。
イタリアのブルスケッタをイメージした「海老ペースト&バゲット」、ゴマの代わりにカシューナッツを効かせた「麻婆豆腐」などアイデアは無限大に広がり、田中さんのスパイスの旅は果てしなく続く。
スパイスに合わないものはない! 自由な発想で作る日本人的スパイス料理
そんなスパイスを効かせた多国籍料理の中でも、やはり注目すべきは和食だろう。慣れ親しんだ和食も、田中さんの手にかかれば圧倒的な進化を遂げる。
「サワラのタンドリー」(写真上)は西京焼きをイメージ。日本では魚を三枚におろしてそぎ切りにするが、あえて筒切り(骨ごとの輪切り)で使用。インドでは基本的に魚も鶏肉も骨つきで用い、骨から出るだしも料理の重要なエッセンスと考えるからだ。
インドには味噌や醤油のような発酵調味料がないため、発酵食品つながりでヨーグルトへスパイスを加えて漬け床に。
サワラは火入れ具合によってパサつきがちになるが、骨周りのコラーゲンとヨーグルトの保湿効果で中までしっとり。和の調味料は使っていないにも関わらず、漬け床にアクセントとして加えたレモン汁が他の要素と相まってスダチのニュアンスとなり、和食の趣を感じさせる。
牛すじ肉をスパイスとともに煮込んだひと皿は、土手煮をイメージした「牛すじ煮込み」(写真上)。居酒屋で出されるものとさして見た目は変わらないが、口に含むと、唐辛子と複雑なスパイスが存在感をあらわにし、体温をわずかに上昇させる。
噛み締めると牛脂の向こう側から顔をのぞかせるカルダモンの清涼感。爽やかな香味が実に軽快なフィニッシュへと導く。
「いいあん肝が入ったので」とモクモクと燻煙を上げる鍋から田中さんが取り出したのは「あん肝スモーク」(写真上)。自家製のミックススパイスでひと晩マリネし、落葉樹であるナラのチップで温燻したという。
鼻を近づけるとスモーキー&スパイシーな香りが鼻腔を満たし、食欲をそそる。箸を入れるとほろほろと崩れるほど柔らかく、舌と上あごで軽く押さえれば、スーッと喉の奥へ溶けてゆく。燻されたスパイスが本来とはまた異なる魅力を感じさせ、あん肝のコクと絡み合ってあとを引く。これは罪深い酒泥棒だ。
抜群のセンスと見識によって、心地よい食後感へと導かれる
食後のデザートにもスパイスは欠かさない。「スパイスアイス」(写真上)は、牛乳と砂糖で作ったシンプルなベースに、カルダモンとサフランを効かせた軽やかなジェラート。「スパイスの女王」と呼ばれるカルダモンと、エキゾチックなサフランの芳香がなんとも上品だ。
カルダモンは唾液や胃液の分泌を促し、消化を助ける効果があるとして、古くから珍重されてきた生薬。インド人が愛してやまないミルクティー「チャイ」には欠かせないスパイスだ。
また、口臭予防のために食後にそのまま噛む習慣もあり、食事のラストを飾るデザートに取り入れるとは、さすが「スパイスコーディネーター マスター」の有資格者である。
せっかくなのでディジェスティフ(食後酒)に、同じくカルダモンなどを漬け込んだ「スパイスウィスキー」(写真上)をオーダーしてみてはいかがだろう。スパイス尽くしの晩餐を締めくくるのに、もってこいの一杯だ。
「スパイスの魅力を伝えたくて、スパイス料理とお酒をじっくり楽しんでもらえるお店を開きました。前身のカレー屋をイメージしてお越しいただくと、ガッカリさせてしまうかもしれません。だから大々的に告知しないで移転し、お店の看板も灯さず営業しています。
食べていただいた方の発信で、ジワジワと広がればいいかなと思って」と田中さん。そして早くも周りの強い要望にこたえ、この4月からインド料理とスパイス料理の教室を同店で始める予定だという。
彼の人生をガラリと変えてしまったスパイスは、狙い通りヘビーリピーターを着々と増やしている。
【メニュー】
カキのアヒージョ 800円
サワラのタンドリー 1,000円(魚は仕入れによって変わります)
牛すじ煮込み 800円
あん肝スモーク 1,200円(仕入れがある時のみ提供)
スパイスアイス 600円
スパイスウィスキー 700円
※本記事に掲載された情報は、掲載日時点のものです。また、価格はすべて税込です。
INDIAN CUISINE&BAR KAGURA (インディアン クイズン&バー カグラ)
- 電話番号
- 052-684-7376
(日曜、祝日の月曜)
- 営業時間
- 18:00~翌1:00(L.O.0:00)
※本記事に掲載された情報は、取材日時点のものです。
※電話番号、営業時間、定休日、メニュー、価格など店舗情報については変更する場合がございますので、店舗にご確認ください。