塩も甘みも「過ぎない」! 求めるのはバランスのよさ
毎晩オフィスワーカーでざわめく東京・銀座コリドー街。そのすぐ脇、さまざまな飲食店が入るビルの三階に『鮨處やまだ』はある。
店主は山田裕介さん。青森県で生まれ育ち、大工として棟梁の地位にまでなりながら、「大好きな鮨を仕事にしたい」と29歳で東京・銀座へ上京。有名力士や人気ソムリエも通う、銀座の人気店『鮨處おざわ』で修業を開始した。
『鮨處おざわ』はつまみも人気で、ゆっくりとお酒を召し上がる人も多かったそう。
「なのに自分が開いた店は、つまみなし・ガリなし・お椀もなし。でも食べ終わると、ほどよく満ちるような、もう少し入りそうな……そんなお腹の“ほどよさ”がある。そこを考えました」と山田さん(写真下)は話してくれる。
江戸前寿司といえば、煮切りの存在が欠かせない。“ほどよい”バランスを重視する山田さんが使う煮切りとはどのようなものか?
「鮨はネタとシャリ、この2つがあってこそ。だから煮切りとは、鮨全体をまとめ、調和させるような、魚と米を結ぶジョイント役であるべきです」
そこで考えたのは、塩分控えめの優しい煮切り。甘ツメも甘すぎないように仕立てている。
「お店もそうですね。飾りも設備も、“いい塩梅”というものが、全体のテーマかな」
「店づくりについては、元大工の知恵を生かして小ぶりな店でも映えるようすっきりと仕上げました。のれんのインパクトがあるし、あとは板のカウンターがシャンとあれば決まるかなと……」
元大工といえば、魚の切り付けなどに使っている大きなまな板も自身で作ったものだそう。自分の好みの目になるよう、削っているんだとか。
おまかせを完食しても“食べ疲れ”しないことが理想の構成
提供される“おまかせ”は豊洲市場で仕入れたものを中心に、旬のネタを使った握り15貫。ネタによって厚みを調整する、派手な味の魚ばかり出さない。口内をリフレッシュさせるネタでガリのような清涼感を与えるなど、考え抜かれた構成の鮨は、15貫食べても食べ疲れしない。
「自分で食べ歩きをして、鮨に限らず、洋食でも和食でも、最後まで食べて、もう少しいけるかな、という程度がベストのバランスだと思っています」
食べ疲れしない鮨のために山田さんが大事にしているのがシャリとワサビ。酢飯は甘みや酸味が行き過ぎないソフトな味になるよう、かす酢と米酢をブレンドしたものを使用。
また浸水時間や水分量を微調整し、さっぱりとした口当たりになるよう計算している。この食感なのに、古米や米のブレンドなどはせず、宮城県産の単一種、しかも新米を使っているというから驚きだ。
そしてワサビも好みの具合に仕上げるため、主流の鮫皮おろしではなく、鋼鮫と言われるおろし金(写真上)を使っている。
鮫皮おろしより粒子が細かい鋼鮫を使い出してから、少量でピリッと効く味になったそうだ。
「味がよく効きのいいワサビを適量、鮨に挟み込むことで、1貫食べ終わる頃には魚の脂が口内からすっと消える。魚の脂はうまみですが、溜まるとクドい。口が飽きないように計算しています」
魚を選ぶ基準は、旬とうまみと香りのよさ
この日のおまかせに使われた魚は愛媛県・宇和島産「浴衣ハタ」(写真上)。国内でも南エリアを中心に使われることが多いというハタ。とりわけ「浴衣ハタ」は豊洲市場で扱われることは珍しいそう。もちっとした歯ごたえと、噛みしめると喉の奥から感じる残り香が特徴的だ。
次いで2日間寝かせた神奈川県・小柴産「墨イカ」(写真上)。「わざと包丁目は入れず、厚切りにして食感を楽しめるように仕上げました」。墨イカらしい歯がすっと降りるような、明快な歯ごたえが爽快!
餌場がよく、魚介類の産地である北海道・利尻産の「平目」(写真上)は、熟成というより、うまみをより強めるために脱水をうまく行うことが大事だという。
「熟成」「活き」よりも、おいしさを見極められるかが大事
独立した頃、「熟成したネタを扱う店」としてメディアに取り上げられることが多かったという『鮨處やまだ』。確かに常に新しい味を探したいという想いから、熟成にも積極的に挑戦したそうだ。
「しかし、それだけが答えではないんです。要は“魚のおいしさの頂点”を見極められるか。それは熟成だけが答えじゃないし、活きがよければいいわけではない。魚の押しどころ・引きどころがわかっているかが、鮨職人として一番大事なんじゃないかと思います」
その言葉通り、出されるネタは寝かせたものと浅いものが混在している。
例えばこちらの宮城県・気仙沼産「まかじき」(写真上)は、12日間置いてからヅケにしたもの。ネタを熟成させたうえで、ヅケにして味に華やかさを加えている。
岩手県・普代村産のいくら(写真上・下)は、小皿にのせて提供。しかし流行のミニ丼風とは違い、イクラの上にシャリが少量乗っている。
食べ方は? と聞くと「ショットグラスでお酒をあおるように、一気に口に入れてください!」
言われるままに食すと、シャリの位置の理由が分かった。最初にシャリが口内に流れ込み、その後をイクラが追いかけることで、食べ終わりがちょうどよくなるのだ。
シャリにもネタにも気を払う、つまりバランスが抜群なのだ。
ヅケや酢締めなど古典的江戸前寿司の技も!
サワラ(写真上)は三重県・鳥羽産。旧暦の“春”の字がついているサワラ(鰆)は、寒い時期こそうまい。焼き霜に仕上げることで皮目から薫香と香ばしさを感じ、味の引き締めにもなる。
「浴衣ハタ」を出されたとき、「うまさはもとより、香りもいいお鮨を目指したい」と言ったことが再び思い出された。
実は江戸時代は下魚扱いだったが、今は寿司ネタの花形であるマグロ(写真上)はカナダ産のものを使用。産地も大事だが、腹身や天身など自分が使いたい部位か、脂のノリはどうか、魚体がいい大きさかなどを考えて仕入れているのだとか。
こちらは10日間ほど寝かせてからヅケにしたもの。醤油のうまみにマグロの酸味がなじみ、めっぽううまい。
そして、大将が「メインディッシュです」という佐賀産の小肌(写真上)の登場だ。
江戸前寿司は当時(江戸前寿司が生まれたとされる江戸時代)の衛生事情などにより、酢で締めたり煮たり、仕事をしたネタが中心。中でも華屋与兵衛氏が売り出したと言われている小肌は、江戸前寿司のルーツともいえるほどのネタで、山田さんも大事にしているそう。
「脂っ気のよい、やや大きめの個体を選んで仕入れています。なのでシャリもやや大きめに。ところで、ちょっとひねって乗っているのがわかりますか?」
なるほど、真ん中にひねりがある。
「小肌というネタの性別は女性なんです。なので中指できゅっとくびれをつけて、女性らしいフォルムを出しています。鮨は艶っぽくあるべきだと思うので」
そしてさっぱり酢締めされたネタの後は、コクのある富山県・氷見産の「ブリ」(写真上)を。
人気ネタである大トロ(写真上)は、なんとヅケで提供。「煮切りで漬けることで、大トロの豊潤な脂が二段階で溶けるように仕上げてあるんです」。
大トロを漬けるなんて、と思う人もいるだろうが、なんと脂の調整のためとは! 驚きの締めである。
最後の一貫まで抜かりなく“いい塩梅”
珍しい魚から華やかなマグロ、江戸前の古典ネタまで、さまざまな15貫でどれも食べごたえがあるが、意外にお腹にたまりすぎていないことに気付く。
「うちのシャリは1貫7~9gくらい。15貫全部食べてもお茶碗1杯程度の量なんです」。
お盆にのった定食、それがお腹に手頃な量だとしたら、ちょうど同じくらい。なるほど、これはなかなか絶妙なバランス!
さて、もっと食べたいという方には追加もある。
ただし、「食べ終わりまでのバランスを崩さないため、ネタの指定はできない追加です。最後までちょうどよく、塩梅のいいお鮨を出してこその『鮨處やまだ』ですから!」
一見、強面に見えながら、時折見せる笑顔はとても優しい。
「趣味は鮨、仕事も鮨! 休みも食べ歩きなどをして、自分の味に常にインスピレーションを与えたいですね」
何回通っても、毎回違う顔を見せてくれそうな『鮨處やまだ』である。
【メニュー一部】
おまかせ(にぎり15貫) 10,000円
日本酒(1杯) 1,000円
※本記事に掲載された情報は、掲載日時点のものです。また、価格はすべて税抜です
鮨處やまだ
- 電話番号
- 03-3572-7534
- 営業時間
- 18:00~21:00
- 定休日
- 毎週日曜日 祝日
※本記事に掲載された情報は、取材日時点のものです。
※電話番号、営業時間、定休日、メニュー、価格など店舗情報については変更する場合がございますので、店舗にご確認ください。